ダレンが居なくなって、1週間が経った。
ぽっかりと空いてしまった穴を埋めるように、墓前に向かう。

(こんなところに、あいつは居ないのに・・・・・・)

誰もが穴の中に居ると信じて疑わないダレンの死体は、ここにはない。
あいつは、死んでないのだから。
今もどこかで、あのバンパイアと生きている。
バンパイアとして、生きている。
バンパイアになりたかったのは俺なのに。
なのに、あいつが横取りした。
辟易とした人生から抜け出す好機を、あいつが奪った。

(・・・・・・いや、違う・・・・・・)

俺はそんなことであいつを恨んでいるんじゃない。
もっと別のことだ。
確かに、この街を去ろうとしたあいつらに対峙したときは感情だけが先行してまともな思考が出来なかったから、そうなんだと思っていた。

夢を横取りしたあいつが憎い。
バンパイアになったあいつが憎い。
結託して俺を出し抜いたあいつが憎い。

でも、そうじゃない。

(・・・・・・寂しかったんだ・・・・・・あいつが何も話してくれなかったことが・・・・・・)

一番の親友だと思っていた。
友だけでは片づけられない、特別な関係なのだと。
親も教師もどんな大人も信じられないけれど、あいつだけは俺のことを理解してくれて。
俺のことを怖がるくせに、それでも一緒にいてくれた。
世界中であいつだけが、俺の友達だった。

なのに、あいつは何も言わずに姿を消そうとした。
俺を一人にしようとした。

何でだよ。
俺がお前を怖がるとでも思ったのか?
俺は、お前がバンパイアになってもちっとも怖くなんかない。
俺は誰よりもバンパイアに詳しいんだ。
血を飲まないと生きていけないことも知っている。
お前が家族の血を飲むのがイヤなら、俺のを飲ませてやるよ。
俺がそう言うことくらい、わかってただろ?
なんで、逃げるんだよ。

お前のことを、本気で恨むと思ったのか?
そりゃ、うらやましく思うことくらいはしただろうよ。
ずっと昔からの憧れだったんだから。
それくらいは、許してくれよ。
でもな、俺はきっとお前を誇りに思っただろうよ。
俺よりもよっぽど上手く生きていたお前のことだ。
俺が羨ましがるような道を歩んでいくことはずっと昔からわかっていた。
優しい家族がいて。
サッカーの才能もあって。
はじめは怖じ気付いていても、いざっていう時にはきっちり決める。
そんな奴だった。
そんなお前が、ずっと羨ましかった。
そんなお前が俺の友達で居てくれることが、俺は何よりも嬉しかった。

なのに。

なのに。

「なんでっ!・・・・・・俺も一緒に・・・・・・連れていってくれなかった・・・・・・」

バンパイアになれなくてもいい。
ただ、お前と居たかった。
お前がどうしてもこの街を離れなくちゃいけないのなら、なんで俺を連れて行ってくれなかった。

墓石を、何度も拳で殴った。
こんなことをしても意味なんてないのに。
だってここには誰もいない。
俺の言葉を聞いてくれる人は、眠っていない。

「やめてっ!スティーブっっ!!」

悲痛な叫びとともに、何度も叩きつけて血が滲み始めた拳を誰かが止めた。
力任せにふりほどくことは造作もなかったが、その声に聞き覚えがあって体の力が抜けた。
ゆっくりと振り返る。
そこには、見慣れた──

「・・・・・・ダ・・・・・・レン・・・・・・?」

違う。
ダレンよりもずっと髪が長くて。
あぁ、そうだ。
この子は、アニーだ。
ダレンの妹。
時々一緒に遊んだやったりもしたっけ。
俺たちの後ろをちょこちょこついて回っていた記憶がある。
血が繋がっているだけあってどことなくダレンの面影があった。
だが、今彼女は零ぼれそうなほどいっぱいに涙を溜めて必死に俺の腕を掴んでいた。

「お兄ちゃんと一緒に行くなんて、そんなの絶対にダメっ!お兄ちゃんはきっとそんなこと望んでいないものっ!!」
「・・・・・・お前何言って・・・・・・っ!」

そうだ。
こいつは知らないんだ。
あいつは生きているって。
「あいつと行く」という意味を勘違いしているんだ。

「アニー、あいつは・・・・・・」

言ってどうなる。
生きていると伝えて、何になる。
何にもならない。
あいつ等だってバカじゃない。
きっと痕跡も辿れないに決まっている。
ここでアニーにばらしても、きっとだれも俺を信じたりしない。
狼少年と罵られるだけだ。
ダレンの家族を、悲しませるだけだ。

「お兄ちゃんは・・・・・・死んだの」

ぽつりと漏らしたその言葉。
アニーが涙を堪えて、震える体で、俺の背中を抱いた。

「死んじゃったの・・・・・・もう、帰ってこないの・・・・・・」
「・・・・・・アニー・・・・・・」
「悲しいけど・・・・・・受け入れなくちゃいけないの・・・・・・」

違う。
違う。
あいつは。
今も。

(──生きているんだ──)

たったそれだけの言葉が、喉を通らない。
たったそれだけの言葉を、伝える術を俺は知らない。

「だからお願い・・・・・・ッ!スティーブまで死ぬなんて絶対にダメよ!」
「死なねぇよ・・・・・・」

お前を泣きやませる、たったそれだけのことが、俺には出来ない。

「だから・・・・・・泣くな・・・・・・」

あいつの面影が残るその顔で、泣かないでくれ。

どうしたらいいか・・・・・・わからなくなるだろ・・・・・・?




墓石、雨に濡れて







御礼リクで頂いた「ダレンの死後数日たったスティーブとアニーのお話」でした。

カップリング意識はまだない頃ですね。

ただただお互いに「ダレンの死」という共通の痛みを分かち合う同士のような、そんな関係。

しかしこのスティーブ、精神的になよっとし過ぎたやもしれんと反省中。

このお話はリクエストしてくださった青木雨さんのみお持ち帰り自由とさせていただきます。

リクエストありがとうございました!!

2011/06/06




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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