デスクに座り、報告書を仕上げるべくキーを叩く。
本日刑事課一係が駆り出された現場では、旧式の小型爆薬──有り体に言えばダイナマイト──が使用された。
幸いにも近隣住民の避難は完了していたので一般市民への被害は出なかった。
本当に、不幸中の幸いだったとしか言いようがない。
負傷者も最小限で済んだ。
その数、僅か一名。
カタカタ、タイプを続ける。
画面上を走ってゆく文字の羅列を左から右に追いかける。
テンプレートの報告書面を黒い文字で埋めていった。

(ぃ、・・・・・・っ)

キーを叩く度にズキリとした鈍い痛みが走る。
動かせないほどの強い痛みではないが、持続的に襲いかかるソレは確実に集中力を欠いた。

(後で良いか・・・・・・)

明日までに提出すればいいのだ。
精神を無駄にすり減らしてまで仕上げる必要も無いだろう。
途中保存することすらも億劫になり、パワーボタンで強制終了。
室内唯一の光源であったパソコン画面が落ち、フロアが酷く薄暗くなったように感じた。

(・・・・・・何をやっているんだ、俺は・・・・・・)

己の頬に手を伸ばす。
ガーゼに触れた。
爆薬による火傷を保護しているモノだ。
傷はそれだけではない。
顔も、腕も、足も、至る所火傷と擦り傷だらけ。
重篤な傷こそ無いが、満身創痍とはこのことだろう。

「無様だ・・・・・・」

任務時に負傷する度、自分の限界を突きつけられた気持ちになる。
執行官は誰一人怪我など負っていないのに、自分だけがこうなる。
もっと上手く立ち回れたらいいのに。
何度脳内でシミュレーションしても、自分にはソレを再現するだけのモノが無い。

「・・・・・・っ、」

涙するほど愚かではないが、泣きたい気分ではあった。
自分の中に渦巻く感情をどうにかできるなら、そうしても良いとすら思った。
だが。
どうにもならないと知っている。
泣いたところで何も変わらない。
変えたければ、変わりたければ、動き続けるしかない。
溢れそうになる感情を唇を噛みしめることで堪え忍ぶ。
内に、内に、自分自身を抑え込む。
ガラス戸一枚隔てた向こうの喧噪すらも意識の外に押しやって、すべての矛先を自身へ。
ただただ無音の中で、己の不甲斐無さを叱責し続けた。


「・・・・・・何をしているんです?」

フロアに響く凛とした声に、意識を戻す。
薄暗いフロアの中で闇に紛れる更なる黒。
対照的と言えるほど白く抜けた肌だけがぼんやりと浮かんでいた。

「灯りくらい、点けたらどうですか?」
「・・・・・・六合塚か」

六合塚弥生、刑事課一係に所属する執行官の一人。
今日は現場での仕事が終わった段階で一係全員シフト明けになった。
だが、執行官の自由は限られている。
勤務が明けたとはいえ、身を置ける場所は刑事課フロアか宿舎だけ。
非番時に姿を現したからといって、特別不思議なことではなかった。

「今日はもう明けのはずだが?」
「それはこちらの台詞では?」

フロアに灯りが点る。
眩しさに目を細めた。
六合塚は迷わず自身のデスクに足を向け、引き出しの中から数冊の雑誌を取り出した。
何の雑誌かまではわからない。
内容などどうでも良かったし、知りたいとも思わなかった。

「監視官は、まだ仕事を?」
「・・・・・・いや。今日はもう上がる」
「そうですか」

用はそれだけだったのか、六合塚は雑誌を手に持ち背を向けた。
ぼんやり、その姿を眺める。
如何なる状況でもスッと伸びきった背筋は、ただただ前を見据えていた。
篭の鳥なのに。
鎖を付けられた猟犬なのに。
六合塚は決して折れることなく前だけを見つめている。
先などありはしない。
潜在犯と認定された者の命運はすべからく決まっている。
なのに。
どうして──。

