「報告は以上になります」
「分かった。下がれ」
折り目正しく一礼をして辞する若きバンパイアとおざなりな態度で立ち去るバンパニーズの背中を見守りながらフゥと細い息を吐き出す。
バンパイアとバンパニーズの戦は終わった。
同族で血を流し合う時代は終結し、新たな時代が訪れ始めていた。
目指すべき一つの目的──運命を打破するために、我々は手を取り合うことを撰んだ。
「まさか、こんな時代が来るなんてな」
クソ生意気な半バンパイアと、志ばかりが高い若きバンパイアがここに居た頃には想像もできなかった。
そんな未来があるなんて、考えもしなかった。
今こうした時代に辿り着くまでに我々が払った代償は大きい。
勿論、バンパニーズも我々と同等、もしくはそれ以上の代償を支払ったのだから誰を恨むことも出来ない。
もしも恨むとするならば、時代の変革に対応出来なかった己の頑固な頭だろうか。
あの時の過ちを繰り返さないため、俺はバンパイアからもバンパニーズからも話を聞いた。
お互いがどう感じ、どう考えているのか。
歩み寄れる場所はないのか。
知るためにはとにかく話を聞かなくてはいけない。
力だけでは解決出来ないことがあると学んだ。
掟に縛られることなく、時には柔軟に掟を変えていく必要があることを学んだ。
バンパイアにもバンパニーズにも、学が無い者がいて、己の中にある感情を上手く言葉で表現出来ない者も多くいたが、幸いにも俺たちには時間がある。
それこそ、死ぬほど長い時間が。
ゆっくりと時間を掛けて、心の内をさらけ出せるまで話を聞いた。
繰り返す内に、俺は両種族の相談役のような存在になっていた。
俺はその役目を甘んじて受け入れた。
状況は刻々と変化する。
的確に事態を把握するため、情報の収集と統合は欠かせない。
これから先の戦を思えば必要になる役どころだった。
何も出来なかった過去に報いるため、未来に歩き出すその一端を担えるのであればこれほど嬉しいことはない。
しかし連日、いや、年単位で続けていれば流石に疲れも溜まる。
老いたとは思いたくないが、話を聞く時間を取られすぎて身体はなまっている気がした。
腕を回すとゴキリ鈍い音が響く。
首もすっかり凝り固まっていた。
もう一度溜息にも似た細い息を吐き出していると、ヒタリ地面を踏みしめる足音がした。
「ミッカー」
そいつは片足を僅かに引きずりながら酒瓶を片手に、もう一方に空のグラスを二つ持って歩み寄ってくる。
「酒でもどうだ」
「こういう時は血の樽でも持ってくるものだ。たわけめ」
「生憎だが、私は血を飲まないのでね」
血の代わりの赤い液体で満たしたグラスを差し出される。
ふむ。
血に勝るとは言わないまでも、それなりに良い品を持ってきたようだ。
香しい芳香はそれまですっかり忘れていた喉の渇きを唐突に呼び覚ます。
一息に杯を煽る。
喉から、食道から、胃から。
アルコールが香り立ち乾いた身体に染み渡る。
無言で空の杯を差し向けると再び赤い液体で中を満たした。
二杯目も同じように干したのを見届け、奴は己のグラスにもそそぎ入れ、ちびりちびりと舌を湿らす。
「最近はどうだ?」
バンパイア相手には社交辞令にもならない台詞で切り出す奴は愚かしい。
「最近もクソもない。俺の役目はそれぞれが持ち帰った報告を聞き取り、情報を取りまとめることだ。何も変わりはしないさ」
「貴方がこんな役目を率先して受け入れている段階で十分な確変だと私は思うが」
「俺がしなければ誰がするというのだ。バンチャはあの放浪癖でどこにいるのか分からない時さえある。アローは脳筋だ。パリスが亡くなった時俺は覚悟を決めたのさ。バンパイア側のブレーンを担えるのは俺しかいないとな」
「ブッ!?」
「何が可笑しい」
「いや、なんでもない」
なんでもないと言いながら、その小刻みに振るえる肩はなんのか説明してもらいたいものだな。
「言っておくが、俺はこんなやっかいごとを押しつけるために、お前を元帥にする事に賛成するつもりだったんだからな」
「おっと。文句は直接本人に言ってくれ。今の私はハーキャット。別の道を歩み始めた以上私とカーダは別の生き物だ」
「ややこしいことを。かつてお前があの若造だったことには変わりないだろうが」
「かつてはそうでも今は違う。私は私で、カーダは今もあの暗い湖の中だ」
そうだ。
あれは、あれの魂は精霊の湖に今も捕らわれたまま。
生まれ変わることも出来ず、ただ後悔に飲まれて漂うのみ。
前にも後ろにも進めず、停滞するだけの存在になった。
「……一番変革を求めていたのはあいつだろうに」
「人生とはままならないものだな。変革を求めた者は不変の場所に捕らわれ、不変を求めた者達は変革を押し進めなければいけなくなった」
「まったく、面倒ごとだけ残していきおって……」
鼻息を荒くに言うと「まぁまぁ」とご機嫌取りのように奴は再びグラスを満たす。
こんなもので買収できると思うなよ。
とはいえ、飲み下せば程良い酩酊感が心地よい。
注がれるままに杯を重ね、瓶の中身が空になる頃にはすっかり鼻息を荒くした理由を忘れていた。
「変わったな」
慣れ親しんだ元帥の間を見渡しながらポツリ零ぼす。
変わらない。
ここは何も変わらない。
タイニーによってもたらされたこの場所は我々の力を持ってしてもどうすることも出来なかった。
けれど確かに変わった。
時代の移り変わりと共に、変えていかなければいけなかった。
常に開かれたままの元帥の間の扉。
この扉はこれから先閉ざされることはない。
血の石はバンパイアだけに秘匿されるものではなく、誰でも自由に意志疎通のために使えるようにした。
共に運命にあらがう同志として、情報は即時に共有されなくてはならないからだ。
傍目に見たら小さな変化かもしれない。
たったそれっぽっちと思われるかもしれない。
が、俺たちにとっては根幹を揺るがしかねない大きな決断だった。
もちろん多くの反対の声が上がった。
長年争い続けたバンパニーズをそう簡単に信用していいのか、誰もが不安を抱いていた。
俺とて不安がなかったわけではない。
ただ、変わろうとしなければ何も変わらない。
このままでは多くの犠牲はただの無駄死にになってしまう。
許容してはいけない。
犠牲となった多くの魂に報いるため、反対の声一つ一つに俺は言葉を投げ掛けた。
「そうだな、変わったな。特にミッカー、お前は変わった」
「誰のせいだと思っている」
「私のせいだとうぬぼれてもいいのか?」
「お前はカーダではないのだろう」
「おっと、そうだったな」
変わりたかったわけではない。
寧ろ俺は変わりたくなかった。
あの頃の、あの時のどうしようもなく閉鎖的で平穏で幸せな時間の中で溺れていたかったとさえ思う。
そんなこと、死んでも言ってやるつもりはないが。
そこには居ないお前へ
もにかさんお誕生日おめでとうございます!
カダミカ所望していたようなので殴り書いてみました。
直接的にどうこうっていうよりも、二人はいつまでもどこまでのすれ違いで終わる完全プラトニック系かなって個人的には思います。
というわけで12巻終了後のハーキャットとミッカーでカーダのことを思い出す感じの話に相成りました。
なんとかお誕生日に間に合って良かった……って、お誕生日嘘かーーーーーい!!!
2012/8/30
※こちらの背景は
clef/ななかまど 様
よりお借りしています。