「さすがダレン。飲み込みが早いな」
「そう?」
「あぁ、俺も教え甲斐があるよ」
掻き回すように撫でられた頭。
それはクレプスリーにされるものとはなんだか少し違っていた。
上から抱擁されるものではなくて。
同じ視線から差し伸べられるものでもなくて。
ちょうどその間のような。
うまく言葉にはできないけれど、でも確かに違っていた。
あえて言葉にするなら、そう。
何かに一歩近づけたような。
そんな感覚。
ハロー、ブラザー!
「・・・・・お兄ちゃん・・・・かな・・・・?」
「ん?何だ突然」
ようやく名前無き感覚を表現する言葉に当たりがついたとき、意図せずに口からこぼれ出てしまった。
唐突な発言を不可思議に思ったのだろう、向かいに座るカーダが小首を傾げる。
独り言を聞かれてしまった気恥ずかしさもあったが、相手は人間というスペックで測るにはあまりにも高精度な耳を保有しているバンパイアなのだ。当のバンパイア自身にとってはこれが通常。
そんな風にいちいち気にしていたらやっていられない、とこちらもできる限り平静を保った。
僕は先ほど感じたなんとも言えない感覚のことをかいつまんで説明する。
「さっきさ、カーダ、僕の頭を撫でたでしょ?わしゃわしゃーって」
「あぁ」
「そういうのね、クレプスリーもたまに褒めてしてくれるんだ。本当に、ごくたまーに、だけど」
念を押すように言った言葉に、カーダは小さく笑った。
彼の頭の中には、ひねくれた言葉で褒めるクレプスリーの姿と、それを素直に受け取れないひねくれた僕がいることだろう。
どうせ僕らはひねくれもの同士だ。何とでも笑えばいい。
「それで、クレプスリーがしてくれるのってなんか・・・・・パパにして貰った時みたいな感じがするんだよね」
成長して一人前になれたような。
認めてもらえたような。
少しだけ誇らしく胸を張りたくなるような。
そんな感覚。
「でも、カーダのはそういうのとはなんか違う感じがしたんだ」
「何がどう違うんだ?」
「・・・・・・わからない・・・・・」
わかっていたらいちいちこんな風に悩んだりしないさ。
だけれども、違うということだけは何故かはっきりとわかる。
「かといってスティーブ・・・・・、僕の人間だったときの友達なんだけど、あいつに言われた時ともどこか違ってる」
あいつが『よくやった!』なんて言うのは大抵が悪ふざけをした時。
純粋に褒め称えるものではなくて、大人に対する反抗心と仲間意識の増長を促すもの。
そもそもの言葉のニュアンス自体が違っているのだから、カーダのそれと同じはずが無い。
父親の包容力と言うには足りず、仲間意識というにはいささか余りある。
この感覚になんと名前をつけていいものか。
わからない。
わからない。
だけれども、なぜだか、どうして、知っている気がする。
「それでそれの結論が『お兄ちゃん』ってわけか?」
「う・・・・ん・・・」
否定と肯定の谷間にあって、僕は中途半端に頷いた。
「なんだ、その煮え切らない返事は」
「だって・・・・・・僕、年上の兄弟なんていないし・・・・よくわからないよ・・・・・」
僕は『お兄ちゃん』だった。
アニーの『お兄ちゃん』だった。
だから、僕は『兄』というものを知らない。
『妹』は知っているけど、僕自身のことなんてわからない。
そんな僕が感じるものが『兄』であるとどうして言えるだろう。
知らないものを肯定するなんてできないよ。
「わからないなら、いいじゃないか」
「え?」
「これがお前にとっての『兄』なんだよ」
何をそんなに悩むことがある、といった感じであっさりと言ってのけた。
「大体、親だ友達だってのだってダレンがそう思い込んでるだけのものだろ?」
「思い込んでるって・・・・・・・、ちゃんとホントだよっ!!」
「あぁ、悪い。言い方が悪かった。俺が言いたいのは、親だとか友達という認識概念の話だ」
「・・・・・?」
顔いっぱいに浮かんだ疑問符を的確に読み取ったカーダが丁寧に説明をはじめた。
「いいかダレン、対人関係の認識というのは『本当にそうであるか』よりも『そうだと思うかどうか』なんだ」
「・・・・・思うか、どうか・・・・?」
「例えば、もしも仮にダレンの両親が本当の両親じゃなかったとする」
「・・・・・うん?」
想像してみたけど、うまく想像できなかった。
だってパパとママが僕の両親なんだもん。仕方が無い。
やっぱり疑問符が浮かぶ僕の言葉尻に気がついてか、カーダは困ったように笑って続けた。
「例えばの話だよ。本当のダレンの親は訳有ってお前を育てることができず、今の親にお前を託したんだ」
「うん」
「そうなった時、ダレンにとって誰が『本当の両親』になる?」
「ん?」
「生みの親と、育ての親。どちらがお前にとっての『親』かってことだよ」
「それは・・・・・」
生みの親は、間違いなく僕の『親』なんだろう。
だが、僕は顔も知らない人を『親』だなんて思えるだろうか?
