<ヴェノム>撃破に成功した後、宗介は上官の制止に耳を傾ける様子も無く、一目散にかなめの元に走った。
彼女をこれ以上待たせてなるものか。
誰かに命令されたわけでもないのに、それは一種の義務感のように走った。
きっと今頃彼女は待ちくたびれて盛大に貧乏揺すりでもしているに違いない。
『遅い!何やってんのよあのバカは!?』などと言いながら、それでも自分を待っていることに疑いなど無かった。
だから走った。
1分でも、1秒でも早く、彼女の元に戻れるように。
彼女と過ごす、あの東京の生活に戻れるように。
そのうちミスリルからの呼び出しも掛かるだろう。
任務放棄したのち、このように再び勝手な行動をしているのだ。
<アーバレスト>の存在がある以上、いきなり除隊処分ということはないと高をくくっている部分はある。
が、かなりの減俸は覚悟しなければならないだろう。
でも今はそんなことどうだっていい。
走る。
走る。
彼女の元へ。
彼女の場所へ。
かえるところ
AS暴動の為に混乱した空港では、予想通りまともな運行がされておらずかなりの時間待たされた。
それでも一応事態の収拾は始まっていたので何とかその日のうちに東京に帰りつくことは出来たので良しとする。
空港で仲間から何らかの帰還命令を受けるのでは?と身構えていたが、そのような事態もなかった。
多分状況を察した大佐・テッサがこの行動を見逃してくれただろう。
彼女には頭が上がらないことばかりだ。
今度基地に帰還したときにはきちんと礼を述べねばならない、と宗介は心の中で呟いた。
空港から電車を乗り継いで最寄の駅で下車すると、辺りはすっかり日が暮れていた。
日の落ちた道を二人並んで歩く。
ほとんど口も開かずに、ただただ家を目指した。
話したいこと、聞きたいことは山ほどあったが改まってみるとどう切り出したらいいのかがわからない。
考えあぐねているうちに、気がつけば住処のマンションまでほんの1・2分の距離になっていた。
とりあえず今は休むことが先決なのかもしれない。
身体が、精神が、疲労しきっている。
このような状態ではまともに思考などできはしない。
それは彼女も同じだろう。
いや、彼女の方が疲労の度合いでいえば何十倍も酷いはずだ。
彼女にとって今回のような出来事は非日常的な事象なのだから。
「では千鳥、ここで・・・・・」
都道を挟んで建っている二つのマンションの近くに差し掛かり、宗介が声を上げた。
「いろいろと言いたい事もあるだろうがまずは身体を休めて欲しい。詳しい事情はまた後日話す」
「・・・・・・あんたは何すっとぼけたこと言ってんのよ」
「わかっている。今回の件はきちんと説明の義務があると承知している。だが建設的に話すためにもまずは休息を・・・・・」
「そうじゃなくて!」
黙らせるべく炸裂したチョップが綺麗に宗介の頭に命中した。
香港で出会い頭に食らったものに比べればなんとも可愛らしい威力のチョップだ。
「あんた、どこに帰るつもりなのよ?」
「もちろん以前のセーフハウスだが?」
「ばか。あそこ引き払っちゃたじゃない。鍵も持ってないでしょう?それなのにどうやって入るつもりよ?」
「いや、それは・・・・・・」
確認はしていなかったが、きっとテッサが既に根回しをしてくれている気がした。
確かに鍵は持ってはいなかったがあの程度の鍵をピッキングすることはたやすい。
契約さえ通っているならばピッキングの犯罪性を問われることも無いだろう。
電気ガス水道は通っていないかもしれないが彼にとっては別段重要なことではない。
生活用品の類などが一切無かろうが、雨風を凌げるだけ十分だ。
「大丈夫だ。問題ない」
「問題大有りよ。あんたのことだからピッキングして入って、雨風が凌げれば十分とか思ってるんでしょうけど・・・・」
「・・・・・・君はエスパーか」
「なによ?本当にそんなこと考えてたわけ!?」
「うむ。肯定だ」
「肯定だ、じゃ無いわよ。そんなんじゃ休まるものも休まらないわよ!」
「むう・・・・・しかし他にどうすれば・・・・・・」
真剣に首を傾げる。
「・・・・・・うちに来なさいよ・・・・・・一晩くらいなら・・・その・・・・・泊めてあげるから・・・・・」
「・・・千鳥・・・」
「っ!べ、別に!来たくないならその辺で野宿でも、ピッキングでも何でもすれば!?」
「・・・・・・・いや・・・・・・・」
本来ならば、断るべきところなのだろう。
ただでさえ自分は彼女に迷惑ばかり掛けているのだ。
でも、今は。
今だけは。
できるだけそばにいたかった。
それを許してもらえるならば、断る理由はない。
「すまないが世話になる」
□■□
部屋に入るなり風呂に投げ込まれた。
文字通り、投げ込まれた。
彼女曰く、『その汚れ切ったつなぎで部屋をうろちょろしないで!』とのことらしいので甘んじてシャワーを借りることにした。
もとよりの習性で手早くシャワーを切り上げると、浴室の外には下着と部屋着らしいTシャツ・ジャージが置いてあった。
それらは男性ものだ。
なぜ彼女がこのようなものを?
