日が落ちたのを体内時計が感じ取り、我が輩は目を覚ます。
体を持ち上げれば、水平線の遙か彼方で太陽が最後の一光を放ち消えていったところだった。
体を伸ばす。
野宿続きで体が痛い。
そろそろ棺桶のベッドが恋しくなってきた。

とは言っても、棺桶などそうそうその辺に転がっているものでもないし、しばらくはお預けの日々が続くだろう。
こればかりはどうしようもない。
せめて今晩は、陰気臭い廃墟を探してそこで寝ることにしよう。

そう心の中で思ったところで、変調に気づく。

普段なら先に起きて朝食の準備をしている手下の姿がない。
どこかに食料の調達にでも出たのだろうか?
それにしても、火も焚いていないではないか。
日の沈んだ後の森の中は暗闇に満たされつつあった。
仕方なしに手探りで荷物を引き寄せ、火打ち石で枯れ草に点火する。
乾いた草はすぐに大きな火となり、昨夜の焚き火の残りにそれほどかからずに熱が移った。
立ち上る炎の中でパチン、と木々がはぜる。
暗くなった森の中を照らし出す。

「あやつめ・・・・・・どこ行きおった」

はみ出した木の枝を足で炎の中に押し戻しながら、姿の見えない手下を思う。

「・・・・・・逃げた、か・・・・・・?」

可能性としては否定できない。
少年は未だバンパイアである自分を認められていない。
人の血を飲むことに極度の抵抗を示している。
血を飲んで化け物になるくらいなら、死んだ方がマシだとも言った。
とうとう我が輩と行動を共にすることが嫌になって、我が火が寝ている間に逃げ出したのかもしれない。

「・・・・・・いや、そんなことはあるまい・・・・・・」

少年は否定こそしているが、本当はわかっているはずだ。
自身も既に、少年の言う『化け物』の仲間になっていると。
あれほどの聡明さを持っている少年がわかっていないはずがない。
わかっているからこそ、否定しているだけなのだ。
聡明で有ればこそ、我が輩からまだ離れられないと悟っていることだろう。
バンパイアとしての生き方を学ぶまで、我が輩から離れるのはリスクが大きすぎる。

それに。

「我が輩に何の手出しもせずに逃げ出すこともなかろう」

少年は我が輩を恨んでいる。
憎んでいると言ってもいい。
親友の命を奪い掛け、人間としての少年を殺し、家族から引き離した我が輩のことを、少年は心底憎んでいる。
常に報復の機会を望んでいる。
死を覚悟し、我が輩の元を離れる決意を固めたのならば、差し違える心積もりで我が輩の命を狙ってくるはずだ。
痕跡を残さずに消える、なんておしとやかな性格じゃあない。

「となると、あやつはどこに行ったのか・・・・・・」

心当たりが無さ過ぎて首を捻る。
辺りを見回した。
近くにいるのか?
闇は一層濃くなり、生き物の気配そのものが薄い。
だが近くにいるはずなのだ。
少年はまだ、我が輩から離れられないのだから。
注意深くもう一度辺りを見回す。
明かりの届くか届かないかの境で、草木が揺れた。
足音を殺して近づく。

「・・・・・・こんなところで何をしていおるのだ・・・・・・」

少年は木の陰に隠れるように、身を小さく丸めて眠りについていた。
我が輩の近くで休むことが嫌だったのだろう。
だからこうして、ギリギリの距離を保っているに違いない。
今は相当深い眠りについているのか、我が輩が近づいたことにも気づいていないようだ。
我が輩でも連日の野宿に節々が痛くなっている。
ついこの間まで、柔らかなベッドに身を横たえていた少年には相当堪えていておかしくない。

よくよく見れば、目尻から頬を何かが伝った痕がある。
時折、苦しそうな声も上がった。

悪い夢を見ているのだろうか。
苦しそうに呻く。
眉間に皺が寄る。

汗で張り付いた黒い髪をかき揚げた。
髪の中までぐっしょりと濡れている。
我が輩が気づいたのは今さっきだが、きっともう何時間もうなされていたに違いない。
だが、我が輩には何も出来ない。
何故なら・・・・・・。

「気の済むまで眠れ・・・・・・」

少年に待っているのは、寝ても覚めても悪夢でしかないのだから。
せめて夢なら、終わりが来る。
現実からは誰も逃げられないから。
今は、眠り続ければいい。




(そうさせたのは、我が輩だ)






1〜2巻の間くらい?

ダレン視点で書かれる本編は恨み、嫌悪感が全面に押し出されるけど、

実際はこうして泣いたりうなされたりってのが多かったんじゃないかなーって。

それにクレプスリーが気づかないはずがない。

ダレンがうなされている間側にいて、

目を覚ましそうになると慌てて距離をとって今起きました、みたいな体を装っていたんじゃないかなーって。

寄り添っていてくれる人が居たことを、ダレンだけが知らないのさ。

2012/06/07





※こちらの背景はSweety/Honey 様より、
赤師弟30のお題は赤師弟同盟 様 よりお借りしています。




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