「おーい!ダレーン?サッカーしようぜー!」

玄関の方から聞こえた声に、アニーはとてとて走った。
兄・ダレンの親友、スティーブの声だ。
家の陰から顔を覗かせる。
スティーブは背伸びをしたり庭をきょろきょろ見回したりしていた。
ダレンの姿を探しているのだろう。

「ダレンはいま、おつかいよ?」

アニーは声を掛ける。
周りの友達はスティーブのことを怖いというけれど、アニーは一度だって怖いと思ったことがなかった。
自分に対してもの怖じなく言葉を向ける幼い声に首を捻りつつ、スティーブが振り返る。
アニーの姿を確認すると「アニーか。通りで」なんて至極納得していた。

「んだよ、あいついねーのかよ。遊ぶ約束したのはダレンのくせに」
「もうすぐかえってくるわよ」

ダレンが出掛けたのは20分位前だ。
子供の足でも10分ほどの所にある雑貨屋さんに行ったはずだから、帰るまでそう長くはかからないだろう。

「じゃぁ俺先に公園行ってるってダレンに伝えとけ」

ただ待っているのも暇だと思ったのだろう。
スティーブは足下でいじっていたサッカーボールを抱え直した。

「!」

さっさと踵を返すスティーブに、アニーは突進した。
すっかり油断して無防備になっていた背中に思い切り飛び込む。

「うわっ!何だよ、何すんだよ」
「もうすぐ、かえってくるって、いったじゃない」
「だって、待ってても暇だし」

腰にしっかりと抱きついたアニーは、多少振り回された位じゃ剥がれない。
伊達に毎日ダレンと遊んではいないということか。

「わたしがあそんであげる!」
「えー?ていうか、それただ単にお前が遊び相手欲しいだけだろ?」
「うん!」

それがアニーの本音だった。
ダレンはお使いに行っているし、親は電話で誰かと話をしていて遊んでくれない。
それに、ダレンが帰ってきてもスティーブと遊びに行ってしまうのでは結局一人になってしまう。
そんな退屈、アニーには耐えられない。

「やだよ。女と遊んでもつまんねーし」
「わたしサッカーできるもん!」
「うそだ。女は出来ねーよ」
「できるもん!!」

アニーはパッと腰から離れると、スティーブの持っていたサッカーボールを掠め取る。

「わたしドリブルできるようにれんしゅうしたもん!」
「ほぉ?やってみろよ」

挑発するように、スティーブ。
アニーは自信満々に鼻を鳴らした。
おもむろにボールを地面に落とし、そして。

バイン、バイン、バイン───

「ほら!ほら!わたしドリブルできるもん!」

地面と手の間をボールが行ったり来たり。
懸命に両手でボールを操ってみせる。
それは確かにドリブルには違いなかったが・・・・・・。

「・・・・・・っぷ」

笑いがこみ上げた。
我慢できずに吹き出してしまう。

「ばーか!ドリブル違いじゃねーか!」

腹を抱えて笑いだしたスティーブを、アニーはきょとんと見つめ返す。

「えー?ドリブルはドリブルでしょう?」
「そりゃドリブルには違いねーけど、そりゃバスケの。サッカーだったら丸切りハンド食らうっての。つか、バスケでもダブルハンドでファール」
「っ!?ダレンにだまされたわ!!」
「フツー気づくだろ。バカだなーお前」

どうやらアニーは兄のダレンに嘘のドリブルを教え込まれ、それを信じて一生懸命に練習したらしい。
まったくもって無駄な努力だったわけだが。
哀れな少女の頭を、くつくつ笑いながらスティーブが撫でてやる。

「あーあー、アニーちゃんはドリブルがお上手でしゅねー?」
「わらわないで!!」
「笑ってねーよ」
「うそ!わらってる!絶対にわらってる!」

両の手を握り込んでポカポカ攻撃。

「ははは。痛くも痒くもねーな」
「ばかっ!ばか!スティーブのばかっ!」
「ばーか、バカはおまえじゃねーか」
「わたしはばかじゃないもん!ダレンがいじわるしたのがいけないんだもん!!」

勢いよく叩いてきた手も、次第に元気を無くしていく。
おや?と思って顔を覗き込めば、その瞳には涙が溜まり始めていた。

「わたしじゃ・・・・・・ないもん・・・・・・だれんの、せいだ・・・・・・もん・・・・・・」
「ばっ、ばか!泣くんじゃねーよ!俺がいじめたみたいじゃねーか!!」
「スティーブもいじわる・・・・・・したもん」

ヒックとしゃくりあげる度、雫は今にも零ぼれ落ちそうになる。

「してねーよっ!ホントに笑ってねーから!?なっ?」
「うそ・・・・・・、スティーブうそつきだもん・・・・・・」
「嘘じゃねーって!」
「・・・・・・ぅぅぅぅ・・・・・・」
「わかった!じゃぁ俺がドリブル教えってやっから!ちゃんと、サッカーの方の!それで良いだろ?」
「・・・・・・ホント?」
「ホントホント」
「・・・・・・わたしもサッカーまぜてくれる・・・・・・?」
「うっ・・・・・・」

正直それはイヤだけれど──アニーみたいな年下、それも女が混じったら確実に怪我させてしまって面倒くさい──断ったら事態はもっと面倒くさいことになってしまうだろう。

「・・・・・・お前が上手くできるようになったらな」
「わたしがんばるもん!スティーブなんかすぐにおいこしちゃう!」
「追い抜かれてたまるか」
「ねっ!はやくおしえて!」

先ほどまで瞳に溜めていた涙はどこへ姿を消したのか。
すっかり笑顔を取り戻したアニー。
転がっていたサッカーボールを拾い上げ、スティーブに催促する。

「ったく・・・・・・しょうがねぇなぁ・・・・・・」

自分に妹が出来たらこんな感じなのかな、なんて思いながらスティーブは苦笑した。


□■□


「で?」
「・・・・・・で、って何よ」
「お前、ドリブル出来るようになったわけ?」

何のことやらさっぱりわからずアニーは首を傾げた。

「何だよまだ出来ねーのかよ。そんなんじゃサッカー混ぜてやんねーぞ」
「・・・・・・あっ!」

そういえば、昔そんな話をしたことが有った気がしないでもない。
数年ぶりに街に帰ってきたスティーブは、時々こうして思い出したように昔の話をほじくり返す。
こちらが忘れてしまっているような、とても些細なことをよく覚えている。

「忘れてたわ、そんな昔のこと」
「んだよ。サッカー混ぜろ私もやりたい仲間外れはいやだ!!って散々ぱら俺たち困らせやがったくせに」
「昔の話じゃない」
「仕方ねーからチームに混ぜてやったら、急に拗ねてゲームしねーし」
「・・・・・・昔の話じゃない・・・・・・」

徐々に忘れていた記憶が鮮明になって思い起こされているのだろうか、アニーの顔が赤くなった。

そうだ、あれは確か・・・・・・。

(サッカーしたかったんじゃない・・・・・・ただ、スティーブに遊んで欲しかっただけ・・・・・・)

そんなこと、当の本人には絶対に言えない。





むかしのはなし







青木さんが幼女なアニーを描いてたので

それにお話を付けさせていただきました。

ちっちゃい時からスティアニ!ひゅぅ!

おっきくなってからももちろんスティアニ!ひゅぅ!

青木さんのみお持ち帰り自由です。

2012/05/18




※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※