「───宜野座監視官」

背を向けたまま、六合塚が呼んだ。

「・・・・・・何だ」
「貴方は──」

ゆっくり、振り返る。
やはり凛とした空気のまま。
真っ直ぐな視線が、射抜く。


「貴方は、狡噛にはなれない」


冗談など、微塵もはらませずに六合塚は言う。

「どうして俺が執行官である狡噛に成らなくてはいけないんだ。そんなものこちらから願い下げだ」
「失礼。言い回しが正確では無かったですね」
「なんだと?」
「貴方は“狡噛監視官”には成れない。絶対に」
「・・・・・・っ!」

それは、己の中に留めて置いた筈の真実。
決して口外することなく隠していたモノを暴かれる。

「体格も、才能も、知識も、経験も、貴方は狡噛とは違い過ぎる。貴方では成り代われ無い」

断言される。
才能の違いを。
性能の優劣を。
的確に、精緻に、過つことなく指摘された。

「・・・・・・『成しうる者が為すべきを為す。これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である』」

六合塚が唱えたのは、誰もが知っているシビュラシステムの掲げる運営モットー。
『誰もが必要とされる社会』をスローガンに、理想の社会を構築するシビュラの託宣。
シビュラは絶対ではない。
時に、間違うこともある。
必ずしも正しいとは言えぬ選択を提示されることもある。シビュラが示すのはあくまでも可能性。
最終的に選び取るのは、シビュラを使う自分自身だ。

「狡噛には狡噛の為すべきことが、貴方には貴方の為すべきことがある。貴方のすべきこと、それは少なくとも狡噛に成り代わることではないはず。違いますか?」

そうだ。
俺はアイツのようになろうとした。
かつて執行官を率いていたアイツのように、皆を率いるつもりでいた。
しかし、悟るまで長くはかからなかった。

俺ではアイツにはなれない。
アイツのようには立ち回れない。
立て続く負傷がそれを雄弁に物語る。

「なら・・・・・・」

俺の意味とは何だ?
俺の為すべきこととは一体何だ?
執行官の影に隠れるただのお飾りでしかないのか?
そんなもの、機械で十分だ。

「俺はどうあるべきだとお前は思う?」
「知りませんよ」
「だろうな」

一言でバサリと切り捨てられた。
あまりの清々しさに、笑いすら零ぼれそうになる。

「ですが、私たちは貴方を失うわけにはいかない。狡噛が降格した今、一係の監視官は貴方だけ。貴方を失えば、私たちは猟犬としてすら存在を許されない。だから、出来もしない無茶をして勝手に死なれるのは大変迷惑です」
「随分と勝手な物言いだな」
「自己の防衛に走るのは生命の本質です」
「そうか」
「では、失礼します」
「・・・・・・あぁ」

言いたいことを言い切ったのか、六合塚はクルリ踵を返してフロアを出ていった。

「『成しうる者が為すべきを為す。これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である』・・・・・・か」

『誰もが必要とされる社会』に必要がないと判断された者が使うには、なかなか皮肉めいた言葉ではないか。

「俺はアイツには成れない・・・・・・」

潜在犯となった今のアイツではなく、かつての相棒の姿を脳裏に呼び覚ます。
圧倒的なセンスと嗅覚を持ち合わせていたアイツのようには、きっと成れない。
それに、俺にはあの人のような場数で稼いだ経験値も無い。
執行官を使いこなす技量も、きっと俺には無い。
そんな自分は、一体ここで何をしていけるのだろうか。

(俺が、為すべきこと・・・・・・)

静寂を取り戻したフロアの中で、答えの出ない問いを繰り返した。





為すべき者、為せざる者







サイコパスでの初書き。

狡朱を書こうとしてたら宜野座と弥生を書いていたというミラクル。

狡噛さんが執行官になったばかり、且つ、縢が一係に配属になる前の時系列。

ギノさんは運動神経あまりよくなさそうなのに、現場の機動隊として動いているのが

何となく自分の中で不思議なんだよね。。

本部設営してそこで指揮取るという選択肢もあるだろうに、

それをしないのには何かしらの訳があるのかなーって、つらつら考えてみた結果がこうなった。

2012/12/18




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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