「これで……良かったのか……?」

暑さ和らぐ爽やかな風とは対照的に、陰りを潜めた声が背後からする。
歯を食いしばるようにして、己をぎりぎりの処で押し込めてくれているのは分かっていた。
だが。
俺は譲ることが出来なかった。
己の意志を。
己の覚悟を。
どうしても、貫きたかった。

「あぁ。当たり前だろう」

この結末は俺のエゴだ。
望んでいるのは俺だけで、お前は一度だって俺にそんな要求してこなかった。

「お前を守れたのなら、俺はそれでいい」

なんて台詞を言ってみる。
もちろん言葉に嘘偽りはない。本心だ。
だが、その本心の根っこがどこに起因しているのかを考えてみると、どうしようもないところに着地する。
たぶん俺はナルシストなんだ。
自己犠牲をこの世で一番尊い、美しい愛の形だと思ってしまっている。
そうじゃなけりゃ、ただの「ええかっこしい」か。
まぁそんな感じで俺の中に行動理由を求めると、結構残念なことになるからその辺りは言葉に直さないでおく。
誰だって、好きな奴には格好いいところだけ見せたいだろ?

もっとも。
お前が俺の姿を見ることなんて、あり得ないことなんだけどな。

俺たちは背中合わせの存在だ。
コインの裏と表のように、常に共にあるのに決して一緒にはなれない。
現実を罵倒したこともあった。
この世には神も仏もないのかと嘆いたこともある。
だが、どれだけわめき騒ぎ立てようとも、事実は変わらない。
俺たちは死ぬまで、いや、死んでもなお、互いの姿を認識することが出来ない関係を強いられている。

生まれたときから一緒で。
でも、姿を一目も見たことがない相手。
それがお前だ。

そんな相手を好きになるなんて、可笑しいだろうか?

可笑しくてもいいか。
お前の姿を死ぬまで見られないことが事実なのと同じように。
俺がお前を好きなこともまた事実なのだから。
変わることのない事実をあれこれ考えるのは時間の無駄だ。
俺たちに残された時間は、もう幾ばくもないのだから。

「もうすぐ、夏が終わるな……」

空に浮かぶ向日葵のような太陽を見上げる。
夏の間中ジリジリと肌を焼いた強烈な光線も、最近では少し柔らかさを帯びてきた。
あれだけ忌々しく思っていた日差しでも、こうして失われていくのを体感しているともの寂しさを覚えてしまう。
季節が移り変わろうとしているのが嫌が応にも感じてしまう。

「そんなこと、言うなよ……」
「仕方ないだろ。事実なんだから」
「それでもっ!」

お前の肩が揺れた。
怒りに身体を震わせているようだった。

「それでも、嫌なんだ……だって……」

身体だけじゃない。
声まで震えている。

「夏が終わったら、お前とはもう一緒にいられない……そんなのは、嫌なんだ……」
「一緒だよ。ずっと。お前が望んでくれるなら、俺はいつまでだってお前と一緒にいてやれる」
「だったらどうして、お前一人が請け負わなくちゃいけない!お前が僕の分まで代行しているから、お前の身体はそんなにボロボロなんじゃないか。僕が半分肩代わりすれば……いや、そうじゃない。本来俺が負うべきものを僕がきちんと請け負えば、一緒にいられる時間は倍になる。それくらい、お前だって分かっているだろ!?」

お前が声を荒げる。
お前の言い分も分かるよ。
長く一緒にいることを望むのであれば、その選択肢が最善だっただろう。

「……そうかもしれないけどさ」
「分かっているならっ!」

でもさ、俺ってナルシストだから。
ええかっこしいだから。

「好きな奴には怪我一つ、傷一つ負わせたくないって思う気持ちも分かってくれるだろ?」

一番馬鹿で、一番自分本位な選択肢を選んでしまうんだ。

「お前が無事なら、俺はそれでいい。俺の身体一つでお前を守れるなら、これ以上安い買い物はないさ」
「っ……馬鹿っ!」

お前の声が止む。
お前の代わりに、ミンミンゼミがやかましく鳴き出した。
季節が移り変わろうとしているのにご苦労なことだ。
一匹が鳴き出すと、次から次に輪唱が広がって、気が付けばフルオーケストラの大合奏。
耳を塞ぎたくなるほどの大音量で大一番の盛り上がりを迎えると、後は静寂に向けて走り出した。
最後の独奏を終え、オーケストラコンサートは終焉。
スタンディングオベーションは起こらない。
アンコールは取りやめ。
今日のコンサートはこれにて終了。
ふぅ、と息を吐いてみれば、滅多にない無音の瞬間。
その隙間を狙うように、お前はぽつりと言葉を漏らす。

「僕の気持ちも知らないで……僕だって、お前を守りたいのに……」
「残念だったな。良いところは全部俺が持って行かせて貰った」
「お前、本当最悪だ」
「最高の間違いだろ?」
「最悪だって言ってんだろ!」
「まぁ、もういいじゃねぇか。過ぎた話だろ」

そうだ。
もう、余命幾ばくかの話だ。
夏の終わりを告げ得る風が、俺たちを揺らす。
秋がすぐそこまで迫っていた。
別れの時は、近い。

軒先に掛けられた日除けの簾が、風に揺れる。
まるで軽口を叩いているかのように、ゆらり、ゆらり。
片面だけが日に焼けたその簾。
射すような日差しを一心に受けて表面はボロボロだ。
それでも、彼は己の仕事を全うする。
熱せられた空気を隙間から吐き出し、涼しい空気に置き換える。
屋内では新品同様の色を保った内面が、まるで不服だと言わんばかりにチリンと風鈴を鳴らした。





灰になって消えていく前に、ひと夏の恋をした。ver.簾





……どうしてこうなった!

簾(物理)コワい……ガタガタガタガタ

2014/3/17






※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様よりお借りしています。




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