疑問に思っていると洗面所の外から声がした。
「ソースケ?そこに置いてあるの使っていいから」
「それはありがたいのだが・・・・・・」
何せ身一つで香港から帰ってきてしまったので今の宗介には着替え一つ無かったのだ。
しかしなぜ一人暮らしの彼女の家に男性ものが置いてあるのか・・・・・
語尾の淀みから何を考えているのかを悟ったのか、彼女は付け加えた。
「それ父さんのなの。ほとんど使ってないし、ちゃんと洗濯してあるから大丈夫よ?」
「あぁ」
それならば納得がいく。
共に生活をしているわけではないにせよ、一着くらい家族の衣服があってもなんらおかしくは無い。
例え父親のものというのが何らかの事情による嘘だったとしても、一人暮らしの女性の防犯対策と考えれば一揃え位あってしかるべきだ。
「では貸してもらうことにしよう」
扉の向こうから「よろしいよろしい」という彼女の声が聞こえた。
着替えてからリビングに向かうと彼女が俺の格好を一瞥する。
「一応サイズは大丈夫みたいね」
「防弾性には不安はあるがおおむね問題ない」
「・・・・・一般家庭においてある衣服に防弾性を求められてもね・・・・・・」
普段であればハリセンの一発や二発が飛んでくるところだが、彼女の疲労もピークに達しているのだろう。
力なくうなだれるだけで終わった。
気だるそうにソファーから身を起こすと、入れ替わりに浴室に姿を消した。
さて、そうなるととたんに居住まいが悪くなる。
いろいろと気になる部分はあるのだが(主に外からの狙撃や盗聴の危険性、緊急時の非難退路の確保、敵侵入時のトラップ細工などだ)、これまでの経験上どう転んでもそのようなことをした暁には問答無用でベランダから逆さ吊りの刑に処されることは目に見えていたので、湧き上がる衝動を強靭な理性でもってやり込めた。
とにかく動かず、岩のごとく、山のごとく。
ほとんど武器もない状態で、それでいて事前のトラップなしに、最悪の事態が起こった場合の対策を練る。
どうすればこの脆弱な安全面を打開する出来るかを考える。
・・・・・・・・なんとも絶望的な状況か。
支援すら求めることの難しいこの状況で果たして生き残ることができるだろうか。
はじき出した演算はどう見積もっても分が悪い。
「これは・・・・・・・危険だ・・・・・・」
「何がよ。・・・・・っ、まさか・・・・・・変なこと考えてるんじゃないでしょうね!?」
いつの間にか彼女も入浴を終えていたらしい。
自分の身体を抱きかかえるようにして一歩後ろに後ずさった。
「変なことなどではない。今後に関わる重大かつ緊急を要する問題だ」
「こっ、今後ってあんたまさか・・・・・・っ!」
どうやら彼女もこれまでの経験を経て、今この場における危険性を察知してくれたらしい。
「準備が足りなさ過ぎる・・・・これでは・・・・・」
「準備・・・って・・・・・あの・・・・その・・・・・・・ア、アレの・・・こと・・・・?」
(っていうか、あんたいきなりそんなことまでしようとしているわけ?私たちまだキ、キスだってしていないのに・・・・・!?)
思い当たるのは以前に彼女に渡した護身用具だが、あれはあくまでも素人が扱って危険の無い代物だ。
敵が本気で仕掛けてきたならとてもではないが間に合わない。
「あぁ・・・・・俺には君を守る義務があるというのに何たることだ・・・っ!!」
「それは・・・・無いのは・・・・私も困る・・・けど・・・・・」
(でもソースケとなら・・・・それでもいいかな、なんて・・・・・いやいや、何考えてんのよあたし!)
今こうしている間にも敵は狙撃の瞬間を狙っているかもしれない。
これ以上ここに留まるのは危険すぎる。
「しかし今更嘆いても仕方が無い。時間は待ってはくれないのだ。・・・・かくなる上は、千鳥っ!」
「ひゃぁっ!や、そんな、いきなりだなんて・・・っ!」
(私にだって心の準備って物が・・・・っ!!)
