すっかり夜も更けきった頃。
小高い丘の上で肩を並べて、どこまでも果てしなく広がる空を見上げた。
一条の光の筋を成す幾数もの星。
例えばそれを、幻想的だとか、ロマンティックだとかありふれた言葉を並べるだけならば誰にだって出来るだろう。
事実、ほんの一瞬前まで私自身頭を占めていたのはそんな言葉達だった。
けれど
今、それらの言葉はどこか遠くの空に飛んでいってしまった。
私は聴いてしまったから。
彼らの声を
彼らの叫びを
彼らの想いを
私たちは今まで、こんなにも恐ろしいものを見上げていたなんて・・・
「星が泣いてる・・・・」
星涙〜ほしなみだ〜
「・・・・・何も聞こえませんよ」
隣に座る妹子がばかばかしそうに呟くのを聞き逃さなかった。
ばかばかしいと思うなら無視すればいいのに、本当にマメな(いや芋か?)奴だ。
私は耳に手をあてがって目を閉じて、音だけに感覚を集中させる。
「そんなことないよ。――ほら、聴こえる」
「ただの空耳でしょう?太子、耳も悪いから」
「耳“も”って何だよ!?私はどこも悪くないよ!!」
「はいはい。そういうことにしておいてあげますよ」
むきー!!っとなって手足をばたばたさせてみたが、五月蝿そうに顔を背けられるのがオチだった。
戯言はおしまい、とばかりに彼はその場に寝転がる。
あぁ、そんな風に寝転がったりしたら折角のかゆい十二階・妹子特注ノースリーブジャージが汚れてしまうじゃないか。
確かにジャージっていうものの本来の用途は運動用で、汗を吸いやすく汚れが落ちやすく出来てはいるけれど。
何もこんなところで寝転がらなくてもいいじゃないか。
少なくとも私にはもう、星空の下でのんきに寝転がる、なんて行為はこの先の人生きっと出来ないだろう。
寝転がるどころじゃない。
ココにいるだけで居心地の悪さを感じているのに。
「おまっ!こんなところでよく寝られるなぁ。流石芋だな。土と仲良しさんか」
「誰が芋だって?」
ためらいなく真っ直ぐに頬に伸びた拳。
見事としか言いようのないくらい奇麗に決まる。
芋だけに「キャッサバ!」と効果音が聞こえてくるくらい奇麗なパンチだった。
「ひぃっ!事実を突きつけただけでこの仕打ち!?」
奇麗過ぎて痛みはほとんどないのだが、殴られたという条件反射で慌てて頬に手を添えた。
仮にも上司に向かって口よりも先に手が出るってどういうことだよ!摂政なのに!
私が口に出したところで勝てる気がしないのでそこは目で訴えるだけに留めておく。
そしたら今度は無視されたんだけど・・・・。私、摂政なのに・・・・・ぐす・・・・・。
「第一、星を見に行くって言ったのは太子でしょう?しぶしぶ付き合ってやってるんですから黙って星見したらどうです」
「しぶしぶって・・・・お前本当に口が悪いな・・・・・。まぁ確かに星が見たいって言ったのは私だけど・・・・」
言ったらまたお前は馬鹿にするんだろう?
だから言いにくい。
・・・・・理由はそれだけではないけれど。
正直なところ、なんて言葉にしたらいいのかわからない。
適切な表現が、わからない。
感情につける名前が見つからない。
そんなものをどうやってお前に伝えればいい?
ちらちら妹子の顔を伺い見れば、何なんですか?とせっつかれた。
多分このまま口をつぐんでいれば拳第二陣が飛んでくるのも時間の問題。
それならば、殴られる前に言ってしまう方が得策・・・・・・・かな?
たっぷり時間を置いて、少しでも近しい言葉を探し当て、ゆっくり口を開く。
「なんか・・・・・怖くなっちゃったんだ・・・・」
おそるおそる、空を見上げて。
ポツリ、静かに呟く。
畏れ
確かにこれが最も似つかわしい表現かもしれない。
私は怖いんだ。
星が
人が
命が
気持ちが
知らないことが
知らずに居たことが
全てが怖い。
それが、私の感じた畏れ。
「・・・・アホくさ」
たった一言で一蹴された。
そんな・・・・・せっついたのはお前じゃないか。
どうせこんな返事が返ってくると思っていたから言いたくなかったんだ。
にしても対するコメントが4文字って失礼すぎやしないか?
「お前、仮にも摂政に向かって・・・・」
「いえ、アホな上に臭いの略です」
「余計ひどいよ!!」
仮に、アホな上に臭いからなんなんだよ!
