「絶対出来るって!」
「そんなもの物理的に不可能だということがわからんのか!?」
「頭ごなしに否定するなよ。条件としてはクリアしている。不可能だと決め付けるには早いぞ」
「大体お前がそんなことを言うからこやつが頭に乗るのだっ!」
クレドン・ラートの間から言い争うような声が聞こえる。
もっとも、ココには常に誰かしらバンパイアがいて、喧嘩っ早いことが売りの生き物なため、何かと争いは絶えないのでさして珍しい光景でもなかった。
それでも廊下を歩いていたガブナーが耳を傾けたのは、それらの声が馴染み深い者の声だったからだ。
ちょいと首を覗かせると、入り口からさほど遠くないところに、やはり頭に思い描いたとおりの面子が揃っていた。
「お前ら何してるんだ?」
声を掛けると三人がバッとガブナーを振り返り、口をそろえてこう言った。
「「「ガブナーはどう思う!?」」」
噛み付かれそうな勢いだ。
我先に同意を得ようとそれぞれが身を乗り出してくる。
おいおいちょっと待てよ。
いきなりそんなことを言われたってわかる訳が無いだろう。
とある間幕のこと
「は?フリットで水の上を走るだぁ?」
問いかけられたのは予想だにしないものだった。
というか、次期元帥候補と元元帥候補が頭並べて何を真剣に話しているのかと思えば。
ラーテンが普段「未熟者」と叱りつけている、バンパイア暦8年そこそこの少年・ダレンと同レベルだ、と思ったが彼のプライドを尊重して心のうちにとどめておく事にした。
「出来るかもしれないけど、俺は試したことは無いからなぁ」
「だから、出来ると思うか思わないかを聞いてるんだって!」
「そう言われてもだなぁ・・・・」
ダレンが噛み付いてくるが、そこはバンパイアと半バンパイアの力の差。
軽く片手でいなしてやると頬を膨らませてむくれてしまった。
代わりにダレンと同意見らしいカーダが少年の代わりに言葉を続ける。
「試してみる価値はあると思わない無いか?ガブナー」
「・・・・まぁ、出来たらすごいよな」
「ほら見ろラーテン!ガブナーも可能性はあると思っている」
「たわけ。脳みそまで筋肉のような男の一意見が増えたところで説得力のひとつも無いわ」
ラーテンが鼻で笑う。
つい先ほどこいつらと同じように同意を求めてきたくせに何と勝手な言い分だ。
「悪かったな。筋肉バカで」
「そこまでは言っておらん」
「言ってるじゃねぇかよ」
今にも椅子を蹴り倒して立ち上がりそうな気配を察したのか、カーダが「まぁまぁ」とその場をいさめた。
「くだらないことで諍いあうなよ、二人とも」
お前らが今までしていた議論と、どれだけの差があると言うのだ。
コレがくだらないならお前らの話も十分にくだらないだろう。
わかってんのか?わかって無いんだろうな絶対に。
「そもそも、一体全体どこからそんな突拍子も無い案が出てきたんだ?」
やり場の無い怒りを無理矢理流し込むつもりで、テーブルに備え付けられた血の入った樽をグイッと傾けた。
思ったよりも量が少なかったのでそのまま一息に樽を空にしてしまうことにした。
まるっきり逆さまになるくらいまで傾けて、最後の一滴までも喉に流し込むとプハッと大きく息を吐いて、なんともいえない達成感に満ちながら大げさに樽をテーブルに戻す。
ドスン!と大きな音がしたが、バンパイアの暮らすこの山のものは何かと頑丈に出来ているからこの程度では壊れることは無い。
さてさて、話の発端はなんだったか一から聞いてやろうじゃないか。
樽の底ばかりを追っていた視線を三人の方に向き直らせた。
―――が、
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
三人は三人ともきっかり10秒俺の顔を驚いたように見つめ。
次の10秒は三人で顔を見合わせ、揃って小首を傾げた。
「「「・・・・・なんだったっけ・・・・?」」」
「っなんだっけ?ってお前らなぁ!!」
「バンパイアは川で溺れると魂が閉じ込められるって話からだったか?」
「それなら、大きな川を渡るときクレプスリーがいちいち迂回してたって話からだよ」
「何を言っておる。お前が『ニンジャ』とか言うものは水の上を走れるのに・・・・などと漏らしていたからだろう」
まるで責任の擦り付け合いのように滔々と続く出所探し。
いきなり外野になってしまったガブナーが半ば諦めながら、いつになったらこのくだらない話が終わるだろうかと考えていると、背後から女が一人現れた。
「ちょっと、皆して何騒いでいるの?」
ラーテンのかつての連れ合い、エラ・セイルズだった。
どうやら俺と同じ理由でこの広間に顔を出したらしい。
だが、それはどう考えても災難の始まりだ。
俺は心の中で、ご愁傷様、と小さく唱えるのと
「「「エラはどう思う!?」」」
つい先刻のデジャブのように三人がエラに詰め寄るのは殆ど同時だった。
□■□
「水の上をフリットで走る?」
これまた先ほどの俺と同じように、突拍子も無い質問を投げかけられて盛大に疑問符を浮べるエラ。
そりゃぁそうだ。
誰だってそう思うだろうよ。
「そんな無茶なことできるわけ無いじゃない。少しは頭使いなさいよあんたたち」
