こちらのお話は『明けない夜を開けた』
の続きとなっております。
そちらを読んでいないと分かりにくいと思いますので、先に読まれることをお勧めします。
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私の親友が殺害された事件から2日。
相も変わらずメンタル美人を貫く私は、セラピーの必要なしと診断を受け翌日から通常通りに仕事に戻った。
幸か不幸か、やることは掃いて捨てるほどある。
ゆきの両親への謝罪。
犯人像の情報開示。
泉岳寺氏の死亡事件との関連追求。
それらを上層部へ報告し、マスコミ対策措置が決定するまで、監視官である宜野座さんと私は数時間に及ぶ拘束状態え詰問を受け続けた。
今のところ、ゆきの死亡事件は
犯人確保に至っていないものの、既に目星はついており、確保は時間の問題。
犯人の逃亡を許さぬ為、どの程度概要を掴んでいるかを把握させぬ為、犯人の年齢・性別・容姿一切については現時点で公表しない。
すべての開示は確保後に行う。
───と公表されることになった。
だが、事実は違う。
公表できるわけがない。
私たちが掴んでいる彼の情報はごく僅か。
直接対峙した私の記憶を元に起こしたモンタージュ写真一枚に、おおよその目検討で確認した身長くらいしかない。
もう一点、彼の本質とも言うべき重大な事実は判明しているが、こちらはどう転んでも公表するわけにはいかなかった。
それに、例え公表したところで誰が信じるだろう?
人を残虐に殺せる人間を、シビュラの目たるドミネーターが裁かなかった、と。
シビュラシステム及びドミネーターに発生したシステムエラーも疑われたが、それらはメカニックにより厳密な精密検査をもって棄却された。
正常に起動しているシビュラが槇島を悪でないと判定した。
なれば、槇島は絶対的な信頼の象徴たるシビュラの枠から外れた男。
シビュラに頼りきってきた上層部には現状の打開策を打ち出すことが出来ずに協議は難航した。
誰もが閉口し、無意味な時間だけが過ぎ去っていった。
時折誰かが発言しようとも、それらは全て二手三手で手詰まりを見せる脆弱なモノだった。
なんて無駄なんだろう。
こんなことをしても意味はないのに。
そんな話の先に、彼の男は居ないのに───
私は胸の中にくすぶるモノを吐き出さぬよう、ただただ口を噤むことに終始する。
私が口を挟めば、事態は余計にややこしくなることはわかっている。
今はただ、どうにかこの場が終わることを待つより他にない。
数時間に及ぶ無意味な現状の打破する一手を打ったのは、意外にも私の隣に座る宜野座さんだった。
「局長。これは私たち一係の失態です。自分たちの失態は、自分達でどうにかします」
「そうは言うが宜野座くん。君には何か案があるのか?」
「いえ。今はまだ」
「案も無しにどうするつもりだ」
「私たちの執行官に意見を求めます。例えシビュラが無害と判定したとしても、奴の行った行為は完全に猟犬の領分です。彼らであれば我々とは違う見解を弾き出すかもしれません」
「・・・・・・ほぅ」
「少なくとも、ここで先の見えない話し合いを延々続けるよりも賢明かと」
「・・・・・・いいだろう。何か意見のある者はいるか?よし、ならばこの一件はひとまず刑事課一係に任せるものとする」
「有り難う御座います」
いい加減他の面々も糸口の見えない会議に辟易していたのだろう。
反論の声は、ただの一言も上がることはなかった。
何一つ収穫の無い無駄な会議が終了し、私たちは分析室奥にある病室に向かった。
散弾銃を体に浴びた狡噛さんは未だベッドに縛り付けられている。
一人で置いておくと無茶をやらかすことが目に見えていたので、狡噛さんの病室に刑事課一係の執行官を集合させていた。
彼らは彼らで槇島の件について話し合いを行っていたようだった。
私たちがようやく会議から戻り、狡噛さんを除く三人が安堵の溜息を吐いたように見えた。
どうやら、こちらでも話し合いの進行はあまり芳しくないことがありありと見て取れた。
宜野座さんはしばらくの間槇島の件は一係で預かることになった旨を報告する。
「ちょっとギノさーん。そんな重大なことさらっと引き受けちゃって良かったの?この事件、迷宮入りになってもおかしくないレベルのアレよ??」
「大口切って何も手が打てないようなら、最悪監視官の首も取ぶかもしれませんね」
