こちらのお話は『明けない夜を開けた』
『透明な水の底から』
の続きとなっております。
そちらを読んでいないと分かりにくいと思いますので、先に読まれることをお勧めします。
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年の瀬も迫ってか、街の中は普段よりも少し騒がしい。
大きな荷物を抱えて慌ただしく歩く人を沢山見かけた。
他にも、携帯端末を片手に駆けていく人。
イライラと爪先で地面を何度も叩く人。
両手いっぱいに抱えた荷物を落として拾い直す人。
両親に挟まれて幸せそうに笑う人。
沢山の人が私の視界をよぎっていく。
私はといえば、そんな人たちがあちらこちらに流れていくのを漫然と眺めていた。
寒空の下、あえてテラス席に座る。
自分の他にテラス席に座る者は居ない。
私独りだ。
他のお客は暖房の効いた暖かな店内でティータイムを楽しんでいるに違いない。
運ばれてきた時は湯気を上げていたコーヒーも、すっかり冷めきってしまった。
カップに手を伸ばそうとして、諦める。
自分の手が思った以上にかじかんでいることを悟った。
それもそうだ。
ここに座って、既に三時間以上が経過している。
今日は今冬一番の冷え込みになると自宅のAIセクレタリーが言っていたのを思い出す。
通りで体が動かなくなるはずだ。
私は自嘲気味に笑った。
(・・・・・・どうかしている・・・・・・)
三時間。
頼んだコーヒーに手も着けず。
何をするわけでもなく。
ただただ通りを過ぎていく人を眺めていた。
そして。
そんな異常な私を、誰一人振り返る者は居なかった。
入店して30分くらいは店内ドローンが巡回に回ってきたりもしたが今はそれすらなくなった。
まるで。
まるで───
「君の姿が見えていないかのようだ」
すぐ近くの椅子が引かれる音がした。
私はあえて振り向かない。
彼は、私が待ち続けたものに違いないという自信があった。
多分、私を見つけられるのは彼だけだと。
根拠の無い自信が、確かにあった。
「どうして君は此処に?」
「こうしていれば、貴方がやってくると思っていました」
「なるほど。僕はまんまと君の思惑にはまってしまったというわけだ」
視線は感じない。
きっと彼もまた私と同じように通りを向いているのだろうと想像することはたやすかった。
「君は、どんな気分だい?」
彼は、私に問う。
「酷く気持ちが悪いです。そして、歯がゆい」
「解るよ。その感覚は」
「・・・・・・でしょうね」
「だが安心するといい。直に慣れる」
「慣れたいとは思いません」
「そうは言っても、システムはソレを許さない」
彼が笑う。
音もなく、唇の端を持ち上げる。
見えもしないモノを、私は手に取るように把握した。
「君は、こちら側の人間だよ」
やはり、理解していた。
私が理解したあの時、彼もまた理解したに違いない。
自分と私が同質であることを。
同質であり、正逆であることを。
「正直驚いた。君のような存在が僕以外にいるなんてね」
また、彼が笑ったように思った。
私には彼の感覚が解らない。
どうして彼は楽しそうなのだろう。
「ここには、僕と君と二人だけしかいない」
そんなバカな。
通りには多くの人がいる。
向かいのカフェで退屈そうにケーキをつついている人。
何度もショーウインドウの前を行ったり来たりしている人。
幸せそうに腕を組んで歩く人。
他にも、多くの人がいる。
けれど。
だけれども。
何十人という人を見ながら言う彼の言葉を、私は感覚的に否定出来ないことを知っていた。
「寺山修司を読んだことはあるかい?」
「いえ」
「人は皆、誰かの代理人なんだそうだよ。皆が皆、『誰か』を演じているに過ぎない」
「・・・・・・」
「僕はずっと思っていた。僕は一体、誰の代理人なのだろうかと」
一呼吸おいて、彼は言う。
「僕は、君だ」
まるで歌い出しそうなその声には、歓喜の色が滲んでいた。
初めて見つけた同族。
鏡に映った自分。
ただ一人の味方で、敵。
「僕は君を待っていた」
「・・・・・・私は・・・・・・」
独りだと、思っていた。
私は誰にも理解されず、共有されず。