いや、私は臭くなんかないぞ。
むしろフローラルなカレーの香りを纏ったハーブみたいな。
大体そんな感じのはずだ。
そもそも私の今の発言と体臭の間に何の因果関係が?
妹子は菌類だから感じないかもしれないけど、私は人類だから怖いものは怖いと思うんだぞ!
くそー!いもこのばーかばーか!でんぷーん!
もう妹子なんて知らん!!
お前なんて芋星に帰ってしまえ!!
言った私が馬鹿だったよ!
ぷいっと顔を背けて、そのまますたすた来た道を帰り始める。
太子、と今更ながらに妹子が優しく呼びかけ来るが、そんなもんに振り返ってやるもんか。
聞こえないフリをして歩みを速めれば、妹子は慌てて駆け寄ってきた。
普段馬鹿をやってこっちが近づけば離れていくくせに、こちらが離れていけば寄って来る。
今だってほら、いつもなら絶対に言わないような優しい声で話しかけてくる。
まったくもって天邪鬼な奴だ。
「どうしたんですか?星はもういいんですか?」
「もういい。あそこは・・・・なんか怖いから」
「怖いって、お化けが出るわけでもなし」
「似たようなものがいたじゃないか」
「は!?ううううううそでしょ?」
妹子の声に動揺が走る。
・・・・・・お前お化けとかきらいだったっけ?
筋肉お化けのくせにお化けが怖いとかなんだか滑稽だ。
「嘘なものか。妹子も見てたじゃないか。あんなに沢山の星を」
今だってこの頭上に燦然と輝いている。
今だけじゃない。
昨日だって、明日だって、夜中だって、昼だって。
いつだってこの空の彼方に彼らは居たんだ。
「あれは・・・・・・人の魂だよ」
どうして今まで気付かなかったのか不思議なくらいだ。
こんなにも側に
こんなにも明瞭に
声は聞こえていたはずなのに
びっくりするくらい間抜けな声を二連発であげる妹子をよそに、私は立ち止まりもう一度空を、彼らを仰ぎ見る。
「私も今まで気付かなかった・・・・いや、気付けなかったけど、今日声を聴いて確信した」
あれは人の魂だよ
先ほどと同じセリフをもう一度言う。
今度は自分自身、一度目よりもずっと確信めいたものを感じながら。
ただの世迷言ではないことは伝わったのだろう。
きっ、とこちらを見据え私の目を通して私の心を読み取ろうとする。
ほんの一時、そうしてこちらを見ていたがわずかに目線を下げて口を開く。
真剣な声で、彼は問う。
「・・・・・・・魂が目に見えるとでも・・・?」
「見えないだなんて誰が決めたんだ?」
そうだ。
絶対に見えないなんてありえない。
「誰って、現に誰にも見えないじゃないですか」
「見えてないんじゃない。皆、見えてないフリをしているだけだよ。だから気付けない。気付けないフリをしている」
見えないと決め付けているだけで。
本当は知っているんだ。
感じられるはずなんだ。
見えると信じさえすれば。
「まさか・・・・」
「あれは、夢半ばにその命が絶たれた者達がこの地上で放つ筈だった命の光。だから星は泣くんだ。己の無念を晴らすように延々と」
「・・・・・・・・・・・」
見えるものが、見てやらなければいけない。
それが見えるものの義務だから。
聴けるものが、教えてやらなくてはいけない。
聴いた声を世界に残してやらなければ、音は霧散してまた空へ還ってしまう。
繋ぎ止めてやらなければ、彼らの居場所がなくなってしまう。
無力な私に出来ることがあるのならば、どんなことだってしてやろう。
馬鹿だアホだとののしられても、構わない。
民を救うことが私の役目なのだから。
今此処に生きる人々も
これから生まれてくる新しい命も
礎として天に召された者達も
全て、私が救うべき民。
この身を捧げることでそれが叶うなら、それでもいいかもしれない・・・・。
あの星になることで、少しでも彼らの心が癒せるなら。
私という存在に、少しでも意味が見出せるなら。
星に、なろう。
(・・・・?・・・・いもこ・・・・?)
