行き過ぎた愛情と言えば、確かに聞こえはいいかもしれない。
しかし現実を見てみればどうだ?
こんなもの、ただの押し付けでしかない。
なんて、愚行。
わかっているなら
届かないなら
届けるつもりすらないのなら
手など差し伸べなければいいだけのことだ。
頭ではわかっている。
理性は、残っている。
なのに

「・・・・っぁ・・・・ガネ・・・・ン・・・・・」

目の前で快楽に酔いしれる、淫らな狂おしいほどの存在をどうしてでも手中に収めたいと思ってしまった。
許されることじゃない。
どれほど手のかかる子供だとしても、一族の命運を背負う大王なのだ。

(一刻も早くやめるんだ)

思っても脳から発信される電気信号は末端神経に上手く伝わらない。
今やこの体は欲が発する微弱な電気によって統御され、完全に支配権を奪われている。
精神など気休め程度の枷にもなっていない。
ただただ罪悪感を広げるだけものだ。
本能と理性の狭間に立たされる。
どうにかしなければいけない。
思えば思うほど、快楽を求めろと麻薬に似た何かを脳内はぶちまける。
芯から痺れあがる心地よさは目の前の男にも伝播し、呼気と共に喉が跳ね上がった。
自分とは違う白い喉。
いつかは同じ色に染まりあがるだろうその肌を、いっそ今食い尽くしてしまおうか。
過ぎた快楽は逆に頭を冷静にさせる。
揺さぶり続けた体を止め、喉元に手を伸ばす。
まだ血も流されていないただの人間の体など、殺すことなど造作も無い。
頚動脈に爪を立てれば、容易く皮膚を貫く。
ずぶり、ずぶり、体内に侵入。

「・・・・おい・・・・」
「・・・・・・・」

ふいに、手首を捕まれる。
さえぎるのは今の今まで喘いでいた男。
叱咤されるだろうか?
ひどい癇癪を起こすだろうか?
確実に自分の中に沸き起こった殺意を考えれば、その相手が誰であるかを考えれば今この場で自殺を命じられようと文句は言えない。
しかし、返されたのはまったく別のもの。
首から流れるものになど一切気を止めず、自ら腰を打ち付けてきた。

「バカ野郎・・・・・やめんな・・・・・」
「・・・・・御意・・・」

それはつまり、理性を捨てろという命令。
大王には従わねば。
命令には従わなければならない。
これは、命令だ。
だから、構わない。
だから、気持ちなどない。
つけた傷跡を塞ぐため首筋に舌を這わせ、唾を塗りこんでいく。
それだけの行為に反応を示す男の体。
小さく震える身体は明らかに欲情の色がさしている。
足りない刺激を求めるように伸ばされる腕は自分の首に絡み付く。

今はもう、愛しいなどと言う感情はない。
ただ、欲に忠実なだけ。

わずかばかり残っていた理性を振り払うかのように、強く、深く、己の昂ぶりをスティーブの中に穿つ。
甲高い、悲鳴にも似た嬌声が、甘く脳髄に響いた。





愚か者の足下に






「起きろガネン」

皆が寝静まった夜中に―-もっとも夜中と言ってもそれは私たちにとっての、という意味だが、夜中にたたき起こされた。
私にそんなことをするのはこのアジト内には唯の一人しかいないから相手を確認する必要はなかった。
今更この男に対してノックもせずに部屋に入ってくることなどの非常識をとやかく言うつもりもない。

「・・・・・・・睡眠中なのですが」
「起きてんじゃねぇか」
「起こされたんです」
「今寝てないなら変わりねぇだろ」
「・・・・・・・なんですか・・・・・」

言っても無駄だと理解して、仕方なく寝台から身体を起き上がらせた。
四肢に重だるさが残っている。
疲れは抜けきっていないようだ。
傷あるものの戦いが始まってからと言うもの一箇所に長く留まることはない。
ひたすら移動の毎日。
加えて日々激化する各地の仲間に指令を飛ばし、なおかつ大王の護衛をこなせば疲労が溜まるのも当然だ。
休める時は休んでおきたい。
いつ何時どんな不測の事態が起きるかわからない現状だからこそ、なおさら。
それをこの男が、大王自らが邪魔するとは何事か。
深い眠りにつけないせいで、寝起きの割に頭は既に覚醒している。
体内時間から換算して、日暮れまで後4時間ほどと言うところだろうか。

「数時間したらまた出発です。それまできちんと休んでいてください」
「んなことはいい」
「スティーブ」
「うるせぇ。俺に指図すんな」
「大事な時期なんで・・・・・・・スティーブ・・・?」
「・・・・・・・っ・・・」

どうにも様子がおかしい。
普段のこの男はこんなに静かではない。
人の話は聞かないし、用があるならこちらの状態など省みず勝手に捲し立てるだろう。
それなのに、この違和感。
おかしい。
明らかに様子がおかしい。
初めてスティーブを振り返る。

