僕の人生は両手で足りてしまうくらいの短いものだった。
「だった」と言うのは実に正確な表現で、実のところ僕は既に死んでいる。
死んでるなら何を暢気に自分語りをしているんだと言われてしまいそうだけど、死んでいるけれど僕は生きてもいるのでこういうことも出来てしまうんだ。
あぁそんな難しい顔しないで。
全然難しい話じゃないんだ。

僕の肉体は死んだ。
愚かしい好奇心が僕自身を死に追いやった。
狼男に腸を食いちぎられ、どんなに素晴らしい医療を持ってしても匙を投げ出す以外には何も出来ないような状態に僕はなってしまった。
見たいものも、食べたいものも、やりたいことも沢山ある。
こんなところで終わりなんて嫌だ。
死にたくない。
まだ、生きていたい。
けれど現実は無情だ。
どんなに先を望んでも、どんなに未来を夢見ても、僕の人生はそこで終わり。
後にも先にも道はない。
たったの十年。
それだけしか僕の軌跡は無い。
短すぎる。
短すぎた。
誰もがそう言うし僕もそう思う。
彼らの言葉を借りるなら、僕はそうなる「運命」だったのだろう。
人間はいつだって「運命」って奴に振り回される。
納得なんて出来ないけれど、「運命」には誰もあらがえない。
あらがえないから、代わりに神様が微笑んでくれた。
僕が生きる方法を残してくれた。

僕の親友はバンパイアだった。
普通とはちょっと違うなと思っていたけれど、まさかバンパイアだったなんてね。
驚いたよ。
驚いたけど最高だとも思ったよ。
親友のお師匠さんは死にかけた僕を前にして「この子はもう助からない」と、事実を告げた。
僕自身のことだもの、僕は「やっぱり」とどこか冷静にお師匠さんの言葉を受け止めた。
だって腸食い破られてるんだよ?
これで生きれたらそれだけで僕もシルク・ド・フリークの一員になれちゃうよね。
視界がだんだんと白くなっていく。
血が流れすぎたせいかもしれない。
こういう時、死んだ人が川の向こうから手を振ってくるって聞いてたけどあれは嘘だった。
何も見えやしない。
代わりに耳だけはとても鮮明だった。
親友の泣き叫ぶ声が異様なほどクリアに僕の耳を貫いた。

僕の肉体は助ける術がない。
けれど魂だけなら救う方法がある。
血を飲み干してやることで魂を肉体から解放し、自身の中で共に歩み続けることが出来るのだという。
お師匠さんはダレンを説得する。
「友人を救いたいと思うのなら血を飲んでやれ」と。
ダレンは頑なに拒否した。
血を飲んでしまったら正真正銘のバンパイアになってしまいそうで、もう二度と人間には戻れないことが怖いのだという。
馬鹿だなぁ。
ダレンがバンパイアであることはもう変わりないじゃないか。
違うだろう。
ダレンが本当に怖いのはそんなことじゃないだろう。

「ダレン……飲んでよ……」

掠れた声で僕は直ぐ側にいるはずのダレンへと語りかける。
見えない手を無作為に這わせればぎゅっと握り込まれた。

「僕、ダレンといきたいよ……」

上手く笑えたかな。
笑えていると良いな。
だって僕の親友は臆病だから。
僕が虚勢を張っているって知ったら、絶対に怖じ気付くもん。
ダレンは僕の手を離し、代わりに震える手で僕の喉元に爪をあてがった。
鋭い爪が肉を切り裂くけれど、幸いかな、僕の体は痛覚を感じないところにまで来てしまったようで悲鳴の一つも出なかった。
ダレンの上げる嗚咽だけが、聞こえていた。

ゆっくりと魂が肉体から抜け出して行くのが分かる。
ダレンの中に血が移る度、僕は僕という器から解き放たれて魂だけの存在に変換されていく。
恐怖はない。
だって、僕は一人になるわけじゃない。
ずっとダレンが側に居てくれるから。
だから、伝えなきゃ。
僕が僕である内に。

「ありがとう」

ありがとう、僕の親友。
僕の願いを聞き入れてくれてありがとう。
お願い泣かないで。
大丈夫。
君は人間ではないかもしれない。
恐ろしいバンパイアかもしれない。
でもね、僕にとってはそんなのどうでも良い肩書きだよ。
ダレンはダレンでしかない。
バンパイアだろうが、誰もが恐れるフリークだろうが、関係ない。
僕にとっては年上のくせに意気地なしで、そのくせちょっと煽ってやると直ぐに血が上って墓穴を掘ってしまうような、鈍くさい友人だよ。
人の頼みにはめっぽう弱くって、上手く断れなくて結局貧乏くじ引くような、そんな奴だよ。
でもね、僕はそんなダレンが大好きなんだ。
たとえこの先何があっても、僕は死ぬまで君と親友で居ると誓おう。
知恵ならいっぱい貸して上げる。
僕はダレンよりも博識なんだからね?

