クレプスリーは普段、僕のことを「ダレン」と呼んだ。
僕もそれが嫌じゃなかった。
たまに、「シャン君」と呼ばれることがある。
そういう時は決まって僕のことを暗にたしなめようとしている時だって気がついたのはずっと後のこと。
ちょっと溜め息混じりに、まったく仕方のない奴だ、なんてこれ見よがしに零すんだ。
少しだけ他人行儀になったような呼び方に歯がゆいような、こそばゆいような感覚が付き纏った。
決して嫌ではなかった。
むしろ、好きだった。
僕のことをそんな風に呼ぶ人は他に居なかったから、僕があんたにとっての特別な存在になったように思えたんだ。
だからかな?
僕もあんたのことをずっと「クレプスリー」って呼び続けた。
皆が「ラーテン」って親しそうに呼ぶのを羨ましく思いながら、それでも僕だけは、あんたの名前を呼ぶ特別な存在でいたかったから。
□■□
「クレプスリー」
「何だね、シャン君?ニヤニヤ笑って気持ちが悪い」
「気持ちが悪いとはずいぶんな物言いだね?」
「本当のことを言って何が悪い。またろくでもないことを考えていたんだろうが」
「ろくでもないことじゃないよ。どうやってクレプスリーをいじって遊ぼうか考えてただけだもん」
「それをろくでもないと言うんだ」
それからうっとおしがるクレプスリーに抱きついて、飽きるまで「クレプスリー」と名前を呼び続ける。
何度も。
何度も。
はじめは「うるさい」なんて文句を言っていたけれど、次第に何も言わなくなって。
それでもあきらめずに名前を呼び続ければ
「わかったから、少し静かにしておれ」
とうとう根負けしてクレプスリーが折れるんだ。
「少し、っていつまで?」
「我輩が眠りから覚めるまで」
「そんなに待ってられないよ」
第一あんたが目を覚ますのは日が沈む頃じゃないか。
今はまだ日が出たばかり。
一体何時間待たせるつもりだ。
「これでもやるから街にでも遊びに行って来い」
「そうやってお金だけを渡して育てられた子供は、愛を知らずにどんどん非行の道へと走っていくんだよ」
「シャン君、お前はバンパイアになってから何年だ?子供という歳でもなかろう」
「そりゃそうだ」
握り締めた財布をポケットに押し込んではにかんで見せた。
僕はもう子供じゃない。
一人でだって、大丈夫。
「おやすみ、クレプスリー」
「あぁ、おやすみ。シャン君。人様の迷惑になることはするなよ」
「子供じゃないって言ったり、子供扱いしたり、どっちだよ」
「さぁな」
まぶしい朝日を避けるように、頭まですっぽり布団に包まってしまったクレプスリーの姿に嘆息しながらも、内心ドキドキしていた。
こうやってわざと手の掛かることをした時、沢山呼んでくれるのが嬉しかった。
仕方ないからこれ以駄々をこねるのは辞めてやろう。
続きはまた日が暮れて、この人が目を覚ましてからだ。
「おやすみ、クレプスリー」
早々に寝息を立て始めたクレプスリーの睡眠を邪魔しないよう、小さな声でもう一度おやすみを唱え、静かに部屋を後にした。
□■□
「クレプスリー、夜だよ」
「クレプスリー、起きる時間だよ?」
「目を覚ますまで待ってろって言ったのはあんただろ?」
「いつまで寝てるんだよ」
「起きてよ」
「お願いだから」
「ねぇ、クレプスリー」
「クレプスリー」
「クレプスリー」
うるさいって叱ってよ。
生意気だって窘めてよ。
僕の名前を、呼んでよ。
いつもの声で。
いつものように。
ちょっと溜め息混じりに、仕方のない奴だ、なんて笑いながら、言ってよ。
シャン君よ
(もう望んでも、答えてくれる人はいない)
お題一発目から暗いってどういうことだろう^^;
9巻終了後ダレンが昔を思い出した、って感じのお話でした。
2010/06/26
※こちらの背景はSweety/Honey 様より、
赤師弟30のお題は赤師弟同盟 様
よりお借りしています。