そこにいたのは血の気の失せた顔で壁に寄りかかる、今にも倒れてしまいそうなほどに疲弊した男の姿。

「・・・・スティーブ・・・?一体どうしたんです」
「いいからっ!!・・・・・なんでもいい、気を紛らわせたい」

態度こそ普段の傲慢さがあるものの、声は震えていた。
よくよく見れば体も小刻みに震えているようだった。
慌てて駆け寄り体を支える。
しがみ付くように服を掴んでくるスティーブの手は服越しからもその冷たさが感じられる。
尋常ではないことは十分に理解した。
だからこそ、語調も強くなる。

「スティーブ。何があったか言いなさい」
「・・・・・胸糞悪い夢見た・・・・・」

私が引かないだろうことを感じ取り、苦々しい視線を送りながら吐き捨てるように零した。
一つ零せば、また一つもう一つと零れ出す。
それはまるで懺悔のようで。
その意味など自分にはまるでわからなかったが、スティーブは勝手に続ける。

「俺は・・・・あんなことがしたかったんじゃない・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・最低だ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「違うんだ・・・・・・俺はお前が・・・・・・」
「・・・・スティーブ・・・・?」
「っ!?・・・・・・ぁ・・・・・・いや、なんでもねぇ・・・・」

今の今まで口走っていたのは無意識だったようで、声を掛けるとはっと身を硬くし、そして視線を俯けた。

「・・・・・・・とにかく気分が悪い。なんでもいいから気が紛れることをしろ」
「気が紛れることと言っても・・・・」

ちらり部屋の中に視線を巡らせてみるが、部屋には娯楽用のものなど何もない。
常に旅して回らなければならないのだから必然的に持ち物は最低限の必需品だけになってしまう。

「貴方も十分ご存知と思いますが、ココにはそんなものありませんよ」
「なけりゃお前がなんかしやがれ」
「何かと言われましても・・・・・・・・」
「言われなきゃ何も出来ねぇガキかテメェは」

ガキに言われたくはない。
思いはしたがそれは何とか拳を握りこむことでやり過ごす。
反論すれば余計に気を荒げる性質の人間なのだ。
こちらが相手にしなければそのうち勝手に折れる。
ソレがこの数年で学んだスティーブの扱い方だった。
だが、今日のスティーブはやはりいつもとは様子が違っていた。

「・・・・っち・・・・テメェとなんかやりたくもネェが仕方ねぇか・・・・」

そういうと無造作に服を脱ぎ出した。
それを唖然と見る事しかできない私に

「テメェもさっさと脱げ」

有無を言わせぬ命令が飛ぶ。
意味がわからなかった。
何故この状況で服を脱ぐと言う話になるのか。
まとまらない思考をしている間にスティーブは一糸纏わぬ姿になっている。

「たらたらすんな。それともテメェは一人じゃ服も脱げネェのか?」
「何故脱ぐ必要があるのか考えていただけです」
「俺は気を紛らわしたい。だがココにはそんなものはない。ならやるこたぁ一つしかねぇだろ?」
「・・・・・なんですか・・・?」
「ヤるんだよ。俺とお前が」
「・・・・・・・私はそんな趣味は持ち合わせていないのですが」
「俺だってテメェとなんかヤりたかねぇよ。だが・・・そうでもしねぇと精神がもたねぇ・・・・・」

先ほど言った悪夢とやらを思い出したのか表情が苦しそうになる。
どうやら悪ふざけの類ではないらしい。
さりとて私も男に抱かれる趣味も、ましてや男を抱く趣味もない。

「何か他の・・・」
「他にいい暇つぶしがあるならそれでかまわねぇよ?
だがそんなモンあるか?
俺の気を紛らわし、最悪の夢を忘れさせるくらい面白いことがお前に思いつくか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「何もねぇなら黙って服脱いで俺に奉仕してりゃいいんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あぁ、お前にはこう言ってやったほうがいいか?
『大王様の言うことが聞けねぇのか?』ってな」

その言葉に、私は恭しく傅いた。
まるで条件反射のように。
意思など存在しないかのように。

「それでいい。お前は忠実な手下として俺の足元に跪いていればいい」

醜く歪んだ笑みで私を見下した。
ただそれは、傷を広げるだけの行為と知ってなお行使する己に対しての侮蔑だったのかもしれない。
この男が嘲笑うのは他でもない、自分自身だと。
気づきはしたが私は何も言わなかった。

