「──あ」
ふと、足が止まった。
思わず、魅入ってしまう。
隣を歩いていたラーテンも、数歩先で立ち止まった。
振り返っても私が動かないのを見て取ると、やれやれとため息をついてからこちらに戻ってくる。
「どうした?」
「・・・・・・綺麗」
私は食い入るようにそれを見つめた。
ラーテンも同じように視線の先にあるそれを見やる。
街頭に照らされ、ライトアップされたショーウインドウの向こう側。
動いているわけでもないのに、きらきらと輝いている。
女に生まれた性なのだろうか。
気分が高揚する。
対して、ラーテンの方はといえば。
まるで無駄なものを見るような目で、辟易とした声を上げた。
「なんだ?こんなものが欲しいのか?」
「欲しいっていうか、憧れみたいな・・・・・・」
そうだ。
憧れだ。
旅する身では邪魔になるからと、髪を短く切りそろえても。
女だと嘗められると何かと物騒だからと、男の子のような格好をしていようと。
私は、女なのだ。
女だから、憧れる。
いつかは着てみたいと、夢見る。
それはきっとごく自然な願望だ。
私はうっとりとした目で、感嘆のため息など漏らしながらショーウインドウの中で輝く純白のウエディングドレスを見つめた。
今じゃなくていい。
すぐだなんて無茶は言わない。
いつか。
いつか。
大好きな人の隣で、こんなドレスで着飾って。
ささやかな幸せを手に入れられたら・・・・・・
「やめておけ。こんなの。白はすぐに汚れるぞ」
「・・・・・・・・・」
なんて想像をたやすく打ち破ってくれる、ラーテンのデリカシーの欠片もない発言。
そして、追い打ち。
「それに、お前のお子さま体型では残念なことになるのは目に見えている。こう言うのはボン、キュッ、ボンな美女が着てこそ映えると言うものだ」
ラーテンが邪な顔つきをした。
いつぞやにパブで出会った女のことでも思い出しているのだろうか。
「お前がこんなのを着たいと言うのは10年ばかり・・・・・・」
「悪かったわねっ!お子さま体型でっ!!!」
「っい!?」
ラーテンの足を思いっきりふんずけてやった。
痛みで仰け反ったところに、持っていた荷物を投げつける。
流石のラーテンも堪えきれずにその場にひっくり返った。
「ラーテンの馬鹿っ!」
通行人が振り返ることなど気にもせず、最大級の声を投げつけ、私は駆け出した。
行き先など無い。
とにかくこの場を離れたかった。
「おいっ!マローラっ!?」
後ろでラーテンが呼び止める声が聞こえても、私は足を止めることができなかった。
□■□
わかっている。
いくら憧れたって、いくら望んだって。
きっと私には似合わないだろうってことくらい。
ああいうものは、もっと女の子ぜんとした子にしか似合わないのよ。
「そんなこと・・・・・・わかってるわ」
改めて自分の姿を見やる。
長旅でくたびれたズボン。
防寒のための野暮ったいジャンパー。
泥ですっかり汚れた靴。
自分で切りそろえたざんばらな髪の毛。
どこをとっても、あんな素敵なドレスが似合う要素が見つからない。
「だからこそ、憧れるのよ」
手が届かないから、夢を見る。
叶わないから、せめて眺める。
それすら許してくれないっていうの?
「私だって、女の子みたいな格好したいわ・・・・・・」
ふんわりと風に揺れるスカートに。
レースをあしらったブラウスを着て。
ヒールのある靴を履いて町を歩く。
きっと楽しいだろう。
ぶらぶらと町を歩くのを想像するだけで心が躍る。
けれど。
「ラーテンとの旅は出来なくなっちゃう」
そんな格好で長旅など出来るわけがない。
行く宛もない旅ならなおさらだ。
お洒落なんかよりも、もっとずっと優先しなければならないことがある。
自分の命を守るため。
あの人を、守るため。
「それが私の勝手な願いにしかすぎないけれど」
私は、ラーテンが好き。
きっと誰よりも。
どんなものよりも。
この命を投げ出せるくらいに。
たとえ。
「・・・・・・例え、それがデリカシーの欠片も無い男だとしても」
「言うことはそれだけか。バカ娘」
息を切らせ、額には汗まで浮かべたラーテンが悪態を吐いた。
「勝手に行きおって。探したではないか」
「・・・・・・悪かったわね」
居住まい悪くて私はプイと顔を逸らす。
ラーテンの元から駆け出した後、私は町の外まで走った。
走って、走って、走って。
当然だけれど、足を止めた。
息が切れたのもあるけれど、それだけが理由ではなくて。
突き詰めてしまえば。
私には、ラーテン以外の居場所なんてないのだ。
精神的にも。
肉体的にも。
だから、自分のしたことが余りにも馬鹿げていると気づかざるを得なくて。
さりとて、戻ることなんて出来るわけもなくて。
私はこうしてラーテンが見つけてくれることを祈ることしかできなかった、というわけ。
「これだから子供は手間がかかって叶わん」
「どうせ私はガ・・・・・・っ!?」
ボフン!と。
何かを顔面に投げつけられた。
痛くは無かったけれど、女の子の顔に投げつけるってどういうこと?
本当、信じられない!!
「ちょっと!何すんのよ!」
「お返しだ」
先ほど私が投げつけた荷物を掲げてみせる。
うぅ〜・・・・・・なんて心の狭い男かしら。
・・・・・・って、あれ?
じゃぁ今投げられたのって一体・・・・・・。
改めて見れば、それは簡素な包み。
私たちの荷物の中には入ってなかったものだ。
「何?これ」
「お前にやる」
「私に?」
「・・・・・・汚れても知らんからな」
意味が分からず、とりあえず包みの中身を取り出した。
「・・・・・・わっ!」
出てきたのは、真っ白なケープ。
ふわふわとした柔らかな生地がしっとりと肌になじむ。
「ラーテン!これ・・・・・・っ!」
「・・・・・・あんなひらひらしたのは邪魔にしかならんが、まぁ、それくらいなら防寒着代わりに使えんことも無いからな」
鼻の頭をポリポリと掻く。
ラーテンの照れ隠しだ。
私は野暮ったいジャンバーを脱ぎ捨て、ケープをまとう。
クルリ、ターンをすればふわりと白が風に揺れた。
「ラーテン!私、大事にする!真っ黒になってもこれを使うわ!」
「ばかもん。汚さんようにせんか」
ラーテンはくしゃりと笑った。
彼女を纏う白
マローラたんを幸せにしたいんです。
それだけなんです。
2011/11/07
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。