ゴーンゴーン・・・・・・
遠くで響く低く、それでいて済んだ鐘の音。
この冥界において時刻を知らせる役目を担っている。
(いち、に、さん・・・・・・・・・じゅうよん、じゅうご)
鐘の音は全部で15回。
つまり、今の鐘は15時を知らせるものだということだ。
「きょっおっのお〜やつ〜はチョッコレ〜トぉ」
「この状況でおやつ食いにいくつもりかっ!このアホイカ!!」
「もはや大王でもなくなった!?」
勢い勇んで窮屈な椅子を蹴り捨てた俺を背後から一切の遠慮なく突き刺したのは、俺の有能な部下、鬼男君。
いつものことながら彼の辛辣っぷりはどちらが偉いのか解からなくなるほどだ。
「でも三時の鐘鳴ったよ〜。今日はちゃんと働いたじゃ〜ん」
「『今日は』じゃなくてそれが普通なんだ!!あんたが席を外したらここにいる死者はどうするんだよ!」
「おやつ食べたらまたするって」
「・・・・・ほんとうだな・・・・・?」
「ホントホント。嘘吐きは閻魔様に舌を抜かれちゃうから嘘はつかないヨン☆」
「・・・・・・・・・・・」
あ、信用されてないね。
睨むような目で俺を見てる。
(君に嘘はつかないよ)
なんて、声には出さないけど。
第一、自分で舌を抜くなんて自虐的な趣味は俺にはないもの。
血を見るのが嫌いなことは君が一番知っているでしょ?
何も言わずに、ニコリ笑って返す。
すると鬼男君は諦めたように深くため息をついて「しょうがないなぁ」とこぼす。
「・・・・・ならせめて、今この広間に入ってきているものだけでも采配を御願いします。ココで彼らを待たせることは出来ませんから」
「おやつにプリンも食べていい?」
「・・・・・・・一つだけなら」
「やったね!よっしゃ!!んじゃさくさく裁いちゃおうかね」
蹴り倒してしまった椅子を元に戻すと、俺はもう一度深く腰を掛け、残りの裁きを普段の倍くらいの速さで下していった。
こんなときばかり速いんだから、なんて呟く君の呆れ声を聴きながら。
僕も甘いな、なんて呟く君の恥ずかしそうな声を聴きながら。
◆◆◆ ◆◆◆
「ごちそーさま」
「はいはい。お粗末さまでした」
ひとまず鬼男君が課したノルマをこなして、ようやくおやつにありついた。
楽しみに取っておいたチョコと鬼男君お手製のプリン。
ゼラチンを使わずに、蒸して作ったこのプリンは俺のお気に入り。
それを解かっていてくれる鬼男君は切らさないようにいつも作り置きをしていることを知っている。
(優しい君と辛辣な君、どっちが君の正体なんだろうねぇ)
プリン容器を洗う鬼男君の背中を何の気なしに眺めていると、視線に気付いた彼。
「大王。おやつ食べたら歯磨きしろって言ってるでしょう」
「う〜い」
「返事はハイ」
「は〜いはい」
鬼の現れぬ間に(そもそも鬼だけど)さっさと歯ブラシを手にした。
もりもり歯磨き粉(イチゴ味)を絞り出して、口に放り込む直前。
ハタ、とその手を止めた。
(例えば、“こんなお願い”には君はどう答えるんだろう)
いつもの辛辣で『ふざけるな』って罵倒する?
それともしぶしぶながらも言うことを聞いてくれる?
君はどんな答えをくれるの?
「ねぇ鬼男君」
「なんですか」
「鬼男君が歯磨きしてよ」
「は?」
「ほら、ちっちゃい子が母親にしてもらうみたいに」
「何で僕がそんなことを」
「だって自分じゃ上手く磨けないんだも〜ん」
「ふざけんなっ!さっさと自分で磨け!!」
「今日だけでいいからさ〜。ね?お願い!」
顔の前で手を合わせて。
ダメ?と小首をかしげてみせる。
上目遣いに彼の顔を覗き込めば、怒りと恥ずかしさが相まった不思議な表情で。
鋭くとがった爪をシャキンと伸ばして。
それを俺に突き立てようとして。
静かに腕を下ろした。
そして
先ほどと同じように小さくため息を一つつくと「しょうがないなぁ」とこぼす。
「・・・・・・今日だけですよ」
「うん!」
しょうがないといいながら、君は俺の願いを叶えてくれるんだ。
やっぱり、君は優しい。
何も言わずに彼はその場に正座した。
当然のように俺は身体を横たえ、彼の膝に頭を乗せる。
(ん〜、流石に鬼男君の太ももじゃ柔らかくはないね)
まるで辛辣な彼のように。
枕にするには少しばかり硬い太もも。
けれど俺にはこのくらいの方がちょうど良いかもしれないと思った。
彼に言われる前に口を大きく開く。
目は、怒られそうだったので閉じておくことにする。
「・・・・・・・えっと、大王・・・・先に謝っておきますよ」
「?何を?・・・・・うをぉっっ!!????」
いつもと雰囲気の違う彼をいぶかしんで目を開けた瞬間視界に飛び込んできたのは、何の恨みがあるのかと問いただしたくなるほど力いっぱい歯ブラシを握りこんだ彼の拳だけだった。
振り下ろされる拳を危機回避の本能で
っさに体を横に捻り何とかかわす。
「くぁw背drftgyふじこlp;!?!?!?」
意味を成さない俺の悲鳴。
床に突き立てられた歯ブラシ。
「ちょっ!動かないでください大王!手元が狂います!!」
「お、お、お、お、お、鬼男君!?俺を殺す気!?」
「まさか。歯磨きするんでしょう?」
「そんな勢いで磨かれたら俺の口の中ずたぼろだよ!?」
「だから先に謝っといたじゃないですか」
「謝って済むレベルじゃないでしょーよ!!死ぬよ?死んじゃうよこれ?」
「僕、不器用なんで。それに大王なら“死ぬ”ことは無いからいいかなぁ、と」
「死ななきゃいいってもん!?」
「あーもーうるさいなぁ。ほら、さっさと歯磨き終わらせて仕事の続き始めますよ」
「いいよっ!!自分で磨く!!」
「めんどくさいから僕がしますよ。じっとしててください」
「やだやだ!!命がいくつあっても足りないじゃん!」
結局。
この追いかけっこが終わったのは日もとっぷり暮れた頃だったという。
閻魔大王の口内がどうなったかはまた別の話。
その日の仕事が滞り、閻魔庁が死者で溢れかえってとんでもないことになったのもまた別の話。
(もう絶対頼まないんだから!)
(・・・・・頼まれたときのために練習しておこうかな)
深夜にまで及んだ残業をしながら二人が心に想ったこと正反対だったこともまた別の話。
力加減は意外と難しい
虫歯の日SS第一弾は天国組。
鬼男君は細かい力加減の要る繊細な作業は苦手そうなイメージ。
いつでも全力投球なんだよ。
別に虫歯の日にかこつける必要性がまったくない内容ですま―ん。
ただ膝枕ブラッシングをして欲しかっただけとか、そんなわけ無いんだから!!
でも、閻魔が鬼男(幼少期)にやってあげてたらヌルヌル・・・・・違った、ドキドキするね!
2009/06/07
※こちらの背景は
horizon/nina 様
よりお借りしています。