こちらのお話は前作『為すべき者、為せざる者』の続きの話となっています。
そっち読んでからじゃないと分からない内容かもしれませんのでお気を付け下さい。
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「監視官」

声に反応して、視線を少し持ち上げる。
確かめるまでもなくそこにいるのは一係唯一の女性、六合塚弥生が立っていた。
六合塚が硬質なケースに納められた何かを俺のデスクの上に置く。
20センチ弱の長さで少し平べったい形状のものだ。
いぶかしんで六合塚の仰ぎ見た。

「何だ、コレは?」
「どうぞ。差し上げます」

デスクの上を滑らせ、手元に寄せられた。
立ち去らない所を見ると、開けろということなのだろう。
中身の分からない恐怖を覚えつつ、ケースを手に取る。
よくよく見れば、それは後ろに蝶番の付いた上下に開くタイプのものだった。
不測の事態に備え、出来うる限りゆっくりとソレを開く。

「・・・・・・、コレは・・・・・・」

納められていたのは、銀縁の細身フレームで出来た眼鏡だ。

「六合塚?コレは一体・・・・・・」
「眼鏡です」
「そんなことは分かっている。なぜ俺にコレを?」

旧時代は視力矯正のために用いられていたものだ。
だが、現代において眼鏡は視力矯正の用途を失った。
科学技術の発達により、より鮮明に視野を確保する方法が確立されたからだ。
今時分での眼鏡の主立った用途はファッションのためのでしかない。

「必要だと思いましたので」
「こんなモノを着けて、俺に一体どうしろと言うんだ」

伊達眼鏡を着けての捜査など、邪魔にしかならない。
鼻宛の煩わしさもある。
受け取ってしまった手前、渋々掛けては見たが慣れないせいか収まりも良くないように思う。
レンズの透明度は極めて高く、ガラス板一枚を隔たりは感じ無かったが、ならばなおさら眼鏡を掛ける意図を見いだせない。

「レンズは高純度透明度を兼ね備えた強化プラスチック。並大抵の衝撃では傷一つ付かない仕様です」
「だからっ!」
「自分はどうあるべきかと聞いたのは監視官の筈ですが?」
「・・・・・・は?」

話の意図が読めなかった。
が、何時だったか六合塚に「狡噛にはなれない」と現実を突きつけられた時のことを思い出した。

「監視官が無茶をして死ぬのは勝手ですが、それで私たちがお払い箱されて収容所に戻るのは不本意ですので」
「だから、ソレがこの眼鏡とどう関係すると言うんだ」
「ですから、私なりに考えました」

半歩ほど引き、真正面から見据えてきっぱり言い放つ。

「監視官は、はっきり言って運動・格闘の才能がありません。刑事としての勘もそれほど突出しているとは思えません。かといって執行官を上手く采配出来るわけでもない」
「・・・・・・」

事実とは言え、こうもあけすけなく言われると心が折れそうになる。

「そんな貴方が、どうしてここにいるのか不思議でなりません」
「向いてない、とでも言いたいのか?」
「シビュラは貴方に監視官の適正を弾き出した。向いていない訳ではないと思います。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「理想とする方向性を間違えているのではないかと」
「方向性だと?」
「えぇ。貴方はきっと、誰よりも監視官の本質に近い。必然、貴方が為すべきことも監視官の本質そのものなのではないでしょうか?」
「ソレはつまり・・・・・・」

六合塚が言わんとすることは、何となく察せられた。
自分でも考えたことが無かった訳じゃない。
ただ、認めたくはなかった。


「俺に何もするな、黙って見ていろと言っているのか?」


自分の無能を、嫌が応でも認識させられるから。

「・・・・・・何もするなとは、言いません。ですが」
「・・・・・・」
「監視官の仕事は執行官を現場まで連れていくこと。そして執行官が仕事をするのを監視すること。犯人を追いつめるのは私たち執行官の仕事です」
「言われなくとも分かっている」

足手まといのお荷物とでも言いたいのか。
黙って横に突っ立っていろと。
それだけの存在に甘んじろと。

「ですから、貴方にすべきことは『見る』ことではないでしょうか?」
「見る・・・・・・だと・・・・・・?」
「何が起こり、何が行われたのか。その全てを貴方は見続けるんです」