そうやって独りで生きていくのだと、思っていた。
独りで生きて、独りで死んでいくのだと。
そう、思っていた。
きっと、彼またそう思っていたに違いない。
彼は私で、私は彼だ。
シビュラが創造したこの世界で、ソコから外れた生命体。
独りぼっちの、二人。
「僕はこれから、君と沢山話をしたいと思っている。僕と君だけが見える世界について、誰とも共有できなかった視界について、語り明かしたい」
「・・・・・・私は・・・・・・」
何という、誘惑。
カラカラに乾いてしまった孤独が彼を欲して切望する。
「独りでいるのには、飽きていたところなんだ」
「私は・・・・・・っ!!」
けれど、私は己の欲望を律する。
私はそんな話をするために此処にいるのではない。
私は彼に告げに来たのだ。
「私は、此処には座らない」
「・・・・・・ほぅ?」
座ってみて解った。
私は、この場所が嫌いだ。
「私は、こんなところには居たくない。みんなと一緒に居たい。例え───」
「───ソコには君の『役』なんて無いのに?」
「えぇ」
「『役』の無い君がソコに立って、一体何をするつもり何だい?秩序を壊すだけだ」
「そうかもしれません。けれど、上がってみればソコには私の成すべきことが待っているかもしれない。もちろん、貴方にも」
私は初めて彼を振り返る。
視界に飛び込む白。
舞台の階段に足を掛けたことで、私はようやく彼の姿を視界に納めることが出来た。
彼の姿をきちんと見ることが出来るのは、きっとこの場所にいる今だけ。
舞台に上がってしまえば、頭上から照らす眩しすぎるライトによって観客席は見えなくなってしまう。
「君は、僕にもソコに上がれと言うのかい?」
「えぇ、そうするために私は貴方を待っていました」
そう。
私はそのために此処に来た。
座りたくもない観客席に降りてきた。
舞台上の役者では彼には届かないから。
私にしか出来ない仕事をやりに来たのだ。
私だけが彼に手を届かせることが出来る。
けれど。
私では彼を捕まえることが出来ない。
ならば。
私は彼を引きずりあげる。
皆の手が届くところまで。
皆の力が及ぶところまで。
「君に与えられた『役』は舞台の上にはない。此処だ。君は僕と同様に『役者』ではない。『役者』が滑稽に演じる舞台を観ること。舞台が面白くなるように、時々『役者』にアドバイスをあげること。ソレこそが僕らに与えられた使命だ」
彼の言う通りなのかもしれない。
それこそが私の生まれてきた意味なのかもしれない。
「観るモノが居ない舞台に何の意味がある?彼らは僕らのために演じているんだ。一生を掛けて人生という『役』を演じて見せている。君のやろうとしていることは、彼ら全てへの冒涜だ」
それでも。
それでも。
「それでも、私は構わない」
私は観劇者ではなく、役者でありたい。
皆と一緒に、同じ所に立って。
泣いて、笑って。
声を張り上げて生きていたい。
そうありたいと、私がそう思った。
常守朱という『役』を演じるのに、それ以上の理由が居るだろうか?
「私は貴方を必ず舞台に引きずりあげてみせます。舞台上で貴方を裁いてみせる」
「・・・・・・面白い。やってみるといい。せいぜい僕を退屈させないように猟犬どもを巧く操ってみたまえ」
彼は席を立つ。
私のテーブルに置かれた伝票を手に取った。
「観劇料だ。先払いしてあげよう」
ただし、と彼は続ける。
「もしも無様な舞台を見せるようなら、その時は払い戻しさせてもらう。いいね?」
「えぇ。それで結構です。払い戻しなんて、絶対にさせません」
「その言葉、楽しみにしているよ」
視界から、彼が消える。
また戻る。
一人きりの世界に。
「さようなら、僕」
「さようなら、私」
公演中、観客席にて
朱と槙島のお話その3。
二人がシビュラという世界の外側に存在しているならば、
シビュラの中に内包されている人たちはさながら舞台役者なんだろうと、そう思ったので。
シビュラという舞台を観劇する、独りぼっちの二人の話。
たった二人の観劇者でも、きっとそれぞれが抱く感想は別のもの。
2013/01/09
※こちらの背景は
November Queen/槇冬虫 様
よりお借りしています。