日暮れが近づき、自然と目が覚める。
カーテンの隙間から西日の残り火が見えた。
普段よりも30分ほど早くに目覚めたらしい。
蓄積した疲労が眠りを浅くしたのだろうか。
体中どこもかしこも気だるさを訴えてきたが、不思議ともう一度眠りにつこうという気にはならなかった。
元帥にして手下の少年──もう、少年という年でも見た目でもないが、我が輩にとってはいつまでも少年だ──はまだ目を覚ましていないだろう。
疲労を覚えてるのはお互い様だ。
ベッドから這い出し、簡単な朝食を自分で用意する。
最近はホテルに寝泊まりしているから、火を使わないで済む食料を常備していたはずだ。
荷物バッグを漁り、パンの入った包みを見つけた。
サンドウィッチにするのも面倒で、そのままかじることにした。
腰を掛けただけでギシリと嫌な音のするイスに腰掛け、カーテンの隙間から夕日を眺めた。

『あの夕日とラーテンの髪と、どっちが綺麗なオレンジかしら?』

遠い昔、そんなくだらない質問をした少女のことを思い出す。

『どちらでもかまわん』

ぶっきらぼうに答えると、少女はいたずらっぽく微笑む。

『綺麗なのは、間違いなく夕日の方よね』
『だったらいちいち聞くな。時間の無駄だ』
『でも──』

少女は背伸びして、我が輩の髪を一房梳いた。

『私が好きなのはこっちのオレンジよ?』

夕日を映したせいか、少女の顔は少し赤く見えたことを思い出す。

思えば、あの頃から少女は我が輩に好意を寄せていた。
いや、きっと、もっと前から。
出逢った時から。
出逢ってしまった時から。
少女は我が輩を想っていたのだろう。
我が輩に気づかれないのを承知の上で、密かに想いを抱えていたのだろう。

ふと。
荷物を再び漁りクッキーの包みを探った。
思い立って、窓辺にクッキーを添えてみる。
何の意味があるのかと言われたら、多分、意味はない。
というよりも、今となっては、意味をなさない。
我が輩の自己満足とか、そういう類のものだ。

受け取ってくれる少女は、すでにこの世の者ではないのだから。

一体我が輩は何をしてるのだろう、と。
今すべきは、こんなことではないはずなのに。
決戦の時は迫っている。
戦いに集中し、神経を尖らせなければいけないはずなのに。

「我が輩は・・・・・・何をしていたのだ・・・・・・」

もっと早くに気づいていれば、何かが変わったのではないかと後悔する。
何か一つについてではない。
これまでに起きた、すべてのことに関して、だ。
たった一つでも回避できていれば、こんな事態にはならなかったはずだ。
──だが。

(・・・・・・後悔・・・・・・?)

それこそ、今更過ぎる。
誰もそんな行為を望んではいない。
立ち止まって、うつむいて、それで誰が救われる?
過ぎ去った事象に捕らわれ続けることで、何が変わる?

「我が輩がするべきことは、そうではない」

いくつも積み重なった屍を踏みつけてでも、我が輩は前を向かなくてはならぬ。
我が輩に関わってしまったばっかりに命を落とした者達に恨まれてでも、我が輩は進まねばならぬ。

「それが、死者へのせめてもの手向けだ」

椅子の背もたれにひっかけてあった赤いコートに手を通す。
すでに、オレンジの光は地平線の向こうにすっかり姿を隠している。
街は夜に包まれた。
我が輩達、闇の生き物の時間だ。

「全部が終わったら、そっちへ行くよ」

だから大人しく、そこでクッキーでもかじって待っておれ。
このじゃじゃ馬娘。

隣の部屋で未だ寝こけているであろう少年を叩き起こすため、コネクトルームの扉をくぐる。
扉を閉める直前、窓辺で黒髪が揺れた気がした。
けれども、我が輩はあえてそれが本物かどうかを確かめる気はさらさらなかった。
そう遠くない時間の先に、少女に逢える気がしたからだ。







日没に揺れて







雰囲気のクレマロ。

時系列的には原作の7or8巻あたりかな?

9巻でラーテンがあっさり死を選ぶことが出来たのは

元よりそんな予測があったのではないかと。

そんな妄想も踏まえて。

黄昏時は不安定になって現れやすいとか聞いたことがあるようなないような・・・・・・どっちだったかな?



・・・・・・クッキー出して「ホワイトデーネタ」を豪語しようだなんて思って・・・・・・ましたすみません。

2012/03/14




※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




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