当たり前すぎるその内容に反論の声を上げるよりも早く、六合塚は続ける。
冗談で発言しているのではないと、聞かずとも分かる真摯な視線を投げかけたまま。

「例え腕が引きちぎれようと、
 足がもげようと、
 腹に風穴が開こうと、
 頭が吹き飛ぼうと、
 貴方が監視官として生きる最後のその瞬間まで、貴方は真実を見続けるんです。
 残酷な現実が待っていようと、
 悲痛な終焉しかなかろうと、
 絶望の道すら絶たれたとしても、
 貴方は貴方が見た真実を記憶し続けるんです」

一息に言い切った。
とっさに返す言葉が見あたらない。
何も言い換えされないことを肯定と捉えたのか、六合塚はなおも続ける。

「きっとこの先、一〇二事件の時のように誰かが死ぬことがあるでしょう」

あのような失態を二度と繰り返させてたまるかと、反論を覚えたものの、その可能性は否定できなかった。
刑事として生きる以上、一般の者よりも格段に危険に近いところで生きねばならない。
執行官であるならば、なおさらだ。

「貴方は、ソレを見ていて下さい。事実の断片全てをその目に納めて記憶して下さい。どれだけ陰惨な最後であったとしても決して目を逸らさずにいて下さい」

六合塚には自分自身の死のビジョンが見えているかのようだった。
私はまともな死に方は出来ないから、と言外に言っているかのようだった。


「間違いを繰り返させないで」


誰に向けた言葉だったのだろうか。
俺に向けたのかもしれない。
まだ見ぬ、新たなる監視官に向けたのかもしれない。
真実は、六合塚にしか分かりはしない。

「私たちの死を意味のあるモノに出来るのは、宜野座監視官、貴方だけ。貴方にしかできないこと。それが、貴方に架す責務」

手を伸ばす。
片手を掛けた眼鏡の弦に添えた。

「これが、貴方の目を守ります。そのためのモノです。掛けていて下さい」
「そういうことか。お前らしい」

遠回りではあったが、六合塚がこの銀縁眼鏡を手渡した意図はそういうことらしい。
ファッションなどという生ぬるいものではなく、ただのゴーグル的なものだったらしい。

「監視官は鈍くさいので、流れ弾の一つも食らって一番初めに死んでしまいそうなので」
「・・・・・・おい」
「貴方が死ぬのは困りますから」

監視官を失った執行官に行き場所など無い。
刑事課の人手不足は深刻だが、足りていないのは執行官ではなく監視官の方。
二係・三係で引き取って貰うという手もあるが、監視官一人当たりで抱えられる執行官の数に制限もあるので、移れる可能性は限りなく低い。
つまり、現状の監視官を失えば即刻収容所送りだ。
俺を守ることが、己の自由を守ることに繋がる。
六合塚が言いたいのはそういうことだ。

「ですから、現場では私の後ろにでも居て下さい」
「女の後ろに立てと言うのか?」
「私は別に、狡噛でも征陸さんでも構いませんけど?その方が生存率も上がると思いますよ」
「いや・・・・・・それは・・・・・・」
「それに、前にいたら見えませんから」

何が、とは聞かなかった。
聞かなかったが、六合塚は答えた。

「私たちの死に様、ちゃんと見ていて下さい」

ソレが貴方の責務なのだから。

脳裏にこびりついた言葉がリフレインする。
慣れない眼鏡のせいか、俺の視界は酷くいびつに歪んでいた。






ガラス越しに覗く陰惨な世界を







狡朱話書こうとしたらなんでか知らんけど宜野座と弥生の話を書いていた第二弾。

前作の続きで、狡噛が執行官に落ちた後、且つ、縢が入る前の時系列です。

1話で宜野座が弥生に先行させているシーンを見て、過去にこんなやり取りでもあったのかな?って妄想してみた。

ラジオで宜野座の眼鏡について触れたことあったけど、いつから掛けているとかは言ってなかったし、その辺も多大に捏造だよ!!

2012/12/19






※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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