Alcoholic〜花めくすず音〜






縁側に静かな足音が響く。
鴬張りとか見栄をはってみるけど、実際はただ単に老朽化が進んでいてきしんでいるだけだったりする。
作り直そうかとも考えたけど、なんとなくそのまま放置になっているのは、ひとえにココで築いてきた思い出が沢山あるからに他ならないと気付いたのはつい最近になってからだった。

「どったの〜おにおく〜ん?」

振り返りもせずに足音のするほうに手を振った。
こんなところまで不躾に踏み込んでくるのは彼しかいないから、確かめる必要なんてないのだ。

「どうしたもこうしたもないですよ。仕事もしないで何してんですか」
「ちゃんとしたよ〜」

昨日の分は、だけど。
第一今はもう就業時間。
今更戻ったって閻魔庁には死者はいない。

「そんなことより鬼男君も一杯どう?」

顔の高さで掲げた深い緑色した瓶の中で液体がちゃぽんと音を立てて揺れた。

「・・・・おまっ!!人が働いてるってのに酒飲んでやがったのか!?」
「ちょっといいお酒もらってさ〜」
「・・・・・・・・・・お前まさかそれで便宜図ったりしてねーだろうな・・・・・?」
「・・・・・・・・・まぁまぁまぁまぁいいお酒の席に無粋な話はナッシング☆」
「ふっざけんなよこのクソセーラー大王イカ野郎がっ!!」

間髪いれずに伸びた彼の爪が俺の頭にぶっさっさるのと、もう一方の彼の手が俺の手から酒瓶をふんだくったのは同時だった。
彼は銘柄も確認せずにビン飲みで一気に煽る。

「ああっっ!?ちょ!鬼男君なんて飲み方してんの!?」

慌てて取り返したものの、元々量は多くないこのお酒。
あんなふうに一気に煽られては残りはほんのわずかになってしまった。

「俺だってまだ二口くらいしか飲んでないのに〜〜!!」
「そりゃ悪かったですね」
「・・・・・・君全然悪いと思ってないだろ・・・・・?」
「あ、わかります?」
「わからいでかっ!!この辛辣秘書め」
「はいはい。・・・・・よっと」

まったく反省の素振りも見せない彼はずうずうしくもなんの断りもなく俺の横に腰を下ろす。
もっとも、俺の隣は鬼男君の指定席だから断りなんていらないんだけど。

「あ〜あ、これなかなか手に入らない日本酒なのに・・・・」
「え?それ日本酒だったんですか?」
「そーだよ?なんだと思った?」
「シャンパンとかスパークリングワインとかかと」
「あぁ!だってこれ、それが売りのお酒だもん」

言葉で説明するよりも五感で味わった方が早い。
俺の使っていたガラス製のぐい飲みを手渡す。
まだ飲んじゃダメだよ?
そう付け加えて、俺自ら注いでやる。

「・・・・・あ・・・・・」
「奇麗でしょ?」
「えぇ、珍しいですね。こんな風に桜色がかっているなんて」
「それだけじゃないよ。ちょっとグラスを耳に当ててみ?」
「?こう、ですか?」
「そ。静かにしててね。・・・・・聞こえるでしょ」

―――ちりり、ちりり―――

「・・・・なんか、微かに鈴なりの音が・・・・・」
「それがこのお酒の由来だからね」
「?」
「『すず音』、瓶内再発酵で炭酸ガスを封じ込めたちょっと珍しいお酒だよ。
 その中でも、この『花めくすず音』は黒豆と紫黒米の色素を使ってほのかなピンク色にしてあるの。
 年に3回しか出荷されないレアものなんだよ」

だから今度はちゃんと味わって飲んでね?
そういうと彼は素直に首を立てに振った。
先ほどの豪快な飲みっぷりとは正反対に舌先でチロリと舐め、ほんの少しだけ口に含んでからゆっくりと嚥下する。

「・・・・・シャンパンみたいな舌触りなのに香りはしっかり日本酒なんですね。
 アルコールとしては物足りない気もしますけど」
「度数は低いからねー。俺たちからしたらジュース代わりみたいなもん?」
「そんな感じです」
「でも、花を愛でながら飲むにはちょうどいいでしょ?」

縁側の先を指差して。
その先にあるのはしっとりと濡れながらにあでやかさを失わない紫陽花が。
美しさを味わうには、このくらいで十分だ。
正体を失わず、かといって酒の風味を損なわない繊細な味。
花も、酒も同時に味わう。
なんて贅沢なことだろう。

「何も花見は桜に限ったものじゃないからね」

紫陽花が楽しめるのももう少し。
この梅雨が明ければ、夏はもうすぐそこだ。
最も、ココでの夏は人間界のそれを模しただけの偽りのものなのだけれど。
まぁ夏には変わりないだろう。

「それはのんべぇのセリフですよ」
「とかいって、ちゃっかり君も味わっているくせに」
「酒と花に罪はありませんから」
「そりゃそうだ」

そしたら

「もう一本空けちゃう?」

取っておこうと思っていた分を持ち上げる。
やっぱり、美味しいものは美味しいうちに、美味しく飲むに限るからね。

彼は静かにグラスを空け、掲げた瓶に軽く合わせる。
――チン――
その名前に恥じない澄んだ音で答えた。

「お供します」









そんなわけで飲酒シリーズ第一弾です。

さかきが飲酒している限り続きます(笑)

このお酒が気になった方は是非とも『一ノ蔵』をググッて見てください。

すず音シリーズは本当に飲みやすいので日本酒がダメな人にお勧めです。

一口飲んで魅了されました。このお酒美味すぎる。

ちなみに花めく〜は4月8月12月の年三回販売です。

お店によっては順次店頭に並べるため割とオールシーズン買えたりもします。

2009/06/28






※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。




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