「なぁ、ガブナー。一つ大事なことを言っても良いか?」
「あ?なんだよ」
「道に迷った」
人生迷走中
手にした地図をーー役立たずなミミズののったくった紙切れを地図と言うならば、だがーーそいつをひらひらと振りながらさして慌てるでもなく金髪の男がのたまった。
「いやぁ〜、もしかしてとは思っていたんだが。まさか本当に迷っているとは思わなくてな」
「・・・・・・・・・っ!バカかお前はっ!?」
両の手を戦慄かせ、大声を張り上げ、ガブナーはカーダに詰め寄る。
狭い横穴にキンキンと声が響くことなどお構いなしだ。
「迷っただと!?そしたらここからどーするつもりなんだよ!?迷ったら戻れないって脅したのはお前だろーがっ!?しかも『俺の地図があれば大丈夫』って自信満々に言ったのもお前だろーがっっ!?わかってんのか?わかってんのかお前はっ!?」
「まぁまぁ。落ち着けガブナー」
「これのどこが落ち着いてられるってんだよっ!?状況をっ!状況を考えろよっ!?」
「だから。迷子なんだって」
「落・ち・着・く・なぁぁぁぁっっ!!!」
絶叫に、天井からはらはらと埃が落ちてくる。
声が反響しそれが振動となり脆い部分が崩れようとしているのだ。
さすがのガブナーもそれ以上叫ぼうという気にはなれない。
迷子だけならまだ道を探せる光明があるが、生き埋めにでもなったらそれこそどうしようもない。
「っくそ・・・・・・」
「そう荒れるな」
「誰のせいだ、誰の」
「迂闊にも俺の言葉を信じたお前のミスだな」
「あぁそうだよっ!その通りだよっっ!!自分で言うなっ!」
「まぁまぁ。起こってしまったことをいつまでも悔やんでいても始まらないぞ。まず俺たちのできることからしていこうじゃないか」
まぁ妥当な案ではある。
しかしこの状況で出来ることとは何だろうか。
叫んで誰かが声を拾ってくれる確率を計算してみる。
俺たちはいったいどのくらいの時間横穴を歩き続けてきた?
腹の減り具合からして2時間強、3時間弱といったところか。
まっすぐな道ではないにしてもマウンテンの主要な部分からはかなり離れているだろう。
声が届くかどうかすら微妙なところだ。
仮に届いたところで、一体誰が入り組んだ横穴を通り抜け自分達を助けに来てくれるだろうか?
ミイラ取りがミイラになるのがせいぜい。
となればマウンテンの連中は聞こえなかった振りをするだろう。
結論。
助けを待つのはナンセンス。
では次の案だ。
自力で戻ろう。
とにかくひたすら歩きに歩いて、知っているところに出ることを祈ろう。
先に進むよりかは戻る方がまだ助かる確率は高そうだ。
行き当たりばったりだがそれ以外に道は無いだろう。
「仕方ねぇ。とりあえずバンパイアの神々に祈りながら来た道を戻るとするか」
「はっはっは。なにバカなこと言ってるんだ?ガブナー」
無駄に爽やかに。
遭難している自覚などゼロのように。
背中に花とか散らしそうな笑顔で、言う。
「遭難した時にすることなんて一つしか無いじゃないか」
あまりの爽やかさに、ガブナーは嫌な予感しかしなかった。
きっとバカなことを言い出すんだろう事は予想できた。
思えばこいつがバカなことを言わない時なんて無かった。
とりあえずバカなんだ。
コイツは。
人のことを筋肉バカとか罵るけど、コイツの頭には脳の代わりに蟹味噌とかが詰まっているに違いないとさえ思えるほどのバカなんだ。
それでもカーダの言葉に耳を傾けてしまうのは、自分がまだ半バンパイアで、コイツが正真正銘のバンパイアだから。
自分の知らないやり方を知っているのでは?と思ってしまうのだ。
「・・・なんだよ?」
半分は藁にも縋る思いで。
もう半分は、怖いもの見たさで。
恐る恐る、問うた。
「決まっているだろ?性交渉だ!」
「アホかぁぁぁっっっ!?!?!?」
自信満々に言い切ったカーダを問答無用、容赦なくぶん殴るーーのに、身体能力の差なのかひらりかわされてしまうことが至極腹立たしい。
「おいおい。俺の美しい顔に傷でも付いたらどうするつもりだ?」
「どうもこうもあるかっ!?何でそうなる!?どうしてそうなった!?お前の頭の中は蛆でも沸いているのかっ!?」
もう生き埋めになるかもしれないことも厭わずに全力で叫ぶ。
叫ばずにはいられない。
コイツもバカだが俺もバカだ!
