12月24日。
ゆきが死んだ。
私の目の前で。
あの男───槙島聖護に殺された。
痛めつけられるゆきを目の前に、私は何も出来なかった。
泣き叫ぶゆきの声が、今も脳内に響いてくる。

助けて、と。
痛いよ、と。
何度も何度も、私の名前を呼んで救いを求めた。

なのに、私には何も出来なかった。
私にとっての唯一の武器であったドミネーターは、トリガーを引かせてくれなかった。
この国を統率してくれるはずのシビュラシステムは、彼を驚異ではないと判定した。
人を不必要に痛めつけて、なぶり殺しにしたにも関わらず、彼の犯罪計数は下降の一途を辿っていた。

あり得るの?
そんなことが。

自答するも、ソレが事実であると自分はこの目で見てしまった。
ゆきの泣き叫ぶ声を聞く度に。
私の絶望を目の当たりにする度に。
彼は無害になっていった。

恐ろしかった。
そんな存在が許されていることが。
そんなモノが実在することが。
そんなことを客観的に目の当たりにしてしまったことが。

私の中を、ただただ驚愕だけが占めていった。


切断されたゆきの頭部が、上からボトリと落ちる。
生命から切り離され、只のモノになってしまったそれは鈍い音を立てて床にぶつかった。
衝撃を殺しきれずに何度か跳ね、最終的に私の足にぶつかって止まる。
恐怖に見開かれた目が、私を居抜いた。
動くはずのない唇が、痙攣するように動く。
少なくとも、私には動いたように見えた。


あかね、と。


自らの血液にまみれた顔で、ゆきは唇を震わせた。

どうして助けてくれなかったの、と。
どうして私が死ななくちゃいけなかったの、と。

そう責めてくれたらどれだけ楽だっただろう。
ゆきは何度も私を呼んだ。
声が声にならなくなるまで。
唇を、震わせることが出来なくなるまで。
何度も。
何度も。


「あかね」───と。


ただただ、私の名前を呼び続ける。

やめて。
やめて。
私には何も出来ない。
私ではゆきを救えない。
絶望の淵から助け出す術を持っていないの。

「あ・・・・・・か、ね・・・・・・・・・」

とうとうゆきの声が途切れる。
僅かほども唇が震えなくなる。
私はツ、と視線を持ち上げた。
階上から槙島が私とゆきだったモノを見下ろしている。
逃げるでも訳でもなく。
私に手を下そうとするわけでもなく。
ただ、私たちを見下ろす。
その時になって、私はようやく叫び声をあげた。

私はその目を知っている。

恐ろしかった。
あるはずないと思っていた。
誰とも共有することのない感覚だと思っていた。
シビュラシステムが支配するこの世界で、私だけが知っているのだと思っていた。

それはまるで、鏡を見るかのようで。

私の中を、ただただ驚愕だけが占めていった。


「───おっはようございまぁすっ☆」

陰鬱な気持ちとは裏腹な、快活な音声が流れる。
AIセクレタリーが設定の目覚まし機能とともに立ち上がったのだ。

「12月25日、今朝の常守朱さんのサイコパス色相はライトグレイ!健康な精神で素晴らしい一日を楽しんでねぇ!」

ふよふよと私の周りを揺らめくクラゲ型AI・キャンディが頼みもしないのに勝手に色相チェックを行い結果を報告する。
ライトグレイ。
あれだけの陰惨なモノを目の当たりにしてなお、私の色相はこの程度だ。

「キャンディ・・・・・・色相再チェック・・・・・・」
「かっしこまりましたぁ!色相チェックを再試行しまぁす☆───常守朱さんの色相判定はホワイトスモーク!健康な精神で素晴らしい一日を楽しんでね!」

そういえば、あの時もそうだった。
配属初日で狡噛さんを撃ってしまったあの時も、私の色相は曇らなかった。
八王子のドローン工場でバラバラ死体を目の当たりにした時だって、思いの外すんなりと受け入れてしまった。
普通なら吐いてしまってもおかしくない現場だったのに。
ストレス計数が跳ねあがってもおかしくない現場だったのに。
私は、何も変わらなかった。
私という生体は、それらの事象を肯定し許容してしまったのだ。

「色相、再チェック・・・・・・」
「色相チェック再試行しまっす!───常守朱さんの色相判定はゴーストホワイ───」
「再チェックっ!!」

キャンディが言い切るよりも早く、再試行を要求。
ドミネータと異なり、結果を診断するのに生じる僅かなタイムラグすら煩わしい。

「色相チェック再試行。───常守朱さんの色相判定は、ホワイト!健康な精神で───」

定型文を読み上げるキャンディの声すらもう聞こえない。
あり得ない。
あり得るはずがない。

色相判定、ホワイト。
ストレスなど何もない、まっさらな色。

誰もが目指す理想値。
理想値故に、机上の空論でもある値。

「・・・・・・結局、私は・・・・・・」

私は、あの男と同質だ。
これほどの絶望を前にして、私の色相は濁るどころか澄み渡る。

惨たらしく死を与えても犯罪計数が降下の一途を辿った者と、親友の惨殺を目撃してなお色相が好転の一途を辿った私。

「・・・・・・ゆき・・・・・・っ」

槙島がゆきを殺した。
私がゆきを殺した。

どちらも同じだ。

アレは、私だ。
私の中に同じ目があるなら、あそこで手を下したのは私も同じだ。

ならば。

ならば私は決断しなければならない。

ドミネーターで、シビュラシステムであの男を裁けないのなら、私が彼を裁かなければならない。
あの時引けなかった引き金を、私は引かねばならない。

この世界が私たちを肯定しても、私は彼を肯定しない。

「槙島聖護は、私が捕らえる・・・・・・っ!」

例えそれが、私自身を否定することだったとしても構わない。
私は彼を捕らえなければならない。



一目見て解るべきだった。
初めて出逢うより以前から、運命に気づくべきだった。
すれ違っていたわけでもない。
私たちは、誰よりも深くお互いに理解していた。

私が何のために生まれたのか。
彼が何のために生まれたのか。


答えは確かに目の前にあった。


きっと、彼が私を否定するように。

私もまた、彼を否定するために生まれてきたのだ。






明けない夜を開けた







11話後の朱ちゃんのお話。

狡噛と槙島の関係性は『相似かつ対極性』かなと漠然と思っているんですが、

朱ちゃんと槙島の関係性もまた『鏡写しの同質』なんじゃないなーと思ってたりしてます。

そんな仮定を元にしてのお話になります。

2013/01/05






※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




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