北へ南へ東へ西へ。
今日も今日とて彼は走る。
己の益なんて何一つ無いのに。
それでも走る。
走るったら走る。


 □ ■ □


始めに見かけたのは、本当にたまたま。
偶然に偶然を重ねた偶然だった。
相手はまだこちらに気がついていないようだ。
人混みの向こうに消え去る前に、相手の腕を掴む。

「ラーテン!」

瞬間、男に警戒の色が走った。
当たり前だ。
俺たちはこんな人混みで声を掛けられるような機会なんて滅多にない。
存在自体知られていないのだ。
そして何より、人間としての俺たちはとうの昔に死んだことになっている。
そんな生き物に、人間の知り合いなんていないのだから警戒するのも当然だ。
振り向き様、マントに差し込んだ手が握っているのはナイフかもしれないと脳裏によぎった。
だが、それに怖じ気付くことなくガブナーは手を離さない。
男は、ラーテンと呼んだその人物は、まさか自分を見誤るような技量の持ち主ではないはずだ。
予感は的中する。

「・・・・・・ガブナーか?」

半分驚き。
半分ほっとした面もちでラーテンがガブナーの名を呼んだ。

「当たり前だ。この世にこんな美形が二人と居てたまるか」
「はて・・・空耳が・・・・・・」
「十年振りの再会でそりゃぁねぇぜ」
「相変わらずのようだな」
「まぁな」

軽口も相変わらずだ。
長い間会わなかったのが嘘のようだ。

「ま、立ち話もなんだ。場所を移そうぜ」
「あぁ。それなら我が輩が根城にしているところがある」

それから町外れの廃墟に移動し、昔話に花を咲かせた。
酒の一杯、血の一杯もあれば最高なのだが、この際贅沢は言わない。

「十年もの間、一体どこで何やってたんだよ?」
「あちこちでいろいろ、だ」
「マウンテンで皆心配してるぜ?」
「子供じゃあるまいし、我が輩の心配なんてせんでよい」
「そうもいくか。前回の総会をさぼりやがって。お前がどこぞでくたばったんじゃないかって大騒動だったんだぞ!?」
「そんなことになっておったか・・・・・・。総会を欠席するのは気が引たがな。どうにも・・・・・・あそこに行く気にはなれなくてな・・・」

ラーテンはどこか遠い目をした。
心当たりが無いわけではなかったから、それ以上深く踏み込む気にもなれない。
きっと俺なんかが触れてはいけないことなんだろう。

「エラが逢いたがってたぞ」

だから話題を変えた。
彼の伴侶、正確には"元"伴侶である、エラ・セイルズの話だ。

「エラ・・・か」
「口にこそ出さないけどな。何かにつけちゃぁ出てくるのはお前の話題ばっかりだよ」
「あやつも強い奴だ。我が輩など居なくてもやっていけるだろう」
「それが妻に掛ける言葉か?」
「"元"妻だ。だが・・・・・・そうだな、『心配掛けてすまなかった。元気でやっている』とでも伝えてくれ」
「・・・・・・その口振りからすると帰ってくるつもりはなさそうだな」
「まぁな。気が向いたらだな。・・・・・・いつになるかはわからんがな」

後はたわいもない、バンパイアお得意の自慢話をしたくらいだった。
純化を終え、正真正銘のバンパイアになったガブナー様の勇姿を切々と語ってやった。
十年振りに交わした彼との会話は、そんな感じだった。


 □ ■ □


それからマウンテンに帰ったのは一年以上も後だ。
俺も人のことは言えず、あっちにふらふらこっちにふらふらと風の向くまま気に向くままに旅をしていた。
ふと、脳裏にマウンテンに残ってるであろう者たちの顔がよぎるととたんに恋しくなった。
あそこはいわば俺たちの家なのだ。
たとえどんなに離れようとも、迎えてくれる場所。
『家族』の待つ場所。
きっとあいつもそのうち俺たちが恋しくなって、逢いたくなって、たまらなくなって、そうして帰ってくるに違いない。
さぁまずはクレドン・ラートの間に行って不味いコウモリのスープでもかっ食らおう!
あんだけ不味くったって一年も食べずにいたら恋しくもなる。
その後は娯楽の間で心行くまで誰かと殴り合おうじゃないか。

「あら?ガブナー?」

意気揚々とマウンテンのごつごつした廊下を歩いていると、ここでは珍しい女の声がした。
バンパイアになると子供が産めなくなるせいもあり、女バンパイアは極めて数が少ない。
俺の知っている者で、となれば片手もいらない程しかいない。

「よぉ!エラ。久しぶりだな」

視線の先には呆れ顔を浮かべた女が立っている。

「どこをほっつき歩いているのかと思ったわ」
「ま、あちこち回ってたのさ。お陰で顔が傷だらけだ」
「不細工が余計不細工になったわね」
「・・・・・あいつより質が悪いぞ、その返答・・・・・・」

一年ほど前のやりとりを思い出して、今と重ねて、半眼で呻いた。

「何よ?あいつって」
「ラーテンだよ。ラーテン・クレプスリー。あいつに会ったんだ」

途端に、エラの目の色が変わった。
襟首をおもいっきりひっ掴んで、首を絞める勢いだ。

「嘘っ!?どこで!?いつ!?何で連れて帰らなかったのよ!?あんた何ぼやっとしてるわけ!?ちょっと、何とか言いなさいよ!?」
「うぇっ!・・・・・・ちょっ!ま、・・・首が・・・・・・ぅぐっっ・・・・・・」
「ガブナーっ!?黙ってないでさっさと喋りなさいよ!何もっったいつけてるの?そんなのいいから、早くあの人のことを教えなさいっっ!!!!」
「・・・・・・い・・・きが・・・・・・っぐふっ・・・・・・」