「・・・大王の御心のままに・・・・」

ただ黙って、大王の御足に口付けを一つ、落とした。



□■□



この男に、少なからず愛情と呼べるものを持ったことが無いと言えば嘘になる。
何かと無鉄砲で先見ずで、目が離せない感じは兄を彷彿とさせた。
初めからなんとなく気にかかる存在ではあったのだ。
それが次第に別の感情に移り変わるのに、そう時間は要らなかった。
それだけ多くの時間を共有しているからだ。
長い時間隣に立ち続ければ嫌でも相手の本質というものが見えてきてしまう。
この男の傲慢さの裏に隠れているのは拒絶による孤独。
期待をすることを極端に恐れている。
どうやらそれは過去の出来事に起因しているらしいがそのあたりのことを詳しく聞いたことはない。
スティーブ自ら話すことは無かったし、私もあえて聞こうとはしなかった。
知ったところで自分の感情が揺れるという気もしなかったし、例えどんな事体になろうともこの男がバンパニーズ大王という事実は変わらないからだ。
どうあっても変化をもたらす要因にならない事柄なら、無理をしてまで知る必要は無い。
そう思った。
この男との関係は主従関係、その一言に尽きるものでしかない。
そう思っていた。
例え何があろうとも、それ以上にも、それ以下にもなり得ない。
そういう繋がりのはずだった。


なのに、何故壊れた?


「・・・っはぁっ!!・・・ぁ・・・ぁ・・・・ガ・・ネ・・・」

私の下で淫らな醜態を晒すこの生き物はなんだ?

「あ・・・・・ぁ・・・きもちぃ・・・・・」

こんなもの、私は知らない。

「んんっ!!・・あ・・あっっ!」

私はこんなもの、望んでいない。

ぐちゅりぐちゅり、卑猥な水音を立てる秘部を何度も何度も攻め立てる。
そこに一切の愛情など無く。
まるで獣が性を貪りあうような、そんなセックス。
裸に剥かれた身体を隠そうともせず、快楽に剃り上がる雄の証をさらけ出す。
ぽたり垂れる雫は雄の先端から溢れ出た蜜。
触りもしないソコは後ろに感じるものだけでそそり立ち、既に何度目になるかもわからない解放を待ち望んでいる。
腹部はもうどちらのものか判別もつかない白濁が塗り込められ、ぬらぬらと厭らしい採光を放つ。

こんなものをセックスと呼ぶなど、愛情表現の一つとして確立された行為への冒涜だ。
あえて言うなら、これは交尾。
感情ではなく本能で行う行為。
それも、まるで生産性の無い、無意味な行為。

(こんなことをして何になる?)

問うても答えるものは居ない。
あるのはただの男の喘ぎ声。
あられもない声をあげ、
あられもない姿を晒し、
それでも性を求める男の姿。

(それでも私にはこの男を叱咤する権限など無いのだ・・・・)

それは、この男がバンパニーズ大王だから、などという理由ではなく。

(この非生産的な行為を貪っているのが他ならぬ私だから)

酷く冷静に己を分析する一方で、体は淡々と男の身体を食らい続けた。
乱雑なピストン運動を繰り返すうち、スティーブの体が細かく痙攣する。
吐精までもう幾許も時間はかからないと認識するが早いか、

「っっ!!!!」

声にもならない悲鳴を上げて、再び腹と腹の間に精が流れた。
それに呼応するように後穴が収縮。
張り詰めていた己を締め上げんとばかりの、猛烈な快楽の応酬。
引き抜くこともせず、そうするのがまるで当然のように、欲望を男の中に吐き出した。

はぁはぁ、と荒い息遣いが部屋を満たす。
なのにまったく満たされないこの心。
精を吐き出せば吐き出すだけ虚しさとやるせなさが二倍三倍にと膨れ上がる。
こんな関係がこれからも続くのだろうか?
スティーブの体に埋め込んだままの己を引き抜きながらそんなことを思う。
栓をなくした秘部からとろり流れ出すモノを見た。
奥から湧き出てくる自分の精に、最早何の感情も抱けない。
これだけ抱いても、何一つ手に入ったと感じるものは無い。

「・・・・・・これで満足ですか・・・・?」
「・・ぁ・・・・・」

呻き声にしかならない音を発して後。
天上を仰ぎ見る自分の顔を手で覆い隠し、静かに咽び泣く。

「・・・・違う・・・・・違うんだ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は、ただ、お前が・・・・・・・お前が好きなだけだったんだ・・・・・」
「・・・・スティーブ・・・・・」


「       」


男が呼ぶ名。
愛しさと、悲しさと、ほんの少しの懺悔を込めて。
何度も何度も、うわ言のようにその名を呼ぶ。

初めからわかっていた。
この行為の先に得るものなんて無いと。
主従関係のそれ以上にもそれ以下にもなり得ないと。

期待をしていたのは私のほうだったのかもしれない。
そんな期待は脆くも崩れ去り、むしろ何かを失った気さえする。
だが、何を失ったのか、私自身にも良くわからない。
そんな、気持ちだった。









ガネ→スティ→? な感じのただやってるだけの話。

やっちゃっただけの話。

ソコに交わる感情は何も無く、ただ平行を辿るだけの関係。

だからってなんとも救いが無い。

2010/03/09





※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




※ウィンドウを閉じる※