朝起きて、鏡を見て。
自分の姿に驚愕としたのは生まれて初めてだった。
にゃンだフる わンだふル
「いもっこーーーっ!!」
けたたましい、人のものとは思えない足音を立てて嵐がやってきた。
考えるまでもなく相手は太子。
くっそ!今日はちゃんと休暇申請の文を出してるんだ。
家まで押しかけてくるな!
「いもっこりー!いるのはわかってるんだ、出てこーい!!」
「・・・・・・・・・・・・」
誰がいもっこりだ。ぶん殴るぞこの野郎。
罵倒したい気持ちをどうにかやりこめて、ただ貝のように心を沈めて物言わずにじっと嵐が過ぎさるのを待つ。
「こらー!急病で休暇申請したのに家にいないって馬子さんにばらしてもいいのかー!」
・・・・くっ・・・・痛いところをついてくる。
確かにそれは困る。
仮病だなんてばれたら馬子キッスが飛んでくるかもしれない。
どうせなら急用とかにしておけばよかった。まさかの失策だ。
「後3秒の間に出てこなかったらお前のうちの障子を丁寧に一枚ずつ穴開けて回るぞー。いー「ふざけるなこの野郎!!」
これ以上家を荒らされてなるものか、と勢い余って玄関のドアを開けてしまった。
あ・・・・・、と後悔するのと
やっぱり居やがったなお芋、と太子が声を上げるのと
イヤイヤちょっと待て、と頭を振るのと
似合う?、と出来もしないウインクをしながら太子がポーズを決めるのは、殆ど一緒だった。
「・・・・太子・・・・その頭の・・・・・」
「可愛いだろ?ニャンちゃんだぞ☆」
「・・・・『だぞ☆』とか絞め殺したいくらいに気持ち悪いんですけど、・・・・いや、そうじゃなくて!」
僕が聞きたいのはソレが何故付いているのかということだ。
「・・・・・・・なんだ、自慢しようと思ってきたのに妹子も持ってやがったのか」
「はっ!?」
「冠位五位の分際で摂政と同じになろうとは片腹痛いわ!今すぐとらんかぁい!!」
「いててててててっっぅっ!?!?!?引っ張るなあほんだらっ!!」
「ぺでぃぐりー!?」
僕の側頭部からはえる耳を力任せに引きちぎろうとする太子に渾身の平手打ちを食らわせてやった。
不可解な叫び声を上げながら素っ頓狂な方向に飛んでいった。
「うぅぅぅ・・・・・摂政に何たる仕打ち・・・・・・」
「太子が引張るからいけないんでしょう!?」
「だって・・・・だって、妹子に耳が生えてるから・・・・・・」
「だからっていきなり引っ張るんじゃありません!」
「・・・・・・おかぁさんみたいに怒られた・・・・・・・」
「大体、なんで太子にも生えてるんですか!?」
「ん?今朝起きたらこうなってた。んで妹子に自慢してやろうと思って珍しく朝議に出たのに妹子休みって言うからわざわざ見せびらかしに来てやったんだ。だからさっさと中に入れてお茶とかお菓子とかでもてなしやがれ!」
「うわっ!恩着せがましいなこのおっさん!」
「妹子の許可も取ったことだし、お邪魔りんこ〜」
「許可してないし、我が物顔で縁側から入るなぁっっ!!」
結局なんだかよく分からないうちに臭いおっさん、もとい太子の侵入を許してしまった。
・・・・・不覚だ。
気がついたときにはコタツに肩までしっかり潜り込んで存分にくつろいでいやがった。
なんてずうずうしいおっさんなんだ。
「ちょっと、太子。早速寝っころがらないでくださいよ」
「猫はコタツで丸くなるのが日本のあるべき姿だ。何の問題もないだろ?」
「ありまくるよ!?そもそもこんな耳が生えてきたことが最大の問題でしょ!」
自分の頭にあるソレと、太子の頭にあるソレを指差してまくし立てる。
「なんなんですかこれは!?朝起きたらこんなの生えてるし!おまけに尻尾まで生えてるってどういうことですか!?
夢かと思ったら夢じゃないし!変な病気かもしれないから朝廷にもいけないし!あまつさえあんたも同じ症状って!!
しかもあんたはいつもどおりのらりくらりしてるし!慌ててるの僕だけだし!気がついたらおっさんにふ不法侵入されているし!
