カレンダーの日付を見て、クレプスリーが奇声を上げた。
何事かと思って後ろから覗き込んでみたら、真ん中がギザギザになったハートと記念日の文字が書かれていた。
それはクレプスリーの文字ではなくて(第一この人は読み書きがほとんどできないのだ)別の人が書いたことは明らかだった。
クレプスリーはわなわなと口を震わせて、まだ日も高いというのにコートすら羽織わず外に飛び出す。
「ちょっと!」と声を掛けるが彼が足を止める気配はない。
あわててコートを持って追いかけていくと、クレプスリーが目指したのはMr.トールのトレーラー。
どうしてトールのところに?と疑問に思ったのだが、トレーラーの中に入ると疑問も吹っ飛ぶくらいの面子がそろっていた。
「ガブナー!それにカーダも!!」
トールがもてなしているバンパイアマウンテンにいるはずの二人を目にし、思わず声が上がった。
クレプスリーは声も無く放心状態だ。
「私もいるわよ」
「エラ!」
後ろからこの声に振り返ると、そこにはエラもいた。
さらに後ろにはシーバーまで居るではないか。
一体どうしてしまったのだろう。
「どうしてみんながここに居るの?」
思ったままの疑問を口にすれば、真っ先に反応したのは放心状態のクレプスリーだった。
「お前は知らなくていいんだ!」
頭ごなしにそういうクレプスリーを見て僕を除く5人がくすくすと笑う。
「その様子だと、ダレンは知らんようじゃな」
「自分からは口が裂けてもいえないわよね、ラーテン」
「ラーテン・クレプスリー様ともあろうものが、まさかの失態だもんなぁ」
「うるさいわ!向こうの見る目が無かっただけだ!」
「強がっちゃってまぁ」
「女心もわからない若造だったのは一体どっちだったかな?ラーテン」
「トール!見てきたふうに言うのはやめてくれ!!」
あのクレプスリーが目の前で言いくるめられているのを見るのはいい気味だけれど、僕一人置いてけぼりを食らっているのはなんだか気分が悪い。
「ちょと!」
「お前は黙っていろといっただろう!!」
黙っていろなんて言ってないじゃないか!
頭にきて手に持っていたコートを思いっきり投げつけてやった。
「何で僕一人仲間はずれなんだよっ!!」
「まぁまぁ、ダレン。そういきり立つな」
「シーバー!・・・・でも・・・・」
「我輩は以前ラーテンに対して『ダレンを受け入れろ』と嗜めたな?」
「うん」
初めてバンパイアマウンテンに行った時のことだ。
僕がいろいろとシーバーに質問するのを叱ろうとした時に、逆に自分が窘められることになったのだ。
「だがな、師として決して弟子には知られたくない恥というものもあるのだ」
「恥・・・・・」
「いずれ時が来ればお前にもわかるだろう。あまりラーテンをいじめてやるな」
「・・・・・シーバーがそういうなら・・・・・」
なんだか