初めてそこに納まった時、僕はそれの蓋の裏しか見ていない。
当たり前だ。
僕は『死んでいた』のだから。
正確には本当に死んでいたわけではない。
死んだ振りをして、薬を使って心臓の鼓動を出来うる限り抑えていただけだ。
もっとも、振りをしているだけとはいえ『死んでいる』のだから目なんて開けてはいられない。そんな状態だったら大問題だ。
埋葬が終わって地中深くに埋められてからまるで永遠とも思えるくらい長い時間、しかし実際にはわずか数時間の間、僕はそれを眺めていた。
身体は上手く動かないし、中にはいろんなものが納めてあったから迂闊に動けなかったのだ。
どうやっても視線はそこにしか向けられない。
だから僕はそれをぼんやりと眺めた。
何で僕はこんなところにいるんだろうって思いながら。
真っ暗で、目を開けているのか開けていないのかもわからない。
明かりもなくてどんな装丁なのかもわからなかったけれど、僕は眼前のそれにどうやっても好意的な感情を向けることが出来なかった。
この入れ物は多くの人に涙を流させる。
多分、それが好意を向けられない一番の理由だ。
だからだろうか、僕にはあんたがそれを好む理由が理解できなかった。
どうしてこんなところに納まりたがるのだろうか?
狭くて寝返りもろくにうてないような空間。
第一、これはそもそもそんな使い方をするものではないのだ。
生きているものが入る場所じゃない。
シルク・ド・フリークに戻ってから、久方ぶりに彼の愛用していたそれを見た。
使うものがいなくなって久しいというのに、丁寧に保管されていた。
今となってはそこに納まる人物はもう居ないのに、そいつは辛抱強く主の帰りを待っていた。
「もうお前の役目はないよ」
埃一つ積もっていない蓋を撫でる。
「あの人は、もう帰ってこないんだから」
蓋の縁に手掛ける。
少しだけ力を加えてやると、キィ・・・・っと哀しげに鳴いた。
「泣くなよ」
もう少しだけ力を加える。
ギィ・・・・と、やっぱり帰らぬ主を想って、鳴いた。
そいつが腹の中に抱える特有の陰湿な空気が僕の肺に入る。
そう、この空気。
何かがなかにあるわけではない。
それ何にどうしてかココには特殊な空気が漂う。
僕はこれがあるからお前が嫌いなんだよ。
どうやったって人を感傷的にさせる。
思い出したくないことも思い出させる。
「やっぱり、お前は嫌いだよ」
内部に張られた布地に手を這わせる。
あるわけもない、あの人の温もりを求めるかのように。
返ってくるのは、長らく人を受け入れていない冷たい感触。
心を凍えさせるような、寂しい感触。
わかっていた。
あるわけがないと、初めからわかっていた。
わかっていたのに、僕はその中に身体を納める。
やっぱり、そこは凍えるように寒い。
あの人がそうしていたように身体を納めても、やはり僕は主にはなれないようでどうにも納まりがつかない。
「・・・・・・・嫌いだ・・・・・・」
お前は人に涙ばかり流させるから。
あの日は僕の家族・友達に。
そして、今は僕自身に。
冷たい雫が、ぽたりぽたりと落ちては吸い込まれていった。
棺
(きっと、一生好きになれない)
10巻でダレンが泣ける様になって以降のお話。
沢山泣いたと表記されていたので、きっとこいつの傍でも泣いたと思うんだ。
2010/07/21
※こちらの背景はSweety/Honey 様より、
赤師弟30のお題は赤師弟同盟 様
よりお借りしています。