何で聞いた!?バカの言葉を聞くなんてバカのすることだ!!
本当の大バカ者はこの俺じゃないか!!
己で己を戒める。
対してカーダはというと。
「失礼な奴だな。よく考えても見ろ。決して自慢でも無く、慢心でも無く、ましてや過大評価でもなく、純然たる事実として、俺は美形だ!俺はむさ苦しいバンパイアの中において奇跡と言っても過言ではない容姿を有して存在しているんだ。世界によって創造されたし美の集約と言ってもいい。それを失うことが何を意味するか解るか?もはやこの世の終わりだ!創世記にまで遡っても取り返すことの出来ない遺伝子を失うことになるんだ!そんな事態になったらもはや悲劇と言ってもいいだろう。あぁ、こんな美貌を持って生まれてきてしまったことが俺は憎いっ!神はどうして俺だけにこの美を与えてしまったのか。本来ならばすべての者に平等に均等に振り分けられるべきモノが、どうしてか俺一人に与えもうた。だから世界の損失を防ぐためにも、ここでむざむざ俺という美の遺伝子を放り出すわけにはいかないのだ!」
なんか良く解らないことをほざいていた。
「・・・・・・あ〜・・・・・・えぇと、つまり・・・・・・何なんだ?」
「俺は美しいということだ!」
はっきり断言しやがったこのバカ。
「もうツッこむのも面倒くさいから触れないが、それがどうしてお前とヤるって話になるんだっ!」
「だから、俺の素晴らしい遺伝子を次世代に残すためだよ」
「あのなぁ・・・・・・」
ガシガシ頭をかき回し、ため息混じりにありふれた事実を述べる。
「バンパイアはガキを作れない、なんて半バンパイアの俺だって知ってるぞ?」
「確かにそうだ。だが、生命とは極限状態において常識では考えられない結果を残すものなんだぞ。元々死が差し迫った状況下では生体内で最優先にされるのは種の保存、つまり生殖活動。絶体絶命の今だからこそ、現状の打破、ひいては種族を縛る鎖を解く最重要の鍵になるかもしれないんじゃないか。試してみない手は無い!」
ベラベラとなんだかそれっぽいことを並べ立てることに関してはコイツの右に出るモノは居なさそうだ、と生涯で露ほども役に立たなさそうな情報を胸に書き留める。
「もし仮に、だ。本当にそうだとして、最大の問題点が残っている・・・・・・」
「ん?」
「俺は男で、お前も男って事だっ!!」
「それがどうかしたか?」
「どうもするだろうがっ!男女ならまだなんとかあるかもとか思えないこともないけど、男同士とかその時点ですべてがアウトじゃねぇかよっ!?雄しべと雄しべじゃ実は生らないんだよ!?コウノトリは運んでこないんだよ!?ましてやキャベツ畑で生まれたりもしないんだよ!?」
「HAHAHAHAHA☆生命の危機に際してはそんなのは些細なことさ★」
「些細じゃねぇぇぇぇっ!!」
落盤でも崩落でもなんでもいいから起こってしまえ!
もう死ね!
いっそのこと一思いに死んでしまえ!!
この勘違いナルシストをあの世の果てまで連れていってしまえ!
そしてあわよくば俺だけ助かれ!
