不本意な結末だったとしても。
決してそれを悔やんではいけない。
選んだのは俺自身なのだから。
キミサスナイフ
視界の端っこに黒い影が走った。
次いで、ブオッ!と風を切る音。
目視する余裕も無く、黒い影の正体たる棍棒が自分の体を力任せに叩いた。
「っっ!」
悲鳴も、悲鳴にすらならない。
語弊無く体は宙に舞い、数メートル弾き飛ばされ地面に激突した。
「・・・・・・もろに入ったなぁ、ありゃぁ・・・」
「大丈夫か!?カーダ!?」
緊張感無く、ポリポリ頭を掻いてありのままの事実を口にしたのは戦闘技術を教える教官・バネズだ。
対してもう一人、カーダを叩き飛ばした張本人であるガブナーは心配そうな声を上げる。
「・・・っ、たたた・・・。大丈夫だ・・・・・・何とか生きてる」
痛む体をさすりながら、それでも致命傷には程遠い事に苦笑する。
普通なら骨の一本や二本折れていてもおかしくない程の打撃、そして衝撃だった。
それなのに自分が負っているのは叩きつけられた際の細かな擦り傷程度でしかないのだ。
改めてバンパイアというめちゃくちゃな生き物の存在に恐ろしくなる。
「お前は本当にセンスが無いというか・・・向いていないというか・・・・」
「はぁ・・・・」
一応教官らしくカーダの様子を確認しに近寄ってきたバネズが手を伸ばして引き起こす。
カーダは曖昧に笑うことしかできない。
「完全なバンパイアが半バンパイアに負けるなんて前代未聞だぞ?」
「じゃぁ記念すべき第一号という事で」
「バカ。俺は呆れてるんだ」
「そう言われても・・・・・・」
呆れられたところで俺自身が変わるわけがない。
彼らが求める強さを、俺は求めていないのだから。
「悪かったな、カーダ」
心配してかガブナーまでこちらを覗き込んできた。
「謝る必要なんて無いぞ。弱いカーダが悪い。それだけだ」
「そうは言っても・・・」
「構わないよガブナー。そんな大した怪我はしていない」
「・・・・・・・・・」
実際叩かれた時の痛み以外はどうということはない。
これが逆の立場であれば話は違っただろうが。
それこそが完全なバンパイアと半バンパイアの明瞭な力量差。
決まりが悪そうにするガブナーをよそに、バネズが厳しい言葉をカーダに掛ける。
「ともかく、だ。カーダ。お前はもう少し格闘技術を身につけろ。おっと、嫌いだ性に合わないは無しだぞ?最低限自分の身を守れる位の強さは必要になる。口答えはそれが出来てからにしろ。わかったな?」
「・・・・・・善処します」
煮えきらない返事にバネズは顔をしかめたが、それ以上言葉を続けずに訓練場を後にした。
必然的に残るは、二人。
そこはかとなく微妙な空気が残るこの場は居心地がいいとは言えなかった。
それは相手も同じなのだろう。
嫌に神妙な面もちのガブナー。
普段は底抜けに明るいばかりの奴が急にこんな表情をするとどう扱っていいのか困る。
「・・・・・なぁ、カーダ・・・」
「何だ?傷なら本当に大丈夫だぞ?」
「そうじゃなくて!」
不意に口を開いたガブナーは俺の軽口を遮る。
「なんでお前はいつも本気を出さないんだ?」
「・・・・・・なんでだと思う?」
「聞いてるのは俺だ」
「聞いてどうする」
「俺が半バンパイアだから、とかふざけた理由だったらぶっ飛ばすためだ」
「なるほど。実に明確で簡潔な答えだ」
どこまでもまっすぐなガブナーらしい。
しかし残念ながら。
「残念ながら俺を殴ることは出来ないけどな」
「どういう意味だ」
「俺はな、自分の為に戦うなんて馬鹿げていると思っているんだ」
実際、馬鹿げているだろう。
己の名誉の為に奮う拳が、正義だとでも思っているのだろうか。
そんなもの、まやかしだ。
暴力は暴力でしかない。
己の為だなんて利己的な理由の前ではいかなる暴力も正当化されるべきではない。
「ならそもそもバンパイアになんかならなきゃ良かったじゃねぇか」
「別に力のすべてを否定しているわけじゃない。寧ろ、一族への献身に心打たれたから俺はバンパイアになることを望んだ」
そう、力は一族のためにあるべきなのだ。
集団への帰属。
個を捨て全を生かす生き様。
俺の信念とは、すなわちバンパイア一族全体の未来を作ること。