血のつながりなど無くても、まったくの赤の他人だとしても、人間としての十数年間をともに過ごした人に愛情が向くのは当然ではないか。
ただ・・・・・それは、果たして『親』と呼べるのか?
呼んでいいのか?
わからない。
僕にはわからない。
「結局のところ、家族なんてものは血の繋がりに縛られたものじゃないんだ」
「・・・・・・・・・・」
「それが俺の言った認識概念ってことだ」
「・・・・・・・・・・」
わかったような、わからないような。
「最終的にはダレン自身がどう思っているかなんだよ」
そう言って、カーダはもう一度僕の頭をぐしゃぐしゃっと撫で回す。
やっぱりそれはクレプスリーとも違ってって、スティーブとも違っていた。
パパでもなく、親友でもなく・・・・・・。
「お前が『兄』だと思うなら、それがお前にとっての『兄』の姿なんだよ」
「・・・・・・・・・・かな・・・・・?」
「ん?」
「アニーも・・・・・・こんな風に感じてくれてたかな・・・・・?」
嬉しくて
照れくさくて
あったかくて
気恥ずかしくて
でも、やっぱり嬉しい
こんな風に自分もなりたい、そう思う。
父親というには近しく、親友と呼ぶには先を行く、目標。
そんな風に、アニーは思っていてくれただろうか?
そうだといい。
そうだったらいい。
だって、僕は今そう感じている。
この人が『お兄ちゃん』でよかったって。
心の底から思える。
「お、おいっ!ダレン!?」
「え、・・・・・・あ・・・れ・・・・・?」
どうして、涙がこぼれるんだろう。
こんなに嬉しいのに。
こんなに、温かいのに。
「お!お前ら何やってるんだ、・・・・・って、え?何でダレン泣いてるんだ?」
僕らがいることに気がついたガブナーがひょっこり顔をのぞかせた。
そしてはらはらと泣く僕を見て驚いた顔をする。
「ガブナー・・・・・」
「おいおい、一体どうしたんだよ」
「こっちが聞きたいくらいだ。突然泣き出して・・・・・」
「何だダレン、カーダにいじめられたか?」
「何で俺がダレンをいじめなくちゃいけないんだよ!」
「冗談だよ。でも、本当にどうしたんだ?」
歩み寄ってきたガブナーが、大丈夫か?といって背中を撫でた。
僕よりもずっと大きくて、ごつごつした手。
僕よりもずっと大人なのに、でも子供みたいに笑う人。
「ガブナーは・・・・・・叔父さんって感じだね」
「は?何だいきなり」
「こっちの話!」
唯一意味を理解したカーダと目が合って、笑う。
置いてけぼりのガブナーは「何だこいつらは」と困ったように頭をぼりぼりと掻いた。
だけれどもくすくすと笑いあう二人を見て、なんともほほえましい気持ちがガブナーの胸いっぱいに広がったのだが、そんなことは二人が知る由も無いのだった。
サイト2周年リクエストでいただいた、ダレンとカーダが兄弟っぽい話でした。
兄弟感を間違えてるんじゃないのお前?という声は聞こえないよ!!
認識概念うんぬんは運命様とダレン少年の関係をほんのりと示唆させてみたかったから。
血は水よりも濃いのかもしれないけれど、思い込みはもっと強いのよ!という副題だったりします。
そんなこんなでリクエストありがとうございました!
こちらの作品はリクエストを下さったみさき様のみ本文お持ち帰り自由とさせていただきます。
2010/05/02
※こちらの背景は
Sweety/Honey 様
よりお借りしています。