だから、ね?

ダレン。
泣かないで。
大丈夫だよ。
君は一人になんてならない。
エブラがいる。
お師匠さんだって居る。
一人になんてさせてやらない。
方便だとでも思った?
僕は君の中で生き続けるんだ。
君が死なない限り、君は僕という親友を失うことはないんだよ。
だから、大丈夫。
君が道を間違えそうになったら僕が止めて上げる。
だって僕は君の親ゆ、う……だか、r……

□■□

こうして僕は肉体を失った。
魂だけの存在となって親友の身体に間借りする存在になった。
それからは結構大変だったね。
言ってみれば一つの身体の中に二つの魂が有るわけだから思考や趣向が混同してしまうんだ。
まるで生きているみたいだったよ。
ダレンがオニオンのピクルスを食べると、まるで僕も食べたかのようにお腹が膨れる。
死んでいることを忘れそうになったよ。
ダレンが肉体を休めている間、僕は反芻する。
僕は死んだ。
この身体は僕のものじゃない。
僕はダレンの身体にお邪魔しているだけなんだって何度も繰り返した。
不思議だよね。
死んでいることを確認し、意識しなきゃならないなんてさ。
人間どんな経験をするか分かったもんじゃない。
それから、人の身体に初めて入って分かったけど、身体を共有するって気を使うことが多いんだね。
ダレンが見聞きするもの全部僕も同じように感じてしまうわけだから、その、ね?
ダレンが女の子と仲良くしているときとか、さ。
まぁなんだ。
意図せず出歯亀した気分になった。
一応言っておくけど、ちゃんと耳は塞いだし目も瞑っていたからね!?
覗き見なんてしてないからね!?

後はそうだな。
ダレンのお師匠さんが亡くなった後は僕も精神的にキツかった。
ダレンの思考がダイレクトに伝わってきて、あまりにもそれが繰り返されるものだから僕は僕であることを忘れそうになったくらいだ。
長い時間を掛けてダレンは立ち直った。
エブラや僕が側にいることを思い出してくれた。
弱々しい笑みではあったけれど、ダレンが笑ってくれて僕も笑った。
エブラも笑った。
3人で馬鹿みたいに笑って、泣いた。

「ありがとう、親友」

ダレンは僕たちを抱きしめて囁くように言った。
馬鹿だなぁ。
言っただろう。
僕は死ぬまで君と一緒にいるって。



さて、そんな約束も今日ここまでみたいだ。
君とは随分長いこと一緒にいた。
特に最後の精霊の湖は長かったね。
過去を振り返ることしか出来ないあの場所は、永遠に続く時の停止した牢獄だった。
僕がいなけりゃあの場所で君は一人だったんだ。
僕がいれば喋り相手にも喧嘩相手にも困らない。
お得な相手だ。
ね、僕が居て良かっただろう?

なんて、もう僕の声は聞こえないか。

いつか体験した、魂が身体から解き放たれる感覚に襲われた。
これまで当たり前に聞こえていたダレンの声が聞こえない。
ダレンの思想が分からない。
僕たちは元の別々の存在に遊離した。
有るべき姿に戻ってしまった。
自分の身体で生きた何倍もの時間をダレンの身体で過ごしたものだから、喪失感がすさまじい。
僕には記憶を保持する為の脳味噌がないけれど、ダレンの身体を通して経験したことは僕の魂が覚えていると信じたい。
さよなら、僕の親友。
さよなら、僕。
次に生まれ変わる時はどんな姿で逢おうか。
一足先に僕は生まれ変わる準備をしに行くね。

バイバイ、ダレン。
バイバイ、僕。

また逢うその日まで。





サム・グレストはいかにして死に、いかにして生きたのか。







サム・グレスト視点で描くダレンの世界とかも面白そうだなって。

2016/09/08




※こちらの背景は clef/ななかまど 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※