パタパタパタ、というのはある者の特有の足音だ。
おおよそ成人男性の体重ではない軽い音。
一つにしか聞こえない二人分の音。
振り返らずとも誰だか解る。
そして、数秒後に自分がどうなるかも。
「「はーきゃっとー!!」」
名前を呼ぶのと同時にタックルの食らわせるのもこの者達の特徴だ。
いくらやめろと言っても直る気配がない。
それどころか年々威力が増していくのだから恐ろしいことこの上ない。
背後からの突進にあっけなく地面に激突させられた私は、特にどうということもなく二人を背中に張り付けたまま起きあがった。
このリトルピープルの体というのは何かと都合がいい。
バンパイアのような特殊な力が使えるわけではないが、体躯に似合わぬ怪力があるし、日の光を浴びても死ぬことがない。
身長がないのと、指が太くて細かい作業に向かないのが難点だがそれを差し引けばなかなか快適に生きられる。
こうやって双子の行く末を見守ることができるのだから、それだけで文句などありはしないのだ。
「飛びつくのはいいがタックルはやめろ、と何度言ったらお前達は覚えてくれるんだ?」
懐いてくれていることが嬉しいのが半分、学習しないことに呆れるのが半分。
背中にひっつく二匹に投げかけたが、残念ながら私の言葉など微塵も届いていないようだった。
自分達の倍はある私の体を二人はよじ登ってくる。
「・・・・・・お前達は何をしているんだ?」
「えっとね、じじつかくにん!」
「げんばけんしょー!」
「・・・・・・」
どこで覚えたのだろうか、そんな言葉・・・・・・。
大体、何の事実確認で現場検証なのだろうか?
二人は私の肩口の左右をそれぞれ一匹ずつ陣取り、おもむろに被っていたフードを引きはがし、我々リトルピープルの命を守る特殊なフィルターが内蔵されたマスクをむしり取った。
「あれー?ねぇぶれだ、はーのあたまおみみがないよ?」
「てぃだ、はーのかおにはおひげもないよ?」
「へんなのー!」
「へんなのー!!」
「・・・・・・何をやっているんだお前達は・・・・・・」
嘆息混じりのため息をついて、二人の襟首を掴んで肩から降ろした。
まるで子猫のように宙ぶらりんになった二人はきゃっきゃきゃっきゃと騒ぎだす。
「てぃだのかっこ、おかーさんにはこばれてるこねこみたいー!」
「じゃあ、てぃだねこさん?」
「でもおみみはないねー」
「おひげもはえてないよー」
「しっぽもないや」
「でもつめはあるよ」
「にゃーってなける?」
「にゃーにゃー!おなかがすいたにゃー!」
勝手に開幕したお子さま劇場に終着点はない。
どこか適当なところで割り込まなければあっちこっちに話を転ばせていつまでも二人で楽しく遊んでいる。
「何がしたいんだお前達は」
にゃーにゃー鳴いていた二匹がハタ、と鳴くのをやめて顔を見合わせる。
くりくりとした目でお互いをのぞき込む。
「なんだっけ?」
「なんだっけ?」
鏡写しのようなタイミングで二人が首を傾げた。
おいおい、お前達がわからなくて誰がわかると言うんだ。
私は超能力者でも何でもないんだぞ?