意識を失った俺の首をガンガン振りながら問いただす行為はカーダによって発見されるまで続いた。



「・・・・・・ったく・・・・ひでぇ目にあったぜ・・・・・・」
「あんたがさっさと言わないからでしょう」
「それを喋る機会すら与えなかったのはどこの誰だかっ!」
「まぁまぁ落ち着け二人とも。それで?ガブナー。ラーテンは何だって?元気でやってるのか?」

俺とエラの間に立って場を納めるカーダ。
ちょうどいい具合に緩衝剤になってくれて助かった。
俺は一年前にあいつと交わした言葉を思い出す。

「あぁ。憎たらしくも元気でピンピンしてやがったぜ。ここ十年、あちこちをうろついているらしい」
「それで!?・・・・・・帰ってくるんでしょう・・・?」

鬼気迫る雰囲気のエラに肩をすくめて答える。
それだけで意味は十分に通じたらしく、エラががっくりと肩を落とした。

「気が向いたら帰るとは言っていたがな。いつになるやら・・・・・・何せ十年も音信不通だった奴の言葉だからな」

そりゃぁ、人間の十分の一のスピードでしか年を取らないバンパイアだから多少の時間など大した話ではない。
でも、だからこそ余計に。
待たされる側からすれば、途方もないのだ。

「エラ、そう気を落とすな。ラーテンが生きているとわかっただけでも進歩じゃないか」
「そうだけど・・・・・・・・・」

カーダが宥めるがエラは沈んだままだ。
その様子を見、伝言を伝えるべきか逡巡する。
伝えたところで好転などしない。
寧ろ悪転するばかりだ。
そんな言葉を伝える必要が本当にあるのだろうか。

(えぇいっ!俺が知るか!)

俺はただ、受け取ったから伝えるだけだ。
その後の責任はラーテン!
お前が自分で取れよなっ!

「エラ。ラーテンから伝言だ」
「・・・・・・何よ・・・・・・」
「『心配掛けてすまなかった。元気でやっている』・・・だとよ」

瞬間、エラの目が見開かれた。
視線は地面へと落ち、肩が震え出す。

「何よ・・・・それ・・・・・・そんなこと、自分で言いにきなさいよ・・・バカっ・・・・・・」

泣いているのか、笑っているのか。
傍から見ている俺たちにもわからない。
どう声を掛けたらいいものか、カーダと顔を見合わせる。

「ガブナーっ!」
「お、おぅっ!?」

唐突に名を呼ばれ、本能が察知した危機感からか叫ぶように応えた。

「・・・・・・あんた、また旅に出るんでしょう?」
「あ・・・あぁ・・・バンパイア将軍になるためにも功績を立てないといけないしな」
「だったらあの人に伝えなさい。『あんたの心配なんてしてないわよ!バカ!!』ってね」
「おいちょっと待てよ!?ラーテンの居場所なんて分からないんだぞ?あいつだって一年以上も同じところに居座っているわけもないだろうし!」
「だったら探しなさいよ!どうせ行く当てもない旅なんでしょ?」
「確かに当てなんてねーけど、お前が勝手に決めるなよ!?」
「ごちゃごちゃうるさいわね!殴られたいの!?」

本気で拳を振り上げられたらそりゃぁ逃げるしかない。
遠くではカーダが俺たちのやりとりを傍観していた。
くそっ!あいつさっさと自分だけ逃げやがったな?

「エラが元気になって良かったじゃないか!頑張れよ!」

だなんてまるで他人事のように言ってくれやがる。

「ほらっ!さっさと行きなさい!」
「なっ!?俺は今帰ってきたばかり何だぞ!?」
「そんなの知らないわよ!」
「ははは。ガブナー諦めろ。エラは一度言い出したら聞く耳なんて持たないぞ」
「爽やかに笑って言うことか!?加勢しろっ!」
「そんな穏やかじゃない事に俺が首を突っ込むとでも思うか?」

あぁ思わねえよ!
思わねぇけど、振りぐらいして見せろっ!!

結局、俺は念願のコウモリのスープを飲むこともできずに、無理矢理バンパイアマウンテンを追い出された。
メッセージを伝えるまで帰ってくるなとの命令付きで。
まったく・・・・・・不味いコウモリのスープがどんどん恋しくなっていきやがる。
しょうがねえ。
行くか・・・・・。

とぼとぼと。
寂しそうな背中を晒しながらガブナーは行く!
西へ東へ奔走し。
行方もわからない相手を捜してひた走る。
昨日が北なら今日は南へ。
いつ終わるともしれない使命を抱えさせられ走り行く。
さあ行けガブナー!
そら行けガブナー!
お前の持ち帰るメッセージを待っている人がいる限り!




走れメッセンジャー






22222打オーバー御礼リク、「ガブナー+クレプスリー+エラ」でした。

まだダレンが手下になる前のお話です。

この頃は皆で和気藹々とおもしろおかしく過ごしていたんだろうなぁって思ってます。

ガブナーは一番年下だからパシリ代わりに使われていたと予想。

力関係は、エラ>>(越えられない壁)>クレ=カダ>>>>ガブと踏んでいます。

エラ最強伝説w

リクエストありがとうございました!

2010/10/24





※こちらの背景は clef/ななかまど 様 よりお借りしています。




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