例え俺自身が報われることはなくとも、誰かのために、何かのために力を奮う。
そうあることが、俺の貫きたい意志。
腑抜けと言われようとも、根性無しと罵られようとも。
それだけは、きっと変えない。
「だから自分のためには力を使わないと自分に制約したんだ」
どんな理由があろうとも。
個人的な感情では動かない。
この心も、身も。
己の持てる全てのものを。
一族の為に。
―――未来のために
「逆に言えば、俺個人のためでなく一族のためであるならば、俺は誰であろうと容赦なく殺す覚悟がある」
「・・・それが、例えば俺だったとしても、か?」
「必要ならな」
自分でも驚くほど淀み無く答えた。
相手が誰か、なんて俺には関係ない。
俺の意志を、一族の未来を邪魔する者を排除するだけだ。
「だがお前が一族に徒なそうというなら、それよりも前に俺が長い長い説教をして改心させてやるさ」
「・・・・・・そいつは是非とも御免被りたいもんだ」
「俺もそう願ってるよ」
そんな日はこさせない。
絶対に。
絶対に。
「まぁお前の信念はわかったが・・・・・・理解には苦しむな」
「だいたいの奴がそう言うよ」
バネズもその一人だ。
こんな考えに同意している者なんて誰もいないのかもしれない。
「・・・・・・お前のナイフ、寄越せよ」
「ん?」
意図は分からなかったが、腰に下げていたナイフを鞘ごと渡す。
もしもの時の為の――護身用としての意味ではなく、殺す為のモノとしてのナイフはいつも下げている。
いつ何時その時が訪れるかわからないからだ。
ガブナーは受け取ったナイフを鞘から半分抜いて、まだそれが血を浴びていないことを確認した。
「これは俺が貰う」
「なんでそうなる。それは俺のモノだぞ?」
「わかってる。だからこれは、お前のために俺が振るうんだ」
「・・・・・・すまんガブナー・・・意味が分からないんだが・・・・・・」
「だから!お前の信念とやらは理解できないが、お前が本気なことはわかったから協力してやろうってんだよ!」
自分でも何をしているのかわかっていないのか、頭をがしがし掻き回している。
たぶん、衝動だ。
頭で考えた行動じゃ無いのだろう。
衝動に思考が追いつかず、言葉が出てこないのだ。
あーとかうーとか唸るような声を上げている。
俺はといえば、それこそガブナーの行動が理解できなくて開けた口が塞がらないままだ。
「勘違いするなよ?俺はお前の考えに賛同してるわけじゃない。自分の為に戦うことが悪いことだとは思わないし、全てを一族に捧げることが正しいとも思わない。ただ、少なくとも俺はお前を信頼を置くに値する奴だと思っているし、意見をころころ変えるような男じゃないことも知ってる。だから俺に出来ることでお前に協力してやろうと思った。一刀は俺自身の為。もう一刀は、お前の為だ。お前の代わりに、お前のためのナイフを振るってやるんだよ!」
「それは・・・・・・お前が俺を守ってくれるって事か?」
「お前の行動に納得できる限りは、な」
「なるほど、そりゃ手厳しい」
「その代わり、約束しろ」
ナイフを握ったままの手を拳にして突き出す。
「必ず貫けよ。お前の意志って奴を」
「・・・・・・あぁ、当たり前だ」
拳を、こつんと合わせた。
違えてたまるか。
何があろうと、貫いてみせる。
例え
例え
お前を殺すことになっても―――
□ ■ □
不本意な結末だったとしても。
決してそれを悔やんではいけない。
選んだのは俺自身なのだから。
そうあることを、俺が望んだ。
例えお前のナイフがこの心の臓を抉ろうとも。
全て、覚悟の上だ。
俺を刺したその先に、お前の求める未来があるのならば。
迷わずに貫けばいい。
キミ刺すナイフ
22222打オーバー御礼リク「カーダ×ガブナー」でした。
CP臭は若干でなく薄いな・・・・
精神的な寄りかかりってイメージなんでこんな感じです。
時系列は、ガブナーが半バンパイアに成り立て位の時です。
ガブナーが二刀流の理由、あの裏切りの時ガブナーがカーダに何も言わなかった理由を考えた結果こうなった。
捏造にも程がある。
リクエストありがとうございました!
2010/10/26
※こちらの背景は
clef/ななかまど 様
よりお借りしています。