「・・・・・・なぁ、ガブナー・・・やりもしないで出来ないと喚いているのはただの臆病者だ。本当に勇敢なバンパイアであれば、行動を起こしてこそ嘆くことを許される。出来ない出来ないと騒いだところで何にも起こりやしないが、失敗をした先には次がある。そうやって生物は進化していくんだ。失敗を恐れてはいけない。本当に恐れるべきは己の中の臆病なんじゃないのか・・・・・・?」
「・・・カーダ・・・・・・・・・、っ・・・なんてほだされるとでも思ったかこのナルシストっ!ふざけんなバカ野郎っ!」
「ふむ・・・・・・仕方がないな。では実力行使で行こう」
突然。
それまでふざけていたカーダの目が据わる。
おもむろに伸びる腕。
バンパイア界きっての優男と評される男だが、腐ってもバンパイア。
本気になれば半バンパイアのガブナーが抵抗しきれるわけもない。
「!?おいコラっ!?どこ触ってる!?」
「表記したらR-18になってしまうような所さ」
「やめろっ!この変態ナルシスト!」
「ははは。なんだ〜?抵抗のつもりか〜?それとも誘ってるのか〜?ん〜?」
「離せ〜〜〜っ!!!!」
「いい加減にせんか。カーダ」
「あいてっ」
不意に変態の手が止まった。
殴られて止めざるを得なかったのだ。
視界を埋める赤。
こんな趣味の悪いものを好んで着るなんて、マウンテンにはたった二人しかいない。
そしてそのうちの一人は、決してこんな風に手を挙げない。
ということは・・・・・・・・・
「ラーテンっ!」
「やぁ、ラーテン。痛いじゃないか」
「痛いもくそもあるか。こんなところで騒ぎおって・・・・・・うるさくて適わん」
「こんなところって・・・・・・いやいや、というか何でラーテンが居るんだ?俺たちは道に迷ってここに居るのに」
「?何だ、ガブナー。お前ここがどこかも解っていなかったのか?」
「・・・・・・・・・は?」
「ここはクレドン・ラートの間から壁一つ隔てた横穴だ」
「・・・・・・はぁぁぁぁっ!?」
素っ頓狂な叫びが横穴を通り越してマウンテン中に響きわたる。
「何だガブナー。俺が本当に迷ったとでも思ったのか?いづれは横穴大王として君臨する予定のこの俺が迷うわけないだろう?」
あっけらかんと言ってくれるカーダ。
「お前らの間抜けな会話はあの場にいた総ての者の耳に届いているぞ」
呆れ声のラーテン。
「ふ・・・・・・ふ・・・・・・ふざけんなぁぁぁっっ!!!」
叫ぶしかできない、俺。
□ ■ □
叫びながらも脱兎の勢いで逃げ出したガブナーの背中を眺めながら。
「で?どこまで本気だったんだ?」
「俺はいつだって本気の全力さ。どうにもあいつには伝わらないみたいだけど」
「・・・それ以前に、我が輩は大事な事を忘れている気がするのだがな。まぁその辺の詰めの甘さはいつまで経っても相変わらずだな」
「なんのことだ?」
「考えることだ」
ひらひら手を振りながらラーテンも姿を消した。
最後に残るはカーダ独り。
「・・・・・・・今回のシチュエーションとか、割と良かったと思うんだけどなぁ・・・・・・いきなり性交渉を求めたのがいけなかったのか?いや、だがやはり既成事実の一つも先に作っておかないと後々・・・・・・・・・」
実に身のない反省会を行っていた。
そして、気がつく。
「・・・・・・そういえば俺、あいつに好きだって伝えたかな?」
22222打オーバー御礼リク、「カダガブでギャグ」でした。
カダガブ初めて書きました。
・・・・・・こんなので良かったのかしら・・・・・・?
ギャグなので内容に意味を求めたらいけない。
時系列はガブナーがバンパイアに成りたての頃。
クレプもマウンテンにいるのでぎりぎり50年前位か?
そんな感じのお話でした。
リクエストありがとうございました!
2010/10/19
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。