(・・・っ!!!っ・・・・・はっ!はっっ!!どこ!?どこにいるの!?)
がむしゃらに走り回ったところで見つかるわけが無いことは分かっている。
それでも僕は走り出さずにはいられなかった。
At the promise
僕が20歳の誕生日を迎えた夜。
忘れもしない、あのサーカスで見た長身の男が姿を現した。
彼は自ら名乗ることはしなかったが、僕の脳みそはしっかりと記憶していた。
シルク・ド・フリークのオーナー、ミスタートール。
彼は言った。
「他でもない“君”との約束を果たしに来た」
■■■ ■■■
家族とのパーティーを終え、膨れたお腹をさすりながら自室に戻った。
今日は本当に豪華な食事だった。
どれもこれも僕の好きなものばかりだったし、プライマリー時代からの友人(悪友?)も呼んでそれはにぎやかなパーティーになった。
それぞれが持ってきてくれたプレゼントも目を見張るものばかりで飛び上がって喜んだくらいだ。
さすがは僕の趣味をよく理解してくれている友人達。
クモの展覧会の入場チケットは当日まで額に入れて飾っておくことにしよう。
誰から見てもホクホクの笑顔で友人を見送り、片付けくらいは手伝おうと台所に立ち寄ったところ、
「主役はそのままお部屋にお戻りくださいな。王様のお手を煩わせるわけにはいきませんわ」
なんて、妹のアニーに言われてしまったものだから申し訳ないと思いつつ、素直にその好意に甘えることにしたというわけだ。
自室の扉をくぐると貰ったプレゼントを机の上に置き、ベットに頭から突っ込んだ。
「・・・・・楽しかったぁ・・・・・・・・」
文句なしに最高のバースディだ。
念願の展覧会にはいけるし(列車のチケットまでつけてくれるなんて太っ腹だ)、欲しかった自分専用のパソコンも貰った。
書き味が抜群にいいという万年筆でこの感動を早く日記に書き留めなくちゃ。
でも
(・・・・・・何か足りない・・・・・・気がする・・・・)
こんなに幸せなのに。
こんなにも最高なひと時を過ごしたのに。
何かがかけているような、そんな虚無感。
何か、はわからない。
けれども何かがないことだけはわかっている。
一体何が・・・・・・。
答えも出ず、もやもやとしたものが頭を駆け巡る。
前にもこんな風に悩んだことがあった気がする。
・・・・・・・そうだ、『タナバタ』だ。
あの時も今と同じようにもやもやとした気持ちが渦巻いていた。
結局、あの年初めて短冊を下げてからというもの謎の願い事に悩まされることはなくなった。
だからといって願いが叶ったわけではないのだけれど。
少なくとも己の奇行に悩まされる事が無くなっただけでも心の重荷は軽くなった。
しかし今回はきっかけすらわからない。
(・・・・八方塞か・・・・・・)
のっそり、緩慢な動きで突っ伏したままの身体を起こした。
悩んだって解決しないことはわかっている。
何に悩んでいるのかすらわからないのだから。
なら僕は一体どうしたらいいのだろうか。
わからずに、せめてこの鬱々とした気分だけでも入れ替えようと窓を大きく開けた。
ひゅう、と心地よい風が頬を撫ぜる。
どうせならこのもやもやごと全部空に返してくれたらいいのに、なんて思いながら部屋の中に向き直る。
「・・・・・・・・へ・・・・・・」
「久しぶりだな。ダレン・シャン」
「な・・・・ちょ・・・あんた一体どこから・・・・・!?」
「他でもない“君”との約束を果たしに来た」
昔見たままの姿と寸分たがわない格好で彼はそこに立っていた。
先ほど僕が入ってきた扉の前。
あたかもずっと前からそこにいたかのような自然さで。
ミスタートールはそこに立っていた。
普通なら大声の一つも上げて助けを呼ぶところなのだろう。
しかし僕はなぜかそうはしなかった。
今日ココで、こうして彼と対峙する事を予感していたわけではないけれど、彼と話をしなければいけない気がしたのだ。
「・・・・・あんた・・・・ミスタートールだよね・・・。シルク・ド・フリークの」
「何年ぶりかね?君に逢うのは」
「10年ぶりくらいじゃない?あのころはまだ僕はこんなちんちくりんだったでしょ」
「そうだな。だが小さいながらに勇敢な心の持ち主だった」
「無鉄砲で先を省みることが出来なかっただけさ」
「いや・・・・・君は聡明だったよ。あの時もこれからも」
「・・・・・・?」
少し遠くを眺めるようにしてトールは言った。
このときの僕にはわからなかったけれど、今思えば涙ぐんでいたのかもしれない。
トールはトレードマークともいえるシルクハットを目深に被りなおすと再び僕に向い直った。
「再会を喜びたいところだが、約束を果たすほうが先だな」
「やく・・・・・そく・・・?」
「君が信じる信じないは自由だ。だが“君”との約束だ。これは君が持たなくてはいけない」
「・・・・・っこれ!!」
差し出されたのは数冊の日記帳。
表紙に刻まれた『Darren Shan』の文字。
何よりも僕を驚かせたのは、そのうちの一冊が紛れもなく僕の机にある日記帳と同じものだったことだ。
「それは“君”のものだ。いつか時がきたら渡すように頼まれていたものだ」
「・・・・一体誰が・・・・」
「私の友人だ」
「・・・・・・・・・」
「私に聞きたいことは山ほどあるのだろうが、その答えは全てその中に記されているはずだ」
「・・・・・この中に知りたいことが・・・・・・」
「“彼”は、君ならきっと信じてくれると確信していた」
このもやもやの正体も、わかるだろうか?
あの短冊の意味も。
知るはずのない、記憶の断片の全貌が。
この中に、あるのだろうか。
「確かに渡したぞ」
「あ!待ってミスタートー・・・・・・・」
食い入るように見つめていた日記帳から顔を上げると、もうそこにはトールの姿はなかった。
残されたのはぼろぼろにくたびれた日記帳だけ。
だけども何故だろう。
ずっと、ずっと、この日を待っていた。
全てを知っているこの日記が届くのを心待ちにしていた。
そんな気がした。
■■■ ■■■
がむしゃらに走って、走って、走って。
ようやく僕の足は止まる。
どうして今ココにあの人は居てくれないのだろう。
僕がココに居るのに、どうしてあの人は居ないんだろう。
やっとわかったのに。
やっと知ったのに。
どうして僕は今一人で居るんだ。
知らぬうちに頬を伝っていた涙を拭う。
逢いたい。
逢いたい。
今すぐにでも。
逢って伝えたい。
貴方が好きだったと。
貴方と過ごせた15年間が幸せだったと。
貴方から最後に聴きたかった言葉は謝罪なんかじゃない。
そんな顔をさせたかったんじゃない。
ただ
あんたに笑って欲しかっただけなんだ・・・・・
「・・・・・クレプスリー・・・・・・あんたはどこに居るの・・・・・・?」
例のごとく12巻終了後ダレン少年です。
トールが日記を手渡すシーンの捏造。
日記の内容を信じたわけじゃないけれど、
これまでなんだか良くわからずにもやもやと渦巻いていたものの正体がわかって
妙に納得したんじゃなかろうかと。
そして気がついたらクレプスリーを求めて走り出してる。
そんなんが書きたかっただけ。
2009/08/16
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。