「おにおく〜ん!次あれ食べた〜い。いか焼き〜」
「いい加減にしろよっ!このイカ野郎!共食いするつもりか!?」
「共食いって・・・・!!鬼男君俺を一体なんだと・・・・」
「変態以外の何だって言うんだよ!」
「・・・・・・もはや変態の一言で片付けられた・・・・・」
これ以上ないほどの落胆ぷりを見せ、閻魔はその場で三角座りをして『の』の字まで書き始めた。
夜店の立ち並ぶ往来のど真ん中で。
(なんて邪魔な奴なんだ・・・・)
これがいつもの閻魔庁であったなら迷わずに爪をブッ刺しているところだ。
しかし今はそれが出来ない。
まったく不便でならない。
仕方なしに力ずくで閻魔を道の脇まで引っ張っていき、いか焼きを買ってやることで何とか話をつけた。
すると途端に機嫌を直し小躍りすら始めんばかりの勢いで鬼男の腕を引いて再び雑踏の中へと舞い戻る。
意気揚々と露店で閻魔が注文し、支払いをするのは当然のように鬼男の役目だった。
後で経費から落としてやる、と胸中でごちる。
支払いも終わらないうちに、先に手渡されたいか焼きを両手に(2本も食うのかよ!しかも人の金で!!)至極ご満悦な閻魔は、ゆっくり腰を降ろせる場所を求めてまたふらふらと勝手に歩みを進めていた。
「ちょっと!大王!!こんな人ごみなんですから勝手に動き回らないでくださいよ。はぐれたら探すの大変なんですから」
姿を見失わないうちに慌てて袖を引いて引き止める。
「“こっち”は上とは勝手が違うんですからすぐに見つけられませんよ」
「あ、そうだったね。ごめんね鬼男君」
「わかってるならちょろちょろしないでください」
「そんなこというと鬼男君にはあげないんだから」
ぷーい、と効果音がつきそうなほど顔をむくれさせてそっぽを向く。
どうやら元々僕の分も買うつもりで(支払いは僕なのだが)2本注文したらしい。
その心使いに免じてココは僕のおごりということにしておいてやろうと思った。
「はいはい、すみませんでしたね。それじゃこれはありがたく頂戴して、さっさと行きますよ」
閻魔の手から掠め取ると、空いた方の手首を掴んで歩き出す。
「・・・・・こういうときは嬉し恥ずかし、勢いに任せて手を握っちゃうところなんじゃないの?」
「そういうこというあんたが一番恥ずかしいよ・・・・」
「折角のお祭りなんだからなんかドッキリハプニングあってもいいっしょ」
「勝手に言ってろ」
などといいながら歩き回るがなかなか腰を据えられそうなところが見つからない。
混雑を避けようとすればどうしても縁日の中心地からは外れてしまう。
(そうだ、あそこならどうだろう)
思い立って方向転換する。
それだけでどこに向かうか閻魔も察したらしく、特に尋ねてくることもなく黙って従う。
予想通り、そこにはほとんど人影がなく先ほどまでの喧騒が嘘のようだった。
強固な支柱によって支えられた大笹飾りが遠くの光を受けてきらきら光っている。
ココはこの祭りのメイン会場。正確には“だった”場所だ。
ほんの数時間前までは此処も人でごった返していたはずだが、この時間は短冊の配布も終わっているため静かなものだった。
「わ〜ぉ!特等席じゃん!!」
笹飾りの根本に陣取り、戦利品を広げながら頭上を仰ぎ見る。
色とりどりの短冊が風に揺れ、さわさわと音を立てた。
「そういえば・・・・大王は短冊書かなくてよかったんですか?」
「へ?はんへ?」
「喋るか食うかどっちかにしてください・・・・」
「ん・・・・(もぐもぐ、ごきゅごきゅ)、何で?」
「なんでって・・・七夕祭りのためにわざわざこんな格好して下界に下りてきたんじゃないですか」
鬼男は己の身体を包む布地をちょいっと持ち上げた。
今彼が身にまとっているのは、普段着慣れた仕事着ではなく、閻魔がどこからか持ってきた男物の浴衣。
象徴とも言える頭の角も今はない。
下界に下りるにあたり、閻魔の力で人間に化けているのだ。
それもこれも「下界で祭りがあるんだってー!行きたい行きたい仕事したくなーいっ!」と駄々をこねたから。
「・・・・・俺は仕事エスケー・・・・・もとい、『祭り』に来たかっただけだよ。七夕とか興味な〜し」
「そう・・・・・なんですか・・・・?」
てっきり「セーラー服が欲しい」とか「素敵な恋がしたい」とか書きたいが為に来たのかとばかり思っていた。
