家族があった。
父が居て、母が居て、そして兄妹が居て。
どこにでもあるごく普通の光景。
物珍しさなどどこにもない、ありふれた家族。
毎日毎日、同じことの繰り返し。
際だった事象もなく、過ぎていく。
それが幸せか不幸せかもわからぬ位、ごくごく当たり前に過ぎていく。
壊れるのは、いつだって突然。
前触れもなく、突如としてきっけが降り注ぎ、瞬きするほどの時間で世界を一変させる。
(いや、前触れはきっとあったに違いない・・・・・・)
前触れはきっと何度もあった。
心の奥底に、そういった感情はいつだって息を潜めていた。
無から有は生まれない。
無から突如として生まれたように感じたとしても、それは表在化していなかったというだけ。
確かにそこには、存在していたのだ。
思考は退屈の破壊を望む一方、本能は不変を切望する。
頭の中では常にそんなせめぎあいが行われていたのだろう。
じわりじわりと喚起する変化の予兆を感じ取っては、本能はそいつを殺す。
自分の意図しないところで。
自分にすら気づかせない巧妙さで。
まるで『そんなものは持っていない』とでも言い聞かせるように、偽善の皮を被って予兆を殺す。
殺しきれずに予兆が確かな形を持ってしまったとき、決壊したダムから放出される水の勢いで自身を変質させる。
結果、自身の変質は他者をも変質させ、決して取り返しのつかない道へと導かれる。
自身が望むか望まざるかなど関係なく、そういう風になっていく。
救いの選択肢などもはや残されない。
何を選ぼうとも、待つのは地獄。
我が輩も、少年も。
嫌と言うほど知っている。
決して消えることない傷を伴って、それらの選択肢を選びとって、今ここにいる。
涙も出なくなるほどに嘆いた夜もある。
誰にもぶつけられぬ感情を、ただただ自分に返しては咽び泣いた夜もある。
八つ当たりとわかっていて、それでも誰かに縋らなくては保てなかった夜もある。
そこまでわかっていて。
そこまで理解していて。
そこまで痛感していて。
(どうして求めることなど出来ようか・・・・・・)
この思考は危険だ。
本能に従え。
行ってはいけない。
あるのは破滅だ。
見せかけの平穏に、見かけ倒しの幸福に騙されてはならぬ。
ソイツは不幸しかもたらさない。
誰も、幸せになど導かない。
わかっている。
わかっている。
例え求められようと、我が輩はそれを断固として拒絶しよう。
(それがいいに決まっている。これまでも、そうしてきたじゃないか)
思考の中にちらつくソレを振り払う。
なおもしつこくこびり付くソレが忌々しい。
「いい加減にしろ」
思わず声出す。
「我が輩は、家族ごっこなどせんのだ」
言い聞かせる。
「我が輩は、あいつの憎しみの対象で居ればそれでいい」
自分の思考を、言葉で制圧する。
「父親になど、なれるわけがない」
唇で感じる振動が。
耳が捉える響きが。
徹底的に思考を抑え込む。
「あいつは、我が輩に求めたりせん」
何度でも、何度でも、言い聞かせる。
淡い期待を抱こうとすら思えなくなるくらいに。
徹底的に自分を洗脳する。
「我が輩が、あいつから家族を奪った」
贖罪など求めない。
許しなど、乞うつもりもない。
罪を被る。
誰もが許そうと、我が輩だけは我が輩を許しはしない。
「我が輩が応えれば、間違いなく『運命』があざ笑って壊していく」
多くのものを失った。
本能が負けたばっかりに、己の中に巣くうおぞましい思考が多くの命を奪っていった。
「二度と」
彼らの墓前に誓おう。
「二度と、誰かを愛したりなどせん」
荒廃した古い屋敷で目に留まったダイニングテーブル。
大きな円卓を取り囲むように4脚並べてあった。
生前はここで談笑でもしながら食事を取ったのだろうか。
一際立派な作りのものが、入り口の対角に配置されている。
おそらく家長の席であろう。
今の我が輩には、もっとも縁遠い場所。
決して望んではならない、場所だった。
椅子
(その場所に、我が輩は座らない)
クレプ伝説を読んでから改めて考えると、
ラーテンは愛することとか、誰かを大切に思うことに対して酷く臆病になっているのではないか、と感じた。
ダレンの感情が氷解し、隔たりが無くなれば無くなるほど、
『愛してはいけない』と自分に自制を掛けていたように思えてきた。
だからダレン本編にはクレプスリーの直接的なデレが表記されてないんじゃなかろうか。
自分が愛した者達が辿った道を辿らせてしまう恐怖が、
ラーテンにそうさせていたのかなぁ。
2012/06/18
※こちらの背景はSweety/Honey 様より、
赤師弟30のお題は赤師弟同盟 様
よりお借りしています。