「もしくは、伸君も私たち執行官のお仲間になっちゃうか、よね」
「そん時ゃ俺たちも仲良く収容所行きってか?笑えねぇ話だなそりゃ」
「迷宮入りになんてさせるか。手はある。必ず。佐々山は奴の尻尾を掴めた。俺たちに掴めないはずは無いんだ」
「だが取っかかりが無さ過ぎるのは事実だな・・・・・・。常守監視官の言っていたことが本当だとするならば、どうやって奴を捜す?」
「いつもの逆パターンで色相判定がやたら綺麗な奴らから順繰りに当たっていくとか?」
「悪くはないと思うけど、情報量が膨大過ぎるわね。もっと限定できる条件がないと非効率すぎるわ」
「話を聞く限り、常に犯罪計数0っつー異常値叩き出してる訳じゃ無さそうだしな。あくまでも正常範囲内に収まっているってだけじゃ国民のほぼ全員になっちまう」
「そもそも、常設のセンサーくらいは避けているでしょうし、そちらから当たるのは難しいかと」
「ってことはやっぱりお手上げジャン??」
「いや、もう少し絞れる。標本事件から三年経っても奴は東京を離れずに桜霜学園で教師なんて馬鹿げた真似もしていた。きっとまだ奴は近くに居るはずだ」
「だがそれは奴が公安局の動向を知らなかったからに過ぎない。今回の件で、奴は俺たちが本格的に動き出すと解っている。危ない橋を渡る理由がどこにある?」
彼らの話は続いていく。
あぁ。
あぁ。
なんて無駄なんだろう。
こんなことをしても意味はないのに。
そんな話の先に、彼の男は居ないのに───
胸の中にくすぶるモノが次第に熱を帯びていく。
吐き出さぬよう、ただただ口を噤むことに終始することはもはや限界に近かった。。
私が口を挟めば、事態は余計にややこしくなることはわかっている。
解っているのに、私は自分を抑えられない。
「・・・・・・槙島聖護は、皆さんでは捕らえられません・・・・・・」
皆の視線が一斉にこちらに向けられたのが解る。
大きな声を発したわけでもないのに。
まるで、私が言葉を発するのを待っていたかのように。
ピタリと皆の声が止んだ。
「征陸さんは以前言っていましたよね?狡噛さんが監視官を降ろされたのは闇を覗き込み過ぎたからだって・・・・・・」
「あ・・・・・・あぁ。そんな話もしたな・・・・・・」
「それって、佐々山さんの事件のことですよね・・・・・・?」
「そうだ」
「それから三年、狡噛さんは槙島のことを追ってきた」
「あぁ」
「黒い沼の中に何度も何度も潜り続けて槙島を探し続けた」
「あぁ」
「でも───」
手掛かり一つ掴めなかった。
今回槙島聖護に接触できたのは、向こうから仕掛けてきたからに過ぎない。
狡噛さんの捜査は、何一つ槙島に掠らなかった。
「居ないんです・・・・・・」
事実を告げるのは、酷く心が痛んだ。
狡噛さんが追い続けた三年間が全くの無駄で、見当違いの行為であったと告げるのは、酷く心が痛んだ。
「槙島聖護は、居ません・・・・・・」
暗い暗い、沼の奥底になど。
「───そんなところに、槙島聖護は居ないんです・・・・・・」
純粋な悪に限りなく近い彼は、限りなく正義にも近い。
表裏一体の悪と正義の内包者。
良くも悪くも、彼は高純度な生命体なのだ。
混じりっけのない彼の世界は、きっとどこまでも澄み渡っている。
あまりにも純度が高すぎて、人の目を透過してしまう。
水底に堂々と立っていても、誰の目にも映らない。
それどころか、そこに水があることすら認識されないのかもしれない。
眼前に大きな穴がぽかりと大口を開けているだけで、それは穴ではなく湖なのだと誰にも気づかれていないのかもしれない。
何もない穴の底にわざわざ降りようだなんて思いつくこともしない。
泳いで潜れるのだと、気づきもしない。
ソコにはこちらの様子を伺っている存在が居るなどと、一体誰が気づくのだろう。
「槙島聖護はきっと今も・・・・・・」
透明な水の底から世界を覗いている。
透明な水の底から
朱ちゃんと槙島の話その2。
前に描いた奴(明けない夜を開けた)の続きなイメージ。
槙島が居る所って、暗い沼の底ではなく透明度が高すぎて水があるとも判別されない湖の中ってイメージなんですわ。
だから狡噛さんが3年探しても手掛かりを掴めなかったのかなって思ってる。
そんな槙島の立ち位置を認識できるのは、槙島の鏡写しである朱ちゃんくらいなのかなってのを妄想した話。
2013/01/09
※こちらの背景は
clef/ななかまど 様
よりお借りしています。