「俺が『セーラー服が欲しい』とか『素敵な恋がしたい』とか書くと思った?」
「・・・・まぁ、あんたのことだから・・・・・」
「しないよ。そんなこと
だって、願う相手が神様じゃ、
俺はお願いなんて出来ないっしょ?」
当たり前だというように、にこりと微笑んだ。
これがクリスマスなら話は別だったんだけどね〜、とあっけらかんと言う。
「何で七夕はダメでクリスマスはいいんですか?」
「願う相手が神様とサンタじゃ大違いでしょ?」
「いや、だからなんで神様だとだめなんですか?」
「そりゃー俺が閻魔大王様だからだよ」
「・・・・?」
いまいち閻魔の言葉を理解できずに小首をかしげる。
それを見て取ったのか、閻魔はやれやれと首をすくめた。
「鬼男君は同僚の鬼達にこーゆー願い事をしないでしょ?」
「・・・・・あ!」
「俺だって分類としちゃー神様みたいなもんだからね。頼み事ならまだしも願い事は筋違い」
そういうことか。
やっと理解できた。
自分が同僚、というか同格の者に願い事などしないように
閻魔も自身と同格の存在である神には願い事など出来ないのか。
こういった願いというものはいつの世界いつの時代においても、自分より上位のものに対して一方的になされるものなのだ。
「そんなわけで俺は短冊はパス」
「はぁ」
「折角だし鬼男君は何か書いていけば?」
「短冊なんてもってないですし、叶うかどうかもわからないのに別にいいですよ」
「いや〜神様の力をばかにしないほうがいいよ〜」
そういって指し示したのは吊るされた一枚、いや二枚がくっついて一枚のように見える短冊だった。
一枚は見ただけで上質とわかる和紙で、一枚は長い間雨風に曝されぼろぼろに劣化したような紙切れ。
互いの名前と、逢いたいと書き記された二枚は裏表でくっついて、剥がれそうな様子はなかった。
「・・・・・・この二人、絶対逢えたよ」
「そう・・・ですね」
それが神の力なのか、二人の努力の賜物なのかは僕が知る由ではないけれど。
同じ場所で吊るされてはいないだろう二枚を引き合わせたのは神のなせる業といえるかもしれない。
なら、
神は一体誰に祈ればいいのだろうか?
僕等に手を差し伸べてくれる神に、一体誰が手を差し伸べてくれる?
一体誰がこの人を救ってくれる?
そんな人の心中など察する様子もなく、閻魔はおいしそうにいか焼きをかじっている。
「だから、折角なんだから鬼男君も願っとき!」
「とはいっても肝心の短冊がなけりゃ・・・・・」
「じゃじゃーん!そんなときのための閻魔七つ道具その8、短冊セット〜」
「願い事する気満々じゃねーかよ!!第一、七つ道具のくせに八つ目でてんじゃねーかよ!?いい加減にしろよこの軟体10本足やろーがっ!!」
「俺の七つ道具は百八式まであるぜ・・・・!」
「ふざけんなよ!!どこのテニス漫画の影響受けてるんだよ!?今すぐ謝れ!!」
「だってー俺だって願い事いっぱいあるんだもーん。俺だけダメとか不公平だよ」
「自分で言っといて駄々こねるんじゃありません!!」
「なんでお母さん口調!?」
こんな冗談を言ってはいるが、きっとこの人は何かにすがりたいほどの願いがあったのだろう。
だから書きもしない短冊を用意した。
書けもしない短冊を恨めしく眺めた。
なのに救いの手はそこにはない。
彼が神だというだけで。
なんて理不尽な。
なんて無情な。
いいだろう。
誰もあんたを救わないのなら
僕があんたを救ってやる。
閻魔の手から短冊セットを奪い取ると乱雑に中身を取り出し、ペンで乱暴に書きなぐる。
書き上げたソレは竹笹ぶら下げるでなく、閻魔の胸に押し付けた。
「あんたの分は僕が願っておいてあげますから。・・・・・・これでいいでしょう」
あんたの代わりに
あんたの分まで
君が願う
君は知らない。
その声で
その言葉で
君の存在で
もう十分に救われているんだっていうことを
『―――神に救いを―――』
2009七夕企画第三弾は天国組でした。
浴衣着せたかっただけとかそんなはずはないよきっと(がたぶる)
一番楽しみそうな人が楽しめないって悲しい話だよね。
そんなコンセプトのお話でした。
今回は特に書きたい内容がぐっちゃぐちゃでわかりにくい・・・・。
2009/07/04
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。