なんですか!?厄日ですか!?今日は厄日ですか!?僕はそんなに悪いことしましたか!?!?」
言い切ってはぁはぁと肩で息をする。
あまりの言葉の羅列に太子はこちらをポカンと見つめるばかり。
15秒くらいの沈黙を挟んで、太子がぽつり言葉を漏らす。
「・・・・・・落ち着いた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇ。おかげさまで」
朝から溜まりに溜まっていた鬱憤を一気に吐き出したら妙に冷静になってしまった。
そしてそれを太子に見抜かれているから嫌になる。
まったく・・・・・と嘆息を漏らしながら僕もコタツに足を入れた。
「ほんと、なんなんですかコレ?」
「私が知っていると思うか?」
「いえ」
「即答かよ!?」
「知ってるんですか?」
「いや、知らないけど」
「・・・・・・聞いた僕がバカでした」
がっくりうなだれる。
すごく時間と体力の無駄遣いした気分だ。
「あ、妹子が落ち込んだ」
「へ?」
「ほら、尻尾がペタンって」
言われてそちらに目をやると確かに自分の臀部から生えている尻尾が力なくうなだれていた。
そういえば動物は尻尾で感情表現するって聞いたことがある気がする。
この突然生えてきた尻尾も僕の感情とリンクしているようだ。
ただし僕自身は尻尾の機微を感じることはないのだが。
「まぁ心配しなくても明日辺りにはひょっこり無くなってるかも知れないし」
「そうだといいんですけど・・・・・」
「私はこのままでもいいけどな〜」
「僕はごめんです」
「なんで?なんか支障あるわけでもないし、可愛いじゃん」
「可愛いって・・・・・・・」
そんなわけない、と言葉を続けようとしたのに。
コタツで気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らす太子を見ていたら思わず生唾を飲んでいた。
いやいやいや!
太子相手に可愛いとか!そんなんないから!
ほんとに!ほんとにありえないから!
そう!猫!!
猫だからだよ!
ほら、僕猫好きだし!
猫好きだから、猫っぽい感じが可愛く見えてるだけだって!
「妹子?」
「っなんでもありません!」
「ふぅん・・・・。にしてもオコタが気持ちいいなぁ。猫が丸くなる気持ちがわかる」
まるで猫が顔を洗うかのように、目元を眠たそうにクシクシとこすっている太子。
コタツの中に隠れている尻尾がゆらゆら揺れているのを感じる。
ぬくぬくに温まってきて気持ちいいのだろうか。
しばらく放って置いたらゆらり船を漕ぎ出す。
そのくせ、何が楽しいのか、猫じゃらし宜しく僕の尻尾にしきりに猫パンチを繰り出している。
「あ」
「?なんですか?」
「・・・・妹子の尻尾。よく見たらこれワンコの尻尾だ」
「そう・・・・なんですか?」
動物の尻尾の違いなんて僕にはわからないし、この場において動物が違ったからといって何の気休めにもならないことには変わりなかった。
「いいなぁ・・・・・・私もワンコが良かったなぁ・・・・・そしたら妹子とおソロになったのに・・・・・・」
言い切るが先か、寝入るのが先か、といったタイミングで太子の声が途切れる。
「人のうちで寝るな!」と言ってやりたかったが、幸せそうな表情で寝息の代わりにゴロゴロ鳴く姿を見せられたらそれも出来なくなる。
変わりにピン!と耳を弾いてやったらくすぐったそうに身を捩った。
その仕草が可愛いと思ってしまったのは、僕が猫好きだからであって。
決して。
決して、太子が可愛かったからではない。
・・・・・・・・・と信じたい。
「・・・・・・おそろいなのはジャージだけで十分ですよ・・・・・・」
誰が聞いているわけでもないのに、僕は呟いた。
幾許もしないうちに僕も眠気に襲われる。
なんでこんなことになったのか、とか。
いつになったらコレが戻るのか、とか。
明日もこのままだったらどうしよう、とか。
いろいろと考えなきゃいけないことがあった気がするが。
暢気に眠りこける太子を見ていたらどうでもよくなってしまった。
人生なるようにしかならないんだ。
どうにもならない時は寝るに限る。
僕は抵抗することもせずに意識を手放した。
結局そのまま夜中まで寝入ってしまったらしく、日付の変わる0時の鐘で目を覚ました。
しぱしぱする目をこすりながら、こちらも寝続けていたらしい太子を見やれば、綺麗さっぱり耳はなくなっていた。
慌てて自分の頭に手を伸ばしてみれば、寝る前まであったはずの耳が無くなっていた。
臀部も確認してみたが、やはりそちらも無くなっていた。
どうやら綺麗さっぱり、初めからなかったの如く、姿を消していた。
「・・・・・・・・・なんだったんだ・・・・・・?」
呟いて答えが出るはずもなく。
代わりに聞こえたのは、ゴロゴロと太子の喉が鳴る音。
耳も尻尾も無くなったのに、このおっさんだけは猫のように丸まったまま睡眠を貪っていた。
僕は苦笑するしか出来なかった。
何ぞコレ?(お前が言うな
2月22日がにゃんにゃんにゃんの日なので書いてみた。
時間軸としては妹子が太子への恋心を自覚する前な雰囲気。
妹子は猫好きだと思うんだがどうだろう?
2010/02/23
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。