心の中の訴えに兄のブレダが「あ!」と声を上げた。
「はーがねこさんだってきいたんだ」
「そうだ、きいたの!」
「だからぼくたちたしかめにきたの」
「きたのー!」
「私が、猫?」
「うん!」
「うん!」
「・・・・・・誰がそんなデマを・・・・・・」
「でもねこさんじゃなかったねー」
「おひげもおみみもなかったもんねー」
「ふしぎだねー?」
「ふしぎだねー!」
話の始点も終点も見えなかったが、宙ぶらりんのまま運ぶのもどうかと思い二匹を床に降ろした。
二人が私の顔をじっと見つめてくる。
「はーはねこさんじゃない?」
「違うな、残念ながら」
「はーきゃっとってなまえははーがむかしねこさんだったからっていってたのにねー」
「誰だそんな適当な法螺を吹いたのは・・・・・・」
私の綴りは『HARKAT』。CATではない。
「ぱぱがうそついたのかな?」
「ぱぱはうそつきさんだ!」
「きつつきさん?こつこつこつこつきつつきさん?」
「ちがうよてぃだ、きつつきさんじゃなくてうそつきさん」
「きつつきさんとうそつきさんはちがうの?」
「・・・・・・違うだろうな」
「じゃぁきつつきさんはうそつかない?」
「・・・・・・それは・・・・・・どうだろうな」
きつつきだって嘘をつくことだってあるだろう。
とすれば一概に間違いだとは言い切れない。
わたしとて、前世で猫であった可能性が皆無とは言い切れない。
カーダ・スモルトの前は、どこかで猫として気高く生きていたかもしれない。
「きつつきさんはうそつきさんじゃないけど、うそつきさんはきつつきさんなの?」
「やーこしーねー」
「・・・・・・そう難しく考えることもないだろう」
「なんでー?」
「なんでー?」
「誰にだっていくらでも可能性というものは残されているんだ。何者にもなれるし、何者にもならない。後は自分が何を望むかだ」
たとえば、私が再びの生を望んだように・・・・・・。
『カーダ』が死んで『ハーキャット』が生まれたように。
望めばどうとでもできる。
どうにかして何とかできる。
その体現が、私自身だ。
私が二人の頭を撫でると、二人は複雑そうな顔をした。
流石に難しすぎただろうか?
とても子供とは思えないほど理解力のある子達だからついいつも通りに話してしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「はー、てぃだはね・・・・・・」
「てぃだ、だめだよ。それははーにもないしょ」
「でも・・・・・・」
「ぼくたちだけのひみつってえばんなにいわれたよ」
「・・・・・・むぅ・・・・・・」
ティーダがほっぺたを膨らませた。
私は眉をひそめた。
先ほどまでにゃーにゃー騒いでいたのとは雰囲気が違う。
何か、もっと重大な・・・・・・。
例えば、この子達の未来に関わるようなこと──そう直感した。
ティーダを窘めたブレダに問う。
「・・・・・・お前達は何の話をしているんだ・・・・・・?」
「えへへ〜。ひみつ〜」
「・・・・・・」
「でも、はーにはいつかはなしてあげてもいいのかな?」
「そう・・・・・・なのか・・・・・・?」
「だってはーきゃっとだもん」
「?」
「きっとぼくたちのはなしをきいてくれる」
「そうだねー。はーきゃっとだもんね」
「・・・・・・!お前達・・・・・・」
知っているんじゃないか。
『harcat』ではないと。
やはりこの子達は聡明だ。
聡明すぎると言ってもおかしくない。
それこそ我々には計り知れないモノをたった二人で抱えているのかも知れない。
「でもてぃだはねこさんのほうがよかったなー」
「ぼくもー」
二人はしょんぼり肩を落とす。
どちらが二人の本当の顔なのかわからないが、少しくらい付き合ってやっても良い気分だ。
なにせ猫というモノは移り気が激しい気分屋だからな。
たまにはこういう機会があってもいいだろう。
私は二人の方にちらりと意味ありげな視線を送る。
「?」と疑問符を顔に浮かべて双子がこちらに向き直った。
「意外と私は猫かもしれないぞ?」
「えー?おみみもないのに?」
「おひげもないのに?」
予想通りに食いつく二人。
マスクを外して私はギラリと光る歯を見せつけた。
「化け猫だからな。耳もしっぽもとうの昔に捨ててしまった」
「「おおおおおおっっ〜〜!!」」
とたん、二人の目の輝きが変わった。
「すごいすご〜い!」
「はーはやっぱりねこさんなんだー!」
「ばけねこ〜!」
「秘密だぞ?」
・・・・・・誰も信じないだろうが、な。
「約束してくれるか?」
「するー!」
「はーとてぃだとぶれだのさんにんのひみつ〜!」
「あぁそうだ。誰にも話すなよ」
共有する秘密。
たったそれっぽっちで二人の抱えるものの一端を担えるとは思わない。
それでも、僅かでも軽くなるならばいつか話してくれるといい。
力にはなれなくとも、話を聞くことならいくらでもできる。
それが。
それが、死してなお蘇った私の役割なのだから。
Hark at you
hark at → 〜を聞く、の意。
ハーキャットはみんなの相談相手になればいいと思うんだ。
2011/02/24
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。