日が暮れ出すのが早くなってからと言うもの、ついうっかり早い時間に目が覚めてしまう。
時計を見ればまだ十七時になるかどうかという時間帯だった。

(サマータイムならぬ、ウインタータイムという奴だな)

なんてどうでもいいことを思いながらのっそりとベッドから抜け出す。
冬の訪れを予感させる冷たい空気が足下を通り過ぎた。
おぉ、冷える。
これは食事の前に暖かいものでも飲まねば。
本当を言えば人間の血が一番なのだが、そこまでの贅沢は言っていられない。
夜明けのコーヒーならぬ、夕暮れのコーヒーと洒落こむとしよう。

「すまん。悪いがコーヒーを・・・・・・」

言い掛けて、気が付く。
部屋は無人だった。
薄暗い部屋には人の気配はおろか、自分以外の体温すらなかった。

仕方なし、我が輩は最低限の調理道具が置かれている簡易キッチンへと足を向けた。
探すまでもなくコンロの上に置かれたままになっていたケトルを手に取り、適当に水を注ぎ、火にくべる。
さて、今注いだ水はどれくらいの時間をもってお湯へと変化するのだろうか。
久しく手下に任せていた行為なだけに見当が付かない。
が、どんなに早くても数分は掛かるはずだ。
ゆらゆらと揺れる青い炎を延々眺め続ける趣味も無く、我が輩はベッドサイドに足を戻した。
今の今まで身を横たえていたベッドを通り過ぎ、窓辺に置かれた古めかしいウッドチェアに腰掛ける。
ギシと鈍い音で鳴いたそれに眉をしかめた。
随分と使い込まれたこの椅子は、もう廃棄寸前といってもいいほどのものだ。

(せめて我が輩が座っている間くらいはもってくれよ?)

ささくれ立つ手置きを撫でながら、我が輩はガラス越しに往来を行き交う人をぼんやりと眺める。
その行為自体にさしたる意味はない。
主だった目的もなく、ただ眺める。
「あの男の血はまずそうだ」とか「最近はあんな奇抜な髪型があるのか」とか「子供が一人でこんな時間に出歩くな」とか。
取り留めのないことをぼんやりと考えながら、ぼんやりと眺める。

いつからかもわからないが、こうして人を眺めることが多くなった。
少し前まではあやつがこうしていた気がする。
あやつがどういうわけかやらなくなったから、今は代わりに、どういうわけか我が輩がやってる。
理由はわからない。
わからないが、やめることも出来ない。
あやつのことを理解したいと思ったのかもしれない。
何かを変えたいと思ったのかもしれない。
こうやって窓辺に座って。
こうやってぼんやりと外を眺めて。
そして。
そして。

「何を、考えていたんだろうな・・・・・・」

目に映る光景は今もあの時も、きっとそう大差ないのだろう。
けれど、そこから心中に湧き出す感情までは一緒とは言えない。
同じ物を見て、あやつは何を思ったのだろう。
今となっては知る由もない。
溜息にも似た吐息を深く深く吐き出した。
冬が間近に迫った空気の中に、白く立ち上り、そして消えていく。
言葉に直せない罪悪感のような、切なさのような、何かだけがその場に残った。

部屋に滲む下向きの空気を読みとったかのようなタイミングでケトルが叫び声を上げる。
いやはや、ケトルに心配される日が来るとは。
思わず苦笑い。

「あーあー、そんなにうるさくせんでも聞こえとるわい」

誰にともなくそう言って、やかましく騒ぎ立てるケトルを火から下ろす。
さて、お湯が沸いたはいいが、コーヒーはどこにあるのか。
勝手がわからないので、無作為に戸棚を漁ってみる。
整頓されているようでありながら、適当に詰め込まれているだけのようにも見える戸棚に目を走らせると、コーヒーらしきものが目に付いた。
網棚に置いてあったカップに適当に中身を移し、適当にお湯を注ぐ。
それっぽい色とそれっぽい匂いが出たのでたぶんこれであっているはず。
そういうことにしてカップ片手にウッドチェアに戻った。
窓の外を、再び眺めながら一啜り。

「・・・・・・」

眉間に皺を寄せながら含んだ液体を燕下。
・・・・・・口の中がざらざらする。
これは一体どういうことだろうか。
コーヒーと信じていたモノに裏切られた気持ちになりながら、中身の残ったカップをそっと窓の縁に置いた。
自分で入れたソレを無かったことにして、視線を窓の外に向ける。
そして、ぽつりとこぼす。

「変わった、な」

何が?
何もかもが、だ。
自問して自答する。
これ以上に滑稽なことはない。

変わった。
何もかも。
我が輩も、あやつも。
街も、世界も。
変わらない物など何もない。
時が流れ、時間が移ろう。
そうしてすべてのモノが変貌していく。

変わる。
変わっていく。
憎しみも。
愛しささえも。
永遠など、ありはしないのだから。

同じでは、いられない。
変わらずには、いられない。
それがつまり、生きているということなのだ。

「・・・・・・はっ」

頭の中に湧いた言葉に笑いがこぼれた。
寒さのあまり、少しだけ感傷的な気持ちになった。
そういうことにしておこう。





生きていることが変わると言うことならば。


(死ぬことこそ、永遠なのだろうか)









どの時系列化は読み手の皆様に一任いたします。

2014/02/12




※こちらの背景は November Queen/槇冬虫 様 よりお借りしています。




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