暗に、バカ、と一蹴した。
流石エラだ。俺には真似できない。
「どうやらエラは我が輩の味方の様だな」
俺のときとはうってかわって、ラーテンは掌の返したかのようにふんぞり返った。
まるで最大の味方を手に入れたかのような。
それを目にしたダレンとカーダはあからさまに目を細めて反感の意を示す。
もっとも、傍から見ている俺からしたら三人はどっちもどっちなのだが。
「エラは何を根拠に出来ないって言うのさ」
ふてくされた様子のダレンがエラに問う。
「現実的じゃないって言ってるのよ」
「試したことはあるの?」
「無いわよ」
「なら、出来るか出来ないかわからないじゃん!」
「そのことそのものは試したことが無くても、他の経験を組み合わせて可能かどうかを検討することは出来るわ」
「検討しただけじゃぁ本当に出来ないとは限らないよ」
「そういうことは、私に勝てるようになってから言ってほしいものね?」
詰め寄ってくるダレンの額を拳でコンと軽く叩いた。
まるで弟の我儘に律儀に応える姉のようだ。
何のかんの言っても、エラはダレンを気に入っているのだろう。
だからこんなバカなことにも付き合っている。
ちょっと前までなら、問答無用で冷たい視線を投げかけられて終わっていた。
「だがエラ、予想はいつだって現実を裏切るものだぞ」
ニヤニヤと、楽しそうに笑うカーダがダレンの頭をポンポン撫でながら言う。
なんとなくカーダの言わんとすることに察しがついたのか、えらはバツの悪そうな顔をした。
「・・・・・・・・何が言いたいのよ・・・・・」
「たかだか半バンパイアの子供を握手することになるなんて誰が予想できた?」
「そ・・・・それは・・・・・」
予想通りの言葉に、わかっていてもなお言葉を詰まらせる。
そう、この子供・ダレンは俺たちの予想を軽く裏切ってくれる存在なのだ。
手下を取らないと豪語してきたクレプスリーの手下になり、子供はバンパイアにしないという掟を破らせた。
総会で罰せられるはずが、己の力量を示す場を与えられ。
自分が認めたものとしか握手をしないエラと握手をした。
どれもこれも俺たちの予想をはるかに裏切るものだった。
この子供が言うのなら、もしかしたら出来てしまうかもしれない・・・とさえ思わせる。
「あぁぁっっ!!!もうグダグダ言い合うのは性にあわねぇ!」
収拾のつかない話に、とうとう俺は椅子を蹴り上げて立ち上がった。
「出来る出来ないを言い合うくらいならはじめっからやってみりゃぁいいんだ」
そうやって何かに挑戦して生きていくのがバンパイアの本質ではないか。
机上の理論を話し合うなんて俺たちの柄じゃない。
「やってみるって・・・・・どうするつもりなのガブナー?」
「ん?実際に川とか湖とかに行って走ってみりゃいいだろ。そうすれば出来るかどうかは一目瞭然だ」
「どこにそんな場所があるのよ。マウンテンにはフリットで走るほど長い水面なんて無いわよ」
「別にこの中で試さなくてもいいだろ」
「ガブナー・・・・お前、まさか外に出るつもりか?」
「あぁ。そのつもりだ」
「もうすぐ総会が始まるこの時期にやすやすと外に出れるか!時期を考えろ!」
ラーテンが声を荒げた。
何をバカなことを!と弾劾する勢いだ。
「総会が始まったら外に出ちゃいけない掟でもあるの?」
事情を知らないダレンは一人小首を傾げた。
「掟は無い。だが、残りのバンパイアが揃い次第総会が始まるから入城のチェックが特に面倒くさいんだ」
此処に来たときに入り口で行った入城の形式をまた取らなくてはいけないのだ。
確かにあれは面倒くさい。
何より外に出るまでの道程も長いのだ。
普通なら外に出ようなどとは思いもしないだろう。
だが、俺にはひとつ当てがあった。
そんな面倒を回避する裏技だ。
まさかこんな時に役立つとは本人も思っていなかったに違いない。
ちらりと視線を投げかけてやれば、当人はなるほど、と納得して頷いた。
「あ〜・・・・・ダレン、時に君は、俺の趣味がなんだか知っているかな?」
「カーダの・・・・・趣味?・・・・・・・・あっ!」
察しのいいダレンも俺の言わんとすることがわかったらしい。
「横穴!外に抜ける横穴を知ってるんだね!」
「ご名答!それを使えば面倒くさい入城を避けて外へいけるぞ!」
「と言うわけで、皆で水上フリット大会するぞー!!!」
「「おーーーーっっ!!」」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
ダレンとカーダが拳を振り上げて立ち上がるのと、ラーテンとエラが頭を抱えたのは殆ど同時だった。
水上フリットが成功したかどうかはまた別のお話。
バンパイアマウンテン5人組話。
時系列的にはエラとの対決後、総会始まる前。
元帥からの呼び出し時期は丸無視って言うww
この五人がわちゃわちゃやってるのってほのぼのしてて楽しい。
でもガブナー視点で書き出したらどう動かしていいかわからなくなって泣きそうになった。
2010/04/20
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。