夕方近くなってのそのそ起き出したラーテン。
近くを流れる小川で顔を洗って戻ってくる。
髪の毛も洗ったのだろうか?
短い毛先からポタポタと滴が落ちた。
すかさず私は荷物の中からタオルを取り出し、何を言われるまでもなくラーテンの髪を拭き上げる。
水分を含んだ髪の毛は、焚き火の色も吸い取って一層色濃く見えた。
目の前を揺れるオレンジを見て。

「・・・・・・髪、伸びたね」

ぽつり呟く。

「そうか?」

ラーテンは撫でつけた髪の毛を一房掬い確認するが、いまいちピンときていないようだった。

「うん、伸びた」

わかるのは、きっと私がずっと貴方のことを見ているから。
どんな些細な変化も見逃すまいと、貴方の全てを目に焼き付けているから。

「切ってあげる」
「・・・・・・お前がか?」
「私以外に誰が居るのよ」
「そりゃぁ・・・・・・そうなんだが・・・・・・」
「大丈夫、私の腕は確かよ」

荷物の中からハサミを取り出す。
自分の髪を切る時に使っているものだ。
私は自分の髪は自分で整えているんだもの。
ラーテンの髪を切るくらいどうってこと無いわ。

「・・・・・・耳を切るなよ?」

耳を両手で押さえながら、ラーテンはおそるおそる振り返った。

「・・・・・・ご希望があるなら切ってあげるけど」
「だから切るなと言っておる!」
「だったら、じっとしててよ。急に動かれたら責任持てないわ」
「う・・・・・・うむ」
「ほら、向こう向いて」

促して、背中を向けさせた。
おっかなびっくりで肩に力の入っているラーテンの背中を見、フフと小さく笑う。

「人の後ろで笑うな」
「だって」
「刃物を持って背後に立たれるのは気が落ち着かんのだ」
「何?ラーテンは私に背後から刺されるようなやましいことでもしてるの?」

手櫛で湿った髪を梳いて整えた。

「抜かせ。一般論の話だ」
「それもそうね」

チョキン。
毛癖がわからないので毛先を少しだけカットする。
意外と柔らかい毛質だ。

「でも───私は貴方を刺したりしないわ」
「ほぅ、そうか」
「刺し殺すなら、貴方が酔っぱらって耳元で叫んでも起きないくらい泥酔している時の方が確実だもの」
「・・・・・・お前、そんなこと考えていたのか・・・・・・?」

ラーテンの背中がぶるりと震えた。

「やだ、一般論の話よ」

クスクス笑いながら、同じ言葉で返してやる。

「私が貴方を殺すつもりなら、貴方はもう何百回と死んでいるわよ」
「それは・・・・・・喜んで良いことなのか?」
「さぁ?」

もう一度、チョキン。
頭頂部からハサミを入れる。

「少なくとも、私は貴方を殺したりしないわ。貴方が居なくなったら路銀稼ぐの大変だもの」
「我が輩はお前の財布か」
「現状、そんな感じ」
「お前を捨てていった方が身のためな気がしてきたぞ・・・・・・」
「そんなことしていいの?定期的に誰から血を貰っているの?ご飯の準備は?身の回りの世話は? 酔っぱらった貴方を介抱するのは?私が居なくなって、まともに生きていけると思っているの?」
「何とかなるわい」
「嘘ばっかり」
「嘘なものか」

チョキ、チョキ、チョキ。
今度はサイドを切り揃える。

「良いじゃない。私が貴方のお世話をして、貴方は私の分まで路銀を稼ぐ。ギブ&テイクの分かりやすい関係で」
「まぁ、確かに分かりやすいがな・・・・・・」
「だから、安心して良いわ」

チョキ、チョキ、チョッキン。
最後は襟足を整える。

「私は貴方を裏切らない。私の路銀のために」







信頼を得るため、私は私に嘘をつく






返事は、返ってこなかった。
代わりに頭が上下にコックリこっくり。
あら?と思ってラーテンの顔を覗き込む。
静かな寝息とともに、ラーテンは両の瞼を降ろしていた。
刃物を持って後ろに立たれるのは落ち着かない、そういったのはラーテンなのに。

「信頼、してくれてると思っても良いのかな・・・・・・?」

だとしたら、嬉しい。

「貴方は私の気持ちになど気づかずに、私を側に置いてくれればそれで良い」

今は、それで良い。

「私の気持ちは、私だけが知っていればそれでいいの」

世話役としてでも。
旅のパートナーとしてでも。
利害関係の一致としてでも。

貴方の側にいられるなら・・・・・・。

「私は、それでいいの」









いつだって自分の感情を押し殺し

「ラーテンの側に居る」ことを最優先にしてきたマロラたん妄想。

恋愛感情などというものを押し出したら相手にされないとわかっているからこそ

マロラたんはそういう素振りを見せず

上っ面の別の理由をラーテンの中に刷り込んでいったのではないだろうか。

ラーテンはその言葉を素直にそのまま受け取ったから(←それがマロラたんの目論見ではあるのだけれど)

マロラたんに絶対の信頼を寄せ、

マロラたんがラーテンに恋心を抱いている事実に全く気づかなかったんじゃないかなー。

なんて。

そんな妄想。



しかし・・・・・・

マローラがラーテンの世話をして、ラーテンがマローラの分まで金を稼ぐって・・・・・・・・・・・・

それってつまり夫婦じゃね?じゃね?

2012/06/03




※こちらの背景は Sweety/Honey 様 よりお借りしています。




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