いつもの仕事部屋で。
いつも通りに仕事をこなし。
いつも通りに仕事をサボっている太子の相手をして。
いつも通りに終わるはずだった一日。









St. 友達 Day







1936年2月12日に神戸モロゾフ洋菓子店が国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出したこと。
それが日本でのバレンタインの始まりとされている。
だからもちろん、この時代にそんなものが伝道しているわけがない。
それなのに

「というわけで妹子、チョコをくれ」

青いジャージに身を包んだこの国の最高権威者であるおっさんが満面の笑顔で手を差し出してきた。

「仕事してください、太子」
「え!?私の話は無視?」
「いえ。あまりに馬鹿らしかったので聞こえなかったことにしました」
「おま!!私は聖徳セクシー太子だぞっ!!この芋!!」

お前なんか冠位59位に格下げしてやる!!とバタバタ一人で暴れだした。
あぁもう五月蝿いおっさんだな。
あんたが仕事サボるのはいつものことだからいいけど(いや、全然良くはないんだけど)、僕の仕事の邪魔をするんじゃねぇ。

「ソロモンとモロゾフってなんか似てるし」
「似てるから何なんだよ!?」
「いや、チョコくれないかなぁって」
「あげませんよ。てゆかチョコなんて持ってません」
「摂政にチョコの一つや二つ用意しとけよ。今日はバレンタインなんだぞ」

イケメン☆摂政にチョコを渡すのが妹子の今日の仕事だとか世迷言を後ろで言ってる気もするがそんな仕事をするつもりはさらさらない。
しかし横で食べ物の話をされ続けているうちに段々とお腹は減ってくる。
今日の御飯は何を作ろう。
チョコ・・・・いや、お菓子を御飯にするほどまだ落ちぶれちゃいない。
なんかがっつリ食べられるものがいいなぁ。
そーいやこの前作ったときカレールー残ってたな。
カレーか・・・・・・・
カレー・・・太子・・・・・カレー・・・太子・・・・・じゅる・・・・
いけない、よだれが・・・決しておっさんを見てよだれが出たわけじゃないからね!
カレーの香りを想像して唾液腺の活動が活発になっただけだからね。
ほんとに。
ほんとだから。
てか僕は一体誰に対して言い訳をしているんだ?
あぁ!!この変態に感化されて僕まで変態みたいになっているじゃないか!
とにかく!今晩はカレーを作ろう。
よしそうしよう。
カレーあげたらこの人もおとなしくしてくれるかな?
チョコとはかけ離れた代物だけど、この際いいだろう。

「はいはい。わかりましたよ」
「え!じゃぁ・・・」

とたんに太子の顔にぱっと花が咲いた。
うっ!!
なんだこの無防備な笑顔は・・・・・っ!
・・・・・・こんなおっさんを可愛いなんて思ってない・・・・・・
・・・・・思って・・・・・ない・・・・・・・
正気になるんだ小野妹子!
目の前にいるのはただのおっさんだ!

ばれないようにこっそり深呼吸をしてから僕は言葉を続けた。

「でも今からチョコなんて用意できないんでカレーで我慢してください」
「カレー!!まじで!?」
「たぶん材料揃ってたと思うんで、今から帰って作って上げます」

ちょうど仕事も終わったし。
御飯作るついでで済むなら面倒くさくない。
それでいいですか?
一応聞いては見たけれど、納得しないなら殴ってても納得させるだけ。

「チョコは欲しいけど・・・・・まぁいいや!カレー大好き☆☆聖徳太子!!」

僕の拳が炸裂することもなく、太子はぱっひょい!と浮かれて廊下に飛び出した。
飛び出した瞬間に馬子様に正面衝突してお説教食らっている間に、太子が散らかした部屋を片付ける。
『妹子助けろ〜〜』と眼で訴えてきているが馬子様に楯突けるほど僕は身の程知らずじゃない。
この際、骨の髄までしっかり説教されればいい。
この国であんたが唯一歯向かえずに頭をたれるしかないのは馬子様だけなんだから。
ただあんたが子犬のようにこっちを見てくるのは正直精神安定上よろしくないので、そっとふすまは閉めておいた。

折角静かな時間を手に入れたので明日の分の仕事を進めておこう。
そうすれば明日はもう少し太子に構って上げられる時間が取れるかもしれない。
何の疑問も持たずにこんな風に考えてしまうこと自体、既に太子に浸食されてる証拠なんだろうけどそこはあえて考えないようにしておこう。

