眼前の古い劇場をつと見上げて、なんとなく重苦しい気分になった。
きっとそれは劇場の雰囲気とかそういう類のものではなくて。
純粋に良い思い出が無いからだろう。
「ねぇ・・・・ここに泊まるの?」
「そうだ」
「別のとこにしようよ」
「もうすぐ日が昇る。近くに日光を避けられそうなところも他には無い。諦めろ」
袖を引く僕の手を軽く振り払ってクレプスリーは古びれた劇場のドアノブに手を掛けた。
どうやら人が入らなくなってから相当の年月が経っているらしい。
建付けがかなり悪く、軽く引いただけでは開きそうにも無かった。
かといって力いっぱいこめたら今度はドアの方が壊れてしまいそうになる。
「ほら、ここには入るなってことなんだよ」
「そんなわけがあるか。ただ単に古いだけだ。なんなら扉を壊してしまっても構わんだろう。奥まで入れば日は防げる」
「そこまでして中に入らなくてもいいじゃん」
他に日を避けられるところは無い、なんて言うけどそんなのは嘘だ。
少し戻ったところに大きな木の根の洞があるのを僕は見た。
確かに建物の中ほど日は避けられないだろうけど、死ぬほどじゃない。
無理に入らなくってもあそこで十分なのはクレプスリーだってわかっているはずだ。
なのに頑としてあんたはココで昼を明かすことを譲らない。
まるであんたはこの劇場に固執しているみたいだ。
「・・・・・なに?この劇場になんかあるの?」
「・・・・・何故そんなことを聞く」
「あんたが固執しているから」
「別にそうじゃない。ただより日を避けられるところがあるならそちらを取りたいだけだ」
「どうだか」
もとより明確な答えが返ってくることなど期待していなかった。
あまりにも一遍通りな返答に辟易しながら僕はぶすりと顔をむくれさせてそっぽを向く。
「お前こそ此処を拒否しておるようだが、何かあるのではないか?」
「別に」
「ならどうして頑なに拒否する」
「・・・・・ただココが嫌なだけだよ」
「その理由を聞いておる」
なおも開かない扉と格闘しながら、こちらを振り返りもしないでクレプスリーが聞いてくる。
「・・・・・・大方、思い出したくないんだろう・・・・?」
「・・・・・何を?」
クレプスリーの言わんとすることはわかったけれど、敢えてわからないフリをしてやった。
そんな態度を知ってか知らずか、はたまた気にも止めずにか、クレプスリーは続ける。
「特に此処は、あの劇場と造りが似ているからな。否が応でもあの日のことを思い出させる」
「・・・・・・・・・」
「親友と思っていた者の心内を知り、人生を大きく狂わせる過ちを犯し、そして―――お前が人間では無くなった場所だ。何も感じない方がおかしい」
「・・・忘れたよ・・・・そんな昔のこと・・・・」
「そんな簡単に忘れられるものか」
忘れられるわけが無いのだ・・・・・、とまるで自分自身に言い聞かせるようにクレプスリーが言う。
だから、嫌なんだ。
あんたがそんな風になるから、僕はこの場所が嫌だったんだ。
そんな風に嫌悪していた時期は、とっくの昔に終わっているのに。
あんただけは一人、自責の念から解放もされずに戒め続ける。
あんたを恨んだことは確かにあった。
でもそれは過ぎた話。
もう、終わったのだ。
あんたのことはもう憎んでいないよ、そう告げようとした時。
ミシミシと鈍い音を立てて扉が開かれた。
ぽっかりと開いた暗い室内。
陰湿な空気で満たされていた腹の内をさらけ出すようにどんより漏れ出。
代わりに朝の澄んだ空気がさぁっ、と吹き込んでいった。
この扉のように、あんたもいつか解放されればいいのに・・・・・・。
そんな日が来るのかどうかも定かではなかったが、僕は思わずにはいられなかった。
憎い人、憎い場所
(ずっと昔の話じゃないか)
時間軸が自分でもわからない。
とにもかくにも古い劇場は二人にとってタブーポイント。
主にクレプスリーが一人悶々とするよ。
そんなクレプスリーを見るのが嫌で、ダレンも嫌いなんだ。
でもクレプスリーは己の過ちを忘れないために、古い劇場を見るたびにそこで一泊するんだぜ。きっと。
まったく面倒臭いおっさんだぜ。だが愛してる。
2010/08/20
※こちらの背景はSweety/Honey 様より、
赤師弟30のお題は赤師弟同盟 様
よりお借りしています。