掴んだ彼女の肩がわずかに震えていた。
無理も無い。
俺が日本を離れていた間、彼女は一人で敵と対峙していたと言っていた。
その時の恐怖が蘇っているのだ。
だが大丈夫だ。今は俺がいる。
今度はどんなことがあろうと必ず守ってみせる。
「以前に確保しておいた緊急用のセーフポイントがある。そこまで移動しよう。あそこにはまだ多少の武器も残っていたはずだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
部屋を静寂が満たす。
彼女の冷めた声が、急速に室温を降下させた。
「む、どうした千鳥?急がないとここもいつ襲撃されるかわからないんだぞ!?」
「なにうすらとんかちなことをくちばしっているのかしらさがらそうすけぐんそう?」
「・・・・・痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「おかしいわねむこうでさいかいしたときにそれなりにいためつけてやったつもりだったけれどたりなかったのかしら?」
「痛いぞ千鳥。肘関節はそんな方向に曲がらないからやめろ」
抑揚の無い声で肘関節を決めに掛かる彼女にはえもいわれぬ恐ろしさがあった。
「・・・・・・あんたに期待なんかした私がバカだったわよっ!?」
「期待?なんの話だ?」
彼女は盛大に溜め息を吐いた。
意味のわからない言葉に首をひねる。
「うっさいっ!いいからさっさと寝るわよ!?あんたのせいで余計に疲れたじゃない」
「いかん千鳥。ここは危険だ」
「ふざけんじゃないわよ。そうやすやすと狙撃なんてされてたら日本なんつー国は成り立ってないわよ」
危険性を再三訴える俺の言葉を右から左に受け流すどころか、耳にすらいれず、疲れた足取りで寝室に向かいそのままベッドにダイブした。
「危険すぎるぞ千鳥!そんなことでは敵に撃ってくれと言っている様なものだ」
「うっさいわね〜。大丈夫だって言ってんでしょ?」
「大丈夫なものか!?・・・・・わかった、移動はあきらめよう。だがせめて奇襲に備えて寝る場所はベッドの下にっ!」
「お断りよ」
「だがっ!」
ベッドに身体を沈めた彼女に詰め寄る。
もそりと頭だけ動かしてこちらを向いてくれた。
「・・・・・・そんなに不安なら・・・・」
引き起こそうと伸ばした手を逆に掴まれ、引き倒される。
「あんたも・・・・ここで寝たらいいじゃない・・・・・」
「ちちちちちちどりっ!?」
「こっちはあんたがいなくなってから・・・まともに睡眠取れなくて・・・・・今・・すっごい眠いのよ・・・・・・」
「いやっ!そ、そ、それはわかったが、だだだが、これ、れ、これはっ・・・・!」
布団の感触がそうさせるのか彼女は急速に睡魔に侵されていった。
「あんただって・・・・・ろくに・・・・・寝てなかったんでしょ・・・・・・?」
「いや・・・・・う・・・む、・・・・肯定・・・だ、が」
「だったら寝なさい」
「しか・・・し、だな、・・・・千鳥」
確かに俺自身まともに休息などとってはいなかったことは事実だ。
現実問題として意識・思考能力は確実に低下している自覚もある。
だが、これは。
この状況は。
いろいろな意味で危険すぎるのではないか・・・・・・・?
それでも彼女は手を離そうとはしなかった。
それどころかずりずりと俺をベッドに引きずるように、手から腕へ、そして肩へと手を這わせる。
無下に振り払うことも出来ず、最終的に俺の身体はぱたりとベッドに倒れこんだ。
「・・・・・・大丈夫だから・・・・・」
「千鳥・・・・?」
伸ばした腕が肩から頭部に回され、ゆるゆると彼女の胸元に引かれて行く。
やさしく掻き抱くように抱き寄せられ、額がこつんとぶつかった。
その奥から聞こえる、確かな鼓動。
―――トクン、トクン
「私は・・・・生きてる・・・・・」
「・・・・あぁ・・・・」
そう、これは君が生きている音。
生の証。
いつかもこうして抱かれたことがあった気がする。
そこでは何の恐怖も感じなかった。
いつそのような経験をしたのかは定かではない。
物心ついたときには既に生死の境で生きていたのだ。
こんな安らかな気持ちになったことなんて一度だって無かった。
でも俺は確かに知っている。
このぬくもりを。
この優しさを。
「そして・・・・・・あんたも生きてる・・・・・」
「あぁ」
そうだ。
俺は生きている。
君ほど清らかな音ではないけれど、俺の中でも、確かに脈打つものがある。
この感覚に名前をつけるとしたら、なんだろうか。
残念ながら俺はその回答を知らない。
ただ、とても懐かしい気持ちになった。
傭兵をしていた頃よりももっと前。
アフガンでゲリラをしていた頃よりももっと前。
ロシアで暗殺者としての教育を受けていた頃よりももっと前。
そんな、ずっとずっと昔に感じたことがある気がした。
「私が・・・・・守ってあげるから・・・・・」
「・・・・・・あぁ・・・・・・」
「だから・・・・・・・大丈夫・・・・」
「あぁ」
本当に何も怖いものなど無い。
彼女がいれば。
彼女といれば。
どんなことだってどうにか出来てしまいそうだ。
「・・・・・・おやすみ。ソースケ・・・・・」
返事を返すよりも早く、俺の意識は深いところに落ちていった。
落ち行く意識の中でおぼろげに
『かえってきたんだ』
そう思った。
・・・・・長っ・・・・!
フルメタの宗介とかなめに滾ったので書き散らかしてみた。
アニメ3期のTSR終了後?というか日本帰国後の妄想。
こんなやり取りがあったらいいなぁって。
実は小説のDBDは執筆段階では読んでいません。
この部分が書かれていないことを祈る・・・・・・・
ともかく高校生の恋愛万歳!
ちろりはソースケの嫁。
ソースケはちろりの犬。
2010/07/12
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。