例えば僕がもっと素直な人間だったなら、こんな回りくどいことなんかしなかったと思う。
例えば僕がもっと大人だったなら、別の方法が取れたと思う。
年齢としてはもうとっくに成人しているのだけれども、見た目はまだまだそれに追いつかない。
そのせいか、僕はいつまで経っても大人になりきれないでいる。
だから僕の表現はいつまで経っても不器用なままだ。
■□■
「クレプスリー、いる?」
「なんだ?もう“朝”か」
「まだ夕方だよ」
この人は夜のことを朝という。
バンパイアは日の入りと共に起き出し、日の出と共に床に就く。
だからバンパイアにとっては夜は“朝”なのだそうだ。
完全なバンパイアになれば僕にも解るのかもしれないが、おあいにく様、僕はまだ半バンパイア。
人間の頃の習慣できちんと朝起きる。
朝とか夜とか、なんかもうごっちゃごちゃになって訳がわからない。
「日が沈みきっておらんではないか」
「うん」
カーテンをそっとめくり上げたクレプスリーが忌々しそうに頭から毛布を被りなおす。
別にこの人が寝汚いわけじゃない。
バンパイアには太陽の光が毒だからだ。
すぐに命に関わるわけではないが、浴びずに済むならそれに越したことはない。
もちろん僕自身そんなこと解かり切った上でこの時間に声を掛けた。
「で?こんな時間に我が輩を起こして何の用だ?」
「別に大した用じゃないんだけどさ」
「用がないならわざわざ起こすな」
「“思い立ったが吉日”って言うだろ?」
「うぐ・・・・・・・・」
苦虫を噛み潰したような顔をする。
それもそのはず。
クレプスリーはこと語学に弱い。
本人曰く、読み書きがほとんど出来ないらしい。
つい最近までそのことを知らなかった僕は、ここぞとばかりにことわざだのなんだのを駆使することにしている。
つまり早い話が嫌がらせだ。
クレプスリーもクレプスリーでプライドがあるから『それはどういう意味だ?』なんて聞いたりしない。
大抵今みたいに何も言い返せずに黙りこくるのが精一杯らしい。
こういうときだけ僕はクレプスリーよりも上位に立てた気がしてすごく気分がよくなる。
本当なら僕の方が地位が上なのに、こんな所でしか優越感を味わえないなんておかしな話だ。
だけれども、今日はすごくいい方法を思いついた。
我ながら諸手を挙げて拍手したいくらい。
「実はね、クレプスリーにあげたいものがあるんだ」
「我が輩に?」
「うん。これ」
ニコニコと
満面の笑顔を浮かべながらそれを取り出す僕。
ジロジロと
あからさまにいぶかしんだ表情のクレプスリー。
しぶしぶながらも受け取って、表を一瞥。
ひっくり返して裏も一瞥。
もう一度表に返して、危険がなさそうなことは確認できたらしい。
ようやく封を開け、中身を取り出す。
中にあるのは薄っぺらな紙切れが一枚。
そこに並ぶのは文字の羅列。
「・・・・・・手紙・・・・・?」
「そ」
「なんで手紙なんか・・・・・。我が輩は読み書きできないと・・・・」
「知ってるよ」
知っている。
だからこそ、手紙なんじゃないか。
まったく、鈍い人だなぁ。
クレプスリーは睨み付けんばかりの眼差しで紙面に目を向けるが、そんなことをしたって文字が読めるわけがない。
ましてや音声で読み上げてくれるわけでもない。
ひとしきり眺め、自分が拾える単語だけでは文脈を読み取ることは出来ないと諦めると、頭を抱えながら僕に問う。
「シャン君・・・・・・・まさかとは思うが、もしやこれは我輩に対する嫌がらせなのかね?」
「さっすがクレプスリー!物分りがいいね」
「・・・・・・・・・・」
ぱちんと指を一つ鳴らす。
クレプスリーの方はといえば頭を抱えたまま、何も言えなくなっている。
まさかこんなことのために起こされただなんて思いも寄らなかっただろう。
「わざわざ街まで便箋買いに行ったんだからね」
「・・・・・・元帥殿は随分とお暇なようで・・・・・・」
「別に暇なわけじゃないさ。ただクレプスリーをいじることに全身全霊を掛けてるだけ」
「その行為を“暇”だというのだ」
「クレプスリーがいつまでも寝てるのがいけないんだよ」
「仕方なかろう。日が出ていては我が輩は動けん」
「だからっていつまでも寝てることないだろ」
部屋から出れなくてもやれることはいろいろあるはずだ。
少なくとも、僕がこんな嫌がらせをしないよう、相手をすることくらいは出来るだろう。
これに懲りたら僕が今後こんなことしなくてもいいようにちゃんと相手してよね。
くだらないことを話しているうちに、日は沈み辺りはすっかり暗くなった。
これが本当の彼の起床時間。
寝起きから時間がたって頭が活性化してきたところでクレプスリーは再びあの手紙に目を落としている。
頑張ったところで読めないものは読めないだろうに。
なんだって今回ばっかりこんなに頑張っちゃってんだろ?
「ちなみにな、ダレン」
「ん?」
「これは、一体なんて書いてあるんだ?」
僕の書いた文字の羅列を指差してクレプスリーが言う。
内容はもちろん覚えている。
だけれども教えてやるつもりなど毛頭ない。
「あんたに宛てた罵詈雑言」
「嘘付け。そういう類でないことくらい我が輩でもわかる」
「なんだ。そうなの?」
単語の雰囲気くらいはわかるみたいだ。
なーんだ。面白くない。
「お前・・・我が輩をバカにするのも大概にしろよ」
「そういう言葉はせめて僕の手紙が読めるようになってから言って欲しいね」
「む・・・・・・・」
「ま、多少は解かってるみたいだからヒントあげる」
「ヒント?」
「この手紙に書いたことを要約するとね
(I love you)
あんたには絶対に教えてあげない
って書いてあるの」
僕の気持ち、わかった?
解かったなら早くあんたの返事を聞かせてよ。
■□■
例えば僕がもっと素直な人間だったなら、こんな回りくどいことなんかしなかったと思う。
例えば僕がもっと大人だったなら、別の方法が取れたと思う。
年齢としてはもうとっくに成人しているのだけれども、見た目はまだまだそれに追いつかない。
そのせいか、僕はいつまで経っても大人になりきれないでいる。
だから僕の表現はいつまで経っても不器用なままだ。
だけれども、僕はこのままでもいいと思っている。
あんたとの不器用な関係が心地いいから、
今はまだ、子供のままでもいいと思える。
あんただってきっと、同じ風に感じているんだろ?なぁクレプスリー?
リクエスト頂いた赤師弟ほのぼの。
うーん・・・・これはほのぼのでいいのだろうか。良くわからん。
タイトルは一度使ってみたかったやつ。
いわゆる『月が綺麗ですね』のあれ。
赤師弟的に訳すなら『教えてあげない』だと思うのです。
2010/01/18
※こちらの背景は
空に咲く花/なつる 様
よりお借りしています。