一人夜道を歩く。
生き物が寝静まった夜半だ。
僕のような、パッと見お子様にしか見えない人間は出歩く時間じゃない。

そう、人間なら―――


自業自得ともいえる経緯の果て、僕はバンパイアの血を流し込まれている。
まだ完全なバンパイアではない。
半分人間で、半分だけがバンパイアだ。
見た目はこれまでとほとんど変わらない。
でもそこらの大人より力はある。
それに過信しているわけではないが、こんな時間に一人で歩いても怖いとは微塵も思わない。
襲われても自分で撃退するだけの力が僕にはある。

だから僕は一人でも平気だった。
むしろ一人になりたかった。


ミスタートールに言われて、僕は街にチラシ配りに出ていた。
もちろん明後日執り行われるシルク・ド・フリークの宣伝チラシだ。
普段僕は半バンパイアの力を買われて、ショーの大道具準備を手伝うことがほとんどだった。
たまに思い出したようにチラシ配りを命じられることもあった。
始めこそ困惑したが、店の明かりの落ち始めた裏路地を覗いてみればその理由は明白だった。
そういう街は、若者のたむろしている率が高いのだ。
僕よりも少し年上くらいの、いわゆる不良と評されるものたちがそこかしこにいる。
そういう粋がった奴らに、僕のようなチビが『あんたたちには無理かもね』なんてけしかけてやれば、ハイ!ご一行様ご案内ってなわけ。
まったくもってトールは人選が上手い。

さて、だからといって四六時中声を掛けているわけではない。
僕らのフリークショーは違法行為とされているので、あんまりおおぴらには出来ない。
だからそこそこ声を掛ける相手を見抜かないといけない。
べらべらと口が軽そうなやつはダメ。
警察も不良の言い分なんてそう簡単には聞き入れないだろうけど、目をつけられる可能性は十分にある。
出来るならばそのようなリスクは回避したいところだ。
どちらかといえば思慮深そうな、それでいて安寧とした生活に辟易していそうな、そんな奴らを探さなくてはならない。
建物の上に登ったり、物陰から様子を窺ったり。
そういうことをしている時間のほうがはるかに長い。

なのでこのチラシ配りは、一人の時間を堪能できる貴重な時間なのだ。
シルク・ド・フリークには沢山の人がいるからなかなかそんな時間は取れない。
特に僕は同世代の蛇少年・エブラと同じテントを共有しているからなおさら。
別に誰かと一緒にいることが嫌ではない。むしろ楽しいと思う。
だけれども時々、故郷に置いてきた家族の事を思い出して無性に泣きたくなったりする。
そういう時、トールは見計らったように一人になれる仕事をくれる。
仕事は勿論きちんとこなすけれど、多少手を抜いてもばれないような仕事を。
トールには感謝しても仕切れないや。

この場にいない人に対して胸中で謝辞を述べると、僕はごしごしと目元を拭った。
時計を確認すると長針がぐるり一回りしていた。
どうやら思った以上の時間ここで泣いていたらしい。
さて、そろそろ何組かのグループに声を掛けて戻るとしよう。
今まで腰を下ろしていたビルの屋上の縁から立ち上がる。
うん!と背伸びをすると気分がスッと晴れていることを自覚できた。
よし。これで大丈夫。また明日から元気に仕事が出来るぞ!

「だから心配しないでね?」

誰にともなく、僕は言う。
振り返りもせずに、虚空に向けて言葉を放つ。
返事を返すものはいない。
少しの間の沈黙。
やや間があって―――

「・・・・・偶然だな、ダレン。ちょうど我輩も血を飲みにきていたところで・・・・」

尻切れトンボにごにょごにょと口を開きながら、赤い影が背後の物陰から姿を現した。
鼻の頭をぽりぽりと掻いて、視線はあちらこちらに落ち着かない。
明らかに不自然なタイミングで現れた男を見て、僕は苦笑するしかなかった。

あんたは確かに僕の人生を大きく変えた犯人。
恨み言を言って、ぶん殴ってやりたい。
でも・・・・・・・

(どうやっても、あんたを突き放すことが出来ないんだろうな)

そう、何の根拠もなく思ったんだ。



どうして
(あんたの優しさはそんなにも不器用なんだろう)






ダレンがクレプスリーをきちんと師と認める前のお話。

クレプスリーは心配性なくせに面と向かって優しくすることが至極苦手なイメージ。

下手な嘘をつきながら、不器用に少しずつ寄り添っていく過程が好き。

2010/07/20




※こちらの背景はSweety/Honey 様より、
赤師弟30のお題は赤師弟同盟 様 よりお借りしています。




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