小一時間ほどのち。
静かにふすまが開く音に振り返れば、そこには部屋を覗く馬子様の姿。
僕は思わず居住まいを正した。

「あぁ、いい。そんなにかしこまるな」
「有難うございます馬子様。あの馬鹿の説教は終わりましたか?」
「へこみすぎて原形がなくなった」
「・・・・・・・ぅわぁっ!!それ太子だったんですか!?」

馬子様の足元に転がる謎の物体からうめき声のようなものが聞こえたので眼をやれば、良く見たら太子のジャージと烏帽子がかろうじて原形をとどめていたので、それで何とか判別できた。
てゆーかこのおっさん人間じゃねぇ・・・・。
既にただの塊と化しているソレはずりずりと少しづつ僕の方に近づいてくる。
どんなホラーだ。

「ひぃっ!!」

僕が思わず後ずさりすれば塊太子はずずっと音を立てて更に距離を縮めてくる。
ありえないくらいに怖い・・・!
それほど広くない仕事部屋では逃げるにも限度があって。
すぐに背中が壁とぶつかった。
もうだめかっ!そう諦めたとき

「これ、太子。いい加減元に戻れ」

ぺしり、持っていた勺で太子の頭(だと思われる部分)を叩いた。
一国を担うものがそのような姿でどうすると馬子様はおっしゃるけど、そもそもそんな姿になれる段階で上に立つものとしてどうなのだろう。いや、前段階として人なのだろうか。もう僕には良くわからない。

「え?ちょっと気合入れないと戻れないかも・・・・」
「部屋で爆発とかされると困るんで外でやってきてください!!」

塊に向かって叫ぶと、馬子様の手前しぶしぶと顔に書いて廊下に出て行った。
外では『セクシーダイナマイト』とか叫ぶ声や、爆発音が響いたりしている。
一般人からそんな異音が聞こえたら驚くのだろうが、相手はなんと言っても太子だ。
この程度のことでは僕はもう驚かない。
代わりに悪態を吐いてやる。

「・・・・くそ・・・なんなんだあのおっさん・・・・」
「迷惑をかけるな」
「あ、いえ・・・・・・はい」

普通なら社交辞令なんだろうけど。
あの人の行動に付き合わされる身としては冗談でも迷惑じゃない、なんて言えなかった。

「アレはどうしようもない馬鹿だがこの国を背負うものだ」
「わかっております」

どんな馬鹿でも、おっさんでも。
あの人は至高の人。
本来ならば豪族出身の、高々冠位五位の僕なんかが対等に話せるような人ではないのだ。
“身分をわきまえろ”、そういうことなのだろう。

確かにここ最近の僕の行動は少し軽率すぎたかもしれない。
アホアホ連呼したり、死んでくださいって言ったり、あまつさえ殴ったりもした。
極刑を食らっても言い訳は出来ない。
何せ、相手は摂政・聖徳太子なのだから。

「何よりも、小野、君を気に入っている」
「・・・・・・・はぁ・・・・?」

僕を、叱ろうとしているのではない・・・・のか?
馬子様の意図は飲み込めないが、どうやら首が飛ぶような事体にはならないようで少し肩の力が抜けた。

「私といるときに話すのはいつも君のことだ」

そういって見やったのはふすまの向こう側。
つまり、太子。
上手く元に戻れないようで、むきむきマッチョになってみたりガリガリの棒人間になってみたりと大忙しの様子。
それを眺める馬子様の表情はひどく穏やかなもので。
まるで、わが子を愛しむような。
息子の幸せを喜ぶような。
そんな表情。

「アレは幼い頃から聡明でな。自らの立場がわかっていたから一人に入れ込むことはしないのだが、君といるとそんなことどうでもよくなってしまうらしい」
「どういう、ことですか?」
「権力も身分も、そんなものを考えずに接したくなるのだそうだ」
「それってまるで・・・・・」


「“初めて出来た友人”、アレは君の事をそう呼んでいる」


「これからもアレをよろしく頼む」
「・・・・・僕なんかでいいのでしょうか・・・・?」

改まって言われたら恐縮してしまう。
あの人と対等でいられるところなんて何一つ持ち合わせていない自分が、横に並んで本当にいいのだろうか。
太子のことは嫌いじゃない。
面倒くさいところもあるけれど、一緒にいて楽しいと思うし。
自分でも驚くくらい、ストレートに感情を吐き出せる相手は太子だけだ。
でも・・・・・・

