「俺は・・・・・・幸せになどなってはいけない人種だ・・・・・」

思いつめた声で、彼が言う。
哀しそうに、苦しそうに、言葉を紡ぐ。

「・・・・・どうして?」

動揺がなかったといえば嘘になる。
しかし今にも壊れてしまいそうな彼を見ると、不用意なことは言ってはいけない気がした。
私は出来る限り平静を保った声で問い返す。

「殺しすぎた。この手は血にまみれすぎている」

「多くの人間の命を奪ってきた。生きていれば幸せになってであろう未来を奪った」

「10や20では済まない。もっと多くの命を奪った。それ以上に多くの幸せを奪った」

「恐ろしいだろう?醜いだろう?嫌悪してくれて構わない」

彼は淡々と語った。
それは、彼がアフガニスタンにいた頃の話だろうか?
それとも今現在所属している<ミスリル>での話だろうか?
あるいはそのどちらもか。
詳しいことはわからない。
聞きたいとも思わなかったし、聞く理由もなかった。
多分そうなんだろうな、という根拠のない予想はしていたがそれだけだ。
もしかしたら私はきちんと言葉にしてそういうことを聞かされるのをどこかで拒んでいたのかもしれない。
彼を “ちょっと戦争バカな普通の男” と思い込みたくて、暗にその話題を避けていたのかもしれない。

でも、彼は口にした。
己の過去を。
暗く、陰湿な、決して人に誇れるものではない過去を語った。

『嫌悪して構わない』と彼は言う。
ではどうして今にも泣きそうな顔をしている?
拒絶されることが怖くて仕方ないくせに。

誰よりも、幸せを願っているくせに・・・・・・。

「・・・・・・・・あんたって・・・・・ほっっっんと、ばかっ!」
「・・ちど・・・・り・・・?」
「ばかばかばか。大バカ!ウルトラ馬鹿!」
「千鳥、俺は冗談でこんなことを言っているわけではなくて・・・・」
「本当のこと、なんでしょう?」
「う・・・・・・うむ」
「わかってる。でもやっぱりあんたは大馬鹿よ。ソースケ」

きっぱり断言すると、流石の彼も閉口する。

「そんなもの、幸せになっちゃいけない理由になんてならないわ」
「・・・・・だが・・・・・・」
「だがも、へったくれも、くそったれもないわよ。『そんなこと』誰でもやってるわ」

そう、誰もがそうやって生きている。
生きるということは、そういうことなのだから。

「私だってそう。他の命を食いつぶして生きている」
「君が?まさか・・・・・」
「嘘じゃないわ。私たちは生きるために殺している。動物を、植物を、自然を」

そうやって他の命を食らって命を繋いでいる。
そうやって、生命は生きながらえてきた。
そうしなければ生きていけないからそうした。

「それがあんたの場合、人間だっただけの話よ」
「そんな論理は欺瞞だ」
「じゃぁあんたは自分の快楽の為に殺しをしたの?」
「否定だ。ただの一度だって快楽を覚えたことなどない」
「でしょう?だから、あんたは生きるために殺したのよ。私たちがしていることとなんら変わらない」

しかし・・・・と彼はなおも食い下がる。

「命は命よ。それが家畜だろうと植物だろうと、人間だろうと、ね。それともあんたは『人間様は格上の生き物』だとでも思っているわけ」
「いや・・・・・そういうわけではないが・・・・・」

ようやく押し黙りはしたが、そんな論上は屁理屈でしかない、とでも言いたそうにしている。

「・・・・・あんたって・・・・本当は傭兵とかの生き方が一番似合わない人間なのかもね」
「・・・・・そうか・・・・?」
「そうよ」

今生きているこの地球上の人間のどれだけがわかっているだろうか。
己の手は血で汚れていることに。
血みどろの道の上に立っていることに。
虫も殺せぬ清廉潔白の人間と思っているクソ野郎がどれだけいるだろう。
そんな人は一人だって居やしない。
生まれたての赤ん坊だって、沢山の『命の基』を蹴落としてその形を成しているに過ぎない。

他を殺さずには、生命は生きていけない。

「あんたは優しすぎるのよ・・・・ソースケ・・・・・」
「・・・・・千鳥・・・・・・」

私はあんたを軽蔑なんてしない。
嫌悪もしない。
怖いだなんて、思わない。

あんたがしてきたことは、確かに褒められた行為ではないかもしれない。
多くの人が誹謗中傷することかもしれない。
あんた自身も、自分のしてきたことが許せないかもしれない。

「それでも私は、あんたが好きなのよ」

だから、幸せになってはいけないだなんて言わないで。
血にまみれた手に気づいているあんたが、命の重さを知っているあんたが、幸せになれないなんておかしいよ。
命の尊さを知っているあんただから、あんたは優しい。

生きるべきは、幸せになるべきは、そういう命なのよ。
奪った分まで、生きなくてはいけないの。
屠った分まで、幸せを謳歌しなくてはいけないの。

だからお願い。
『幸せになってはいけない』だなんて、そんな哀しいことは言わないで。

「絶対、幸せになるわよ。ううん、ならなきゃいけないの」
「・・・・・・・・だが・・・・」
「返事は?」
「りょっ、了解したっ!!」

あぁ、なんて色気のないプロポーズかしら。
ま、これくらいが私たちらしくていいのかもしれないけど。




生きること殺すこと・幸せのこと







思ったままを書き散らかした。

ソースケは殺しをしてきたことを少なからず後悔している部分はあると思う。

そういう生き方しか知らなかったし、それだけでいいと思ってた。

でもかなめと出逢ってソレが異常な生き方だと気づいてからは、やっぱりどこかで気にしてしまう。

それを上回って包み込んでくれるかなめの懐のでかさ。

やっぱりちろりはソースケの嫁。

2010/07/18






※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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