「というわけで、チョコを寄越せ。妹子」
「ソレがチョコを貰いたい人の態度ですか」

青いジャージに身を包んだこの国の最高権威者であるおっさんに悪態を吐く。
なんかこんな光景がいつかもあった気がする。
――そういえば一年前もこんな感じだった気がする。
一年前もこうして仕事場に乗り込んできて、横柄な態度でチョコを要求された。
あの時は、もちろんそんな日であることも失念していたからろくな準備も出来なくて。
結局いつも通りにカレーを食べさせることくらいしかしてやれなかった。
たまたま残ってたチョコレートを隠し味に仕込んで上げるのがあの時の精一杯。

もっとも、それで目の前のこのおっさんは喜んでくれたのだから僕としても別段不満があるわけではなかった。

「というか太子。あんたは僕にチョコ用意してくれたんですか?」
「え?無いよ?」
「このあほんだらっっ!!」
「カカオマスっ!?」

僕の怒りとか虚しさとかやるせなさとかそういったものを一切合財乗せた拳が顔面にクリーンヒット。

「大体なんで女役のあんたに僕がチョコあげなきゃいけないんだよ!」
「え?おんな、やく・・?」
「あんたが抱かれる側ってことですっ!」
「ちょ!お前そういうことを恥ずかしげも無く!
流石は性欲もりもりもりの思春期芋。今日も朝からお盛んだな」
「・・・・そういうことを言うあんたの方が恥ずかしいです・・・・・」

欠片も恥じることなく返されると気持ちが萎えた。
本気で、なんで僕はこんなおっさんに惚れてしまったのかと自問自答する。
答えなんて出ない。
代わりに胸中に巡るのは、それでも手放すつもりは無いという独占欲に似た何か。

「それよりも早く!チョコ!今年こそ用意してくれてるんだろ!」

早く寄越せ!と手を差し出してくる。
あげなかったらこの人は泣くだろうか?
それとも別の人のところに(しかし僕以外に貰えるあてなんてないだろうけど)集りに行くだろうか?

――それは、むかつく・・・・・

我ながら心の狭いことだと思うが、得てして恋愛とはそういうものだと自分を正当化することにした。
ということは、気は進まなくても僕はこのおっさんにチョコをあげなくてはならないということだ。
うーん、やっぱりなんか釈然としない。

「・・・・・ホワイトデーには、ちゃんとあんたが僕に渡してくださいよ」
「マイナス3倍返ししてやるから楽しみにしとけ!」
「減ってんじゃねーか!!」

まったくもう・・・・・と言いながら、仕事場の机に忍ばせたチョコレートを取り出す。
散々文句言っといて、準備だけは怠らなかった自分は偉いと思う。
それもこれも太子の喜ぶ顔が見たいから。
なんて恥ずかしいことは絶対本人には言ってやらない。

「やっぱりちゃんと用意してあるんじゃないか!」
「・・・・・義理ですよ。義理」

こんなアホでも上司は上司ですから。
それに、去年一応約束しましたし。
僕約束は守る性質なんで。

言わなくていいようなことを照れ隠しに口走る。
それを聞いているのかいないのかわからない勢いで太子は包装をびりびりと破く。

「ん〜ふふふ。毎年これだけが楽しみで・・・・・・」

毎年もクソも、あんた貰えるあてなんか無いだろう。
つっこんでやりたい衝動が芽生えるも、本当に嬉しそうにチョコレートを手にする太子を前にしたら苦笑するしかなかった。

「いっただっきまーす!!」
「はいはいどうぞ」
「・・・・・・・っ!!」
「?太子?どうしました?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

一瞬大きく目を見開いて、それからなんとも言えない表情で、強いて言うならばカニの食べられないところを食べた時のような表情で無理矢理飲み下した。

「あの・・・・妹子・・・・これ・・・・・」
「美味しいでしょ?一番人気のお店のですから」
「・・・・えっと・・・・」
「僕もこういうのには疎いのでお勧めのやつを買ったんですよ」
「・・・・・・・なんで目が据わってるの・・・・かな・・・?」
「別に太子がチョコを用意していなかった腹いせとかでは無いですからね」
「・・・・・意外と本気で怒ってる・・・・・?」
「やだなぁ。怒ってないって言ってるじゃないですか」
「・・・・だって・・・・これ・・・・・」
「約束は守る性質って言ったでしょ?」
「・・・・・それって・・・・・」

流石は腐っても聖徳太子。
僕と一年前に交わした会話を覚えていたようだ。

「一年前から準備して、愛情たっぷり込めておきましたからね。気のすむまで食べてくださいv」

僕の毒吐き紳士スマイルに太子の顔がサァッと青ざめたような気がした。


さて、来月は太子がコレをマイナス3倍にして返してくれるらしいから
きっととってもすごいものを返してくれるのだろう。
今から来月が楽しみだ。




マイナス乗算






「・・・・・去年は割と素直にチョコくれたのに・・・・・妹子のけち」
「去年?」
「カレーに入ってた隠し味。ホントは知ってたんだ」
「亜qwせdrftg!?!?!?」
「妹子が隠したがってたから気付かない振りしてやったけどな」
「な、な、な」
「あ〜あ。こんなことなら今年もカレーもらっときゃ良かったなぁ〜」


多分。
上とか、下とか。
そんなこと関係なく。
悔しいけど、僕はこの人に一生敵わないんだろうなって思う。

仕方ないからこのチョコを食べ切れたら、本当にちゃんと用意したチョコレートを上げてやってもいいかなという気になった。









バレンタインなのに甘くなーい!

『St.友達Day』の一年後のお話になります。

やっぱり当家では太子は妹子の一回りも二回りも上をいっているようです。

なのでチョコを用意していることを知っているので

太子からチョコをあげることはなさそうです。

その代わりホワイトデーにはお返しがきっとあると思いますw

2010/02/13





※こちらの背景は ミントblue/あおい 様 よりお借りしています。




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