「何の下心もないから、アレは君を選んだのだろうな」

アレの見る目は確かなようだ。後は当人たちで話せ。私はまだ仕事があるのでな。
そう言い残して馬子様は部屋を去った。

つまりこれは、馬子様に認めてもらえたってことなのかな?
なんだか、嬉しいような、くすぐったいような。
そうこうしている内にやっと人間の形を取り戻した太子が外から戻ってきた。

「あ〜〜やっと元に戻れた。まだ臍の辺りが変な感じするけど」
「っ!太子!臍へこみすぎて穴開いてますよ!!」
「お腹が空きすぎてお腹と背中が貫通しちゃったんだよ!早くカレーを作るでおま!」
「どうなってるんだよあんたの身体は!」
「いいから!!早くカレーだカレー!あと3分で作らなかったらお前をカレー戦隊から脱退させるからな!」
「3分じゃ家までだって帰れないし、そんなへんな戦隊に入ってた覚えもありません」
「お前ドドメ色担当だっただろ?」
「ヒーローモノでドドメ色とかありえねぇだろ!このあわびが!!」
「だって竹中さんが・・・・・・」
「もういいから、さっさといきますよ。僕だってお腹すいてるんだから」
「ちょ!妹子私をおいていくなよ〜」

こんななんでもないやり取り。
それなのに。
あんたがすごく楽しそうにするもんだから。
僕も思わず笑ってしまった。


   ■■■    ■■■

それから家に帰って。
お腹が減ったと大騒ぎする太子をどうにか力ずくでおとなしくさせて。
やっと完成した特製カレー。
スプーンを握り締めて待ち構えていた太子は僕が座るのも待たずに一口パクリ。
あれ?と首をかしげる。

「なぁ妹子。今日のカレーいつもとちがくないか?」
「美味しくないですか?」
「いや、いつもより美味しい。なんかコクがあるって言うか・・・・」
「ちょっと隠し味にあるもの入れてみたんです」
「何!何隠しちゃったの!?」
「秘密です。教えたら隠し味にならないでしょう」
「うーーー。ま、美味いから何でもいいや!妹子お替り!!」
「はいはい」

隠し味の本当の意味を知らない太子は僕の適当な説明に特に疑問を抱くこともなく、ものすごい勢いで綺麗に平らげたお皿を僕に突き出す。
僕はそれにこれでもか!ってくらいありったけの御飯を盛り付けて、表面張力ぎりぎりまでカレーを器に注いだ。

「お、大盛りだ」
「これ、世間一般じゃ“友達盛り”っていうんですよ」
「ともだち・・・・・・・いい言葉だな!早くくれ“友達盛り”カレー!!」
「はいはい」
「妹子とツナはな〜かよしtonight☆」
「ご飯中にへんな歌、歌わないでください」
「妹子と私もな〜かよしtogiht☆☆」
「///」

友達。
そう言っただけであんたがあんまりにも嬉しそうにするから。
僕は恥ずかしくなってしまう。
なんでもないはずだったただの一日が、かけがえのない大切な日になってしまった。
あぁ!!もう!!
相手はただのカレー臭いおっさんだって言うのに。
僕は・・・・なんでこんなに嬉しいんだ。
この人が幸せそうに笑ってくれるから。
僕もつられて笑ってしまう。

あんたにもっと笑って欲しいから、僕はこう言うんだ。

「来年は・・・・・義理の友チョコくらいなら用意して上げないこともないですよ」
「私上司なのに義理なの!?」
「明日辺りから安売りすると思うんでそれ買っておきますね」
「しかも1年越しなの!?」

だから今年はコレで勘弁してください。









そんなこんなで初ギャグマンガです。

なんかグダグダで申し訳ねぇ。

正直バレンタインじゃなくても良かったよねって話ですが。

世界観がまだ掴めてないから手探りグリグリ状態です。


妹子好きすぎる。でも一発変換できないから妹子って出すの面倒なんだ。

作中の友達盛りですが。

わが部内に存在するいじめのような盛りかたです(笑)

マンガ盛りみたいな感じで、気の知れた友人以外にやるとどん引きされるのでご注意を。

(2009/02/15)





※こちらの背景は 空に咲く花/なつる 様 よりお借りしています。




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