無意識のうちに天空に伸ばそうとしていた私の手を誰かが掴む。
誰か、なんて・・・・・。
そんなの一人しか居ないじゃないか。
ほんの少し、震える手で。
なのに腕を掴む力はすごく強くて。
まるで私をココに繋ぎとめるかのように更に力が込められる。
(・・・・・ありがとう、妹子・・・・)
私はそれに答えるように、妹子の手に自分のものを重ねた。
お前はこうやって私に居場所をくれる。
この地上に繋ぎとめて、意味を与えて、共にいてくれる。
どこかに行ってしまわないように。
忘れてしまわないように。
逝ってはいけないと、教えてくれる。
(繋ぎとめる・・・・・・忘れないように・・・・・・行かない様に・・・・行けないように・・・・)
あ
そうか
そういう、ことだったんだ。
だから二人は川のほとりに縛り付けられた。
互いが互いを繋ぎとめると、天帝は知っていたんだ。
だとしたらそれは
なんて
なんて
「残酷だよね」
「何がです?」
「ずっと不思議に思っていたんだ。どうして彦星と織姫は年に一度しか逢えないという条件を飲んだんだろうって」
「確かに・・・・・・愛し合っているならそんな話飲めませんね」
「だから天帝は二人の間に天の川・・・・・・星を敷いたんだ」
「・・・・・・・・」
「沢山のうらみつらみが、二人を決して逢わせないように」
「条件を飲んだのではなく、飲まざるを得なかった、ということですか」
「・・・・・・多分」
お前らだけ幸せになるつもりなのか?
私達を差し置いて。
ゆるさないゆるさない
何でお前が。
踏みつけるのか?
死してなお、我等を虐げるのか?
許さない赦さないゆるさないユルサナイ
声なき声が二人を攻め立てる。
一体誰が、それでもなお逢えるというのか。
できるわけないじゃないか。
みんなを差し置いて、なんて。
それでも、諦めることさえできない。
だって
触れ合うことは出来ない、けれどその姿は確かに見える。
声さえ届かないけれど、唇が紡ぐ音は聞こえる。
そうやって天帝は二人を縛りつけた。
無念のうちに命絶えた魂が渦巻く川のほとりに。
互いを想う心に。
「・・・・・・・なぁ妹子・・・・」
「・・・・・なんですか」
重ねていただけの手を、思わずぎゅっと握り締めた。
「もし、もしも妹子が二人と同じ立場になったら」
「人々を押しのけて、踏みつけて、ひどい罵声を浴びせられて」
「それでも」
「私に逢いに来てくれるか?」
当たり前です。
一瞬、そんな声が聞こえた気がした。
でも実際に耳が捉えたのは別の答え。
「貴方が・・・・・・それを望むなら」
妹子のもう一方の手が重なる。
手から伝わる体温と一緒に私の心にまで優しく気持ちが届く。
貴方が望むか否か、そんなことは解かっています。
無言でそう訴えかけるようだ。
「じゃぁ、私が逢いに行ったら・・・・・妹子は嬉しい?」
「嬉しい、です。・・・・・・けど」
「けど?」
「あんたが泣くくらいなら、逢えなくてもイイです。僕を想っていてくれるだけで、十分です」
「・・・・・・そっか。・・・・・そう・・・・・だな」
何でお前は、私が欲しい言葉ばかりくれるんだろう。
それはとても嬉しいことであり
同時にとても寂しいとも想う。
だけど
とても、安心した。
「妹子は優しいな」
「僕は優しくなんかないですよ」
優しいよ。
何よりも優しい。
だから
妹子が好き。
すごくすごく、妹子が好きだ。
私は空の二人と同じように、他人を踏みつけてまで幸せになんてなろうとは思えない。
だからといってお前を諦めることすらできない。
こんな半端な気持ちなど、忘れてしまおうとした。
お前を諦められないなら諦められないほど。
妹子を好きだと気付かされる。
・・・・・私ばっかり妹子を好きみたいじゃないか・・・・・・
なんか・・・・・ずるい・・・・・・
「太子」
「?」
ちゅ
「っっ!?!?!?!?!?!?!?」
「今一緒にいるこの時は、我慢しなくていいですよね」
軽く触れた唇をぺろりと舐めとる仕草がすごく性的で。
妹子の目がにやりって笑った気がした。
ってゆーか、・・・・・・え・・・・?今の・・・・なに?
・・・・・キス・・・・・された・・・・?
聞き危機期きっきききききす!?!?!?!?
いやいやいやいやいや!このダンディズムの塊とも言われた聖徳太子。
もちろんこれまでにキスの経験の一つや二つあるけれど・・・・。
妹子がしてくれたのは、初めてだ・・・・。
うわっ!なにこれ!?恥ずかしっ!むしろ恥ずか死!憤死しそう!!
顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
くっそー!!!摂政がこんなに恥ずかしい思いをしていると言うのに妹子ったら余裕ぶちかましてくれちゃって!
・・・・・って・・・・・・、あれ?
なんか様子が・・・・・・・・
(・・・・妹子も顔真っ赤じゃん・・・・)
笑ったら怒られそうな気がするから、三角座りで膝に顔をうずめた。
慣れないことして、恥ずかしいくせになんでもない風に装って。
ばーかばーか。
だからお前は優しいって言ったんだよ。
さぁ、ココからは私の番だ。
妹子が妹子らしくいられるようにさせてやるのが私の役目だからな。
お前は私に気を使う必要なんてないんだ。
いつも通りのお前に戻してやろう。
「・・・・・・お前、今すごいエロい目ぇした」
「するかよ!」
「いんや、今の妹子の頭の中は思春期の男子中学生もびっくりなくらいエロエロなことでいっぱいなんだ!」
「エロエロなことでいっぱいなのはお前の頭の中じゃねーかよ!?何勝手に妄想してるんだよ!」
「妹子の中は〜エロで〜い〜ぃぱ〜い」
「へんな歌うたうなーっっ!!」
ほら。
これで大丈夫。
そのツッコミ具合、いつもの妹子だ。
無理なんかしなくていい。
私たちは私たちのペースでお互い歩み寄っていこう。
嬉しくなって駆け出した私を、お前が追いかける。
追いかけて、追いかけられて、そのくらいがちょうどいい。
「待ってください!太子!!」
「へへ〜ん。エロ男爵芋なんかに捕まってたまるかー」
「だからエロくないって言ってんだろーがこのアンポンタンっ!」
いい加減にしないと本当に襲いますよ!!
ひぃっ!!本性見せやがった!
あんたが怒らせただけでしょう!
摂政のボディーラインを想像して欲情し・・・・・
するかあほんだらっっ!!おんどりゃあぁっ!!
おくとぱすっ!!
なんてやり取りの後。
私は力ずくで足を止めさせられた。
「ダイビングクロスチョップした上、卍固めしなくったって・・・・・・お前摂政を何だと・・・・・」
「いや、アレくらいしないと止まってくれないかと思って」
「心臓が止まるかと思ったよ!!」
「太子なら止まっても大丈夫ですよ。多分」
「お前・・・・思ったよりも嫌な奴だな・・・・こうなったらスーパー摂政の権力でもって妹子を・・・・・・あっ」
「?どうしました?」
「ん・・・・短冊、書きそびれちゃった・・・・」
ジャージのポケットに忍ばせた手には数枚の色鮮やかな紙。
本当ならば星見をしながら二人で願い事を書く、という予定だったのだが。
残念ながら今は空の二人に、ひいては彼らとともにいる魂たちを差し置いて身勝手な願いをしたいという気持ちにはなれない。
「太子、それ貸してください」
「何するの?」
「こうするんです」
妹子が差し出した手にそれを乗せると、器用にくるくる回転させ紙飛行機を折りあげた。
大きく振りかぶって色鮮やかなそれを空に解き放つ。
「貴方たちもどうか幸せに!!」
何も書かれていない短冊は紙飛行機となって星空の彼方を目指して飛んでいく。
それが誰に当てたものなのかは私にはわからない。
彦星と織姫へなのか。
それとも天の川にたゆたう哀れな魂たちへなのか。
わからない、けれど。
私たちには必要のないものだから
どうか、これを必要とする人の下に届きますように。
願いともいえない願いを乗せて、紙飛行機は静かに闇夜にとけた。
■■■ ■■■
ふいに、星々の声が止んだ。
すすり泣くような悲しい声がぴたりと止んだ。
代わりに、流れ星が一つ、きらりと光って美しい尾を引く。
『ありがとう』
そんな声を、聴いた気がした。
そんなこんなで『この想いよ、誰かに届け』の太子sideですた。
太子は妹子よりも2手くらい先まで思考してる気がするってイメージ。
本当は書かないつもりだったんですが、妹太七夕企画に提出した折、
主催様から頂いた感想で「太子をこの世に繋ぎとめることの出来る唯一の存在が妹子」と言っていただいて、
あ〜確かに・・・・・と思ってしまったので、その補完で書いてみました。
主催様のこの言葉がなければこいつが日の目をみることはなかったし
さかき自身、そういった考えに至らなかっただろうなぁって思ってます。
なので
きっと気付かれることはないかと思いますが
こっそりひっそりと(一方的に)この作品を妹太七夕企画主催のノコ様と蜜様に捧げたいと思います。
良かったら貰ってやってくださいませ。
2009/07/23
※こちらの背景は
ふるるか/ひゆ 様
よりお借りしています。