「今頃あいつは海の上かぁ」

いつも通りに仕事を放棄して法隆ぢに逃げ込んだ。
でもココにはソロモンもいない。
ソロモンと交換しちゃった毒妹子もいない。
もちろん、妹子もいない。
みんなみんな海の向こうの隋の国だ。

「やっぱり私も行けばよかったなぁ・・・・」

はぁ、とため息が一つ漏れ出る。
お前がいなきゃ法隆ぢがさびしいじゃないか。
私一人じゃ、遊んでも楽しくないんだよ。

とはいっても、今回の件はいくら摂政といえども太子一人の意見でどうこうなるレベルの案件ではなかった。
大国隋からの交換派遣。
双方の国の勉学も兼ねた互いの腹の探りあいだ。
太子はこの国のトップとして彼らを歓迎しなければならない立場にある。
第一己の庭によそ者が入り込んだ状態で主が留守にできる道理もない。

一方妹子は筏で隋まで渡った強運と、これまでに築いた功績を買われて再び隋へと派遣されることになった。
全ては蘇我馬子の采配であるが、そこに口を挟みこむ隙はなかった、というわけだ。

「今回は完全に馬子さんにしてやられた。・・・・・いや、前回もか・・・・」

これではどっちが偉いのか分からない。
朝廷内の信頼度でいったらダントツで馬子さんなのは間違いない(私が摂政なのに!!)。
はぁ
太子はもう一度ため息をついてから朝廷に向かってとぼとぼ歩き出した。
仕事など微塵もやる気がないが、鬼のいない鬼ごっこなんてつまらない、ただそれだけの理由だ。

(私はお前がいなきゃ遊ぶことも出来ないんだ!早く帰って来い!)


■■■   ■■■

(今頃あの人は仕事サボってブランコでもこいでいるのだろうか・・・・?)

甲板から海を眺めれば風が髪をはためかせる。
西の空が少し陰ってきた。
あと幾許もしないうちに雨に降られるかもしれないな。
早めに備えておかないと・・・・・・

乗組員に天候の変化を告げるとすぐさま帆は引き上げられ、碇を降ろして船室に腰をすえる。
何の滞りもなく指示通りに仕事を完遂する彼ら。
流石に一度目の失態を取り戻そうとするだけの意気込みが感じられる。
しかして妹子は彼らの仕事ぶりに少なからず物足りなさを感じていた。

(これが普通なのに・・・・・・あのバカに感化されすぎたかな・・・・)

あの人といるときはハプニングがあるのが普通だったのに。
ひとたび彼の元を離れれば、普通であることが異常であるように感じられる。

(あんたが側にいなくちゃこんなにも日々が退屈だなんて・・・・。倭国に帰れるのはいつになるんでしょうね・・・・)


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朝廷に帰ると、中庭で調子丸がなにやら作業をしていた。

「お?お〜〜ぅい調子丸なにやってるんだ〜?」
「あ、たいソン」
「どこぞのボクサーじゃあるまいし・・・・・それとももしかして私ってマッスル?マッスる男?」
「すみません語彙選出の調子がおかしくて」
「お前ってへんなとこばっかり調子悪くなるな・・・・・んで?何してるんだ?」
「あぁ派遣学生の方に教えて貰った『七夕』というものをやってもようってことになって・・・・・」

それから太子は調子丸から講釈を受けた。
天帝によって引き裂かれた織姫と彦星の七夕伝説。
空に掛かる星の川。
願いを叶えてくれる短冊の話。

「それでその笹飾りを仰せ遣ったんです・・・・・が・・・・・も、直腸の調子が・・・・・」
「・・・・早く厠行ってこいよ・・・・」
「じゃぁ太子残りの飾りつけお願いしますね」
「えぇ〜〜!?私摂政なのに?」
「うぅっ!!!!!!!!」

反論するまもなく調子丸は厠とは正反対の方に走っていった。
どうやら方向感覚の調子も悪いようだ。

「しっかし、こんな紙切れが願いを叶える・・・・ねぇ」

まだ飾り付けの途中(というかほとんど終わっていない)なので笹竹の根本には先ほど話に出てきた短冊と思われる色鮮やかな色紙が置かれていた。
既に話を聞いて願い事とやらを書いたものがいるようだ。
そのうちの一枚を手にとって内容を盗み見る。
どうせ公の場にさらされる前提のものなのだから今みたところで誰も咎めまい。

「・・・・・・・なんだこれ?『幸せにします』って願い事じゃないだろ。しかも名前が二つあるし」

これではまるで結婚宣言ではないか。

「新年の誓いかなんかと間違えたうっかりさんかな?・・・・・・でも」

こんな風に公の場に堂々と掲げられるくらいお互いを大切に想っている事だけは伝わってくる。

「・・・・・きっとなれるよ・・・・・幸せに・・・・・」

私もこの二人のように幸せになりたいものだ。
けれどそれには互いの身分が邪魔になる。
だから私は多くは望まない。
ただ

ただ
もし本当に願いが叶うなら
一つだけ、叶えてほしい願いがある。


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「たなばた・・・・・ですか・・・?」

船内に腰を据えてしまえば数人の見張りを除いて、できる作業もなくたわいも無い談話が始まった。
すると船員の一人が見送りに着た隋からの派遣学生から聞いたという伝説を話し出す。
彼も一度聞いただけで話はうろ覚えのようだが、要は仲を引き裂かれた恋人同士が年に一度逢瀬するというものらしかった。
そしてどんな経緯でそうなったのかは分からないけれども、その逢瀬の7月7日に願いを書いた紙を竹笹に吊るすと願いが叶うのだという。
そんな虫のいい話が有るわけがない、と誰かが言った。
しかしそれがもし本当なら、隋には太っ腹な神様がいたもんだな、と別の誰かが言った。
それなら我々もこれから赴く隋の風習にあやかろうではないか、とまた別の誰かが言う。
叶わずとも当たり前、叶ったら儲けもんだしな、と他の誰かが言う。
肝心の笹はどうするんだ?と声が上がる。
それなら心配ない、と話を切り出した男が答えた。
吊るした竹笹はその後海に流すのだそうだ、ならば初めから海に流してもさして変わりは無いだろう、と続けた。
なるほど至極最もだ、と感嘆の声が上がる。
では各々願いを海に流そうではないか。
して、妹子殿は一体何を願うのですかな?




(今更願うことなんて・・・・・きっと遅すぎる・・・・・)

妹子の読み通り、一刻も経たないうちに雨が降り出した。
湖岸なればさして影響の無いような雨であっても、海原の真ん中では嵐のような雨風に変わる。
こんな雨風が吹きすさぶ中、妹子は一人甲板に立つ。
一枚の紙切れを握り締めて。

(それでも、誰の目にも留まらないなら許されるだろうか・・・・・)

ゆっくりと握った手を緩めていく。
ぱさぱさと音を立ててたなびく。
そして

―――ブオォオォッッ

突然の巻き上げるような風が、妹子の切なる願いをしたためた紙をさらっていった。
一瞬で視界から消えてしまった虚空をいつまでも見つめて。
妹子は小さな、小さな声で呟いた。


■■■   ■■■


((君が、同じことを考えてくれていたらいいのに))





君も願え




そうすればきっと
この願いは叶うはずだから

『―――妹子に逢えますように―――』
『―――太子に逢えますように―――』









2009七夕企画第二弾は妹太(太妹?)でした。

若干ではない悲恋テイスト。

何でこの二人には悲恋が似合うんだろう。

第一弾のネタがチョロっと出てきてますが別にこれが現代パロとかそういうわけじゃなくって、

願いを書いた短冊だけが時間時空を飛び越えているだけです。

なのでそれぞれの話に直接リンクはしていないんだよ。

なんてご都合主義なんでしょう(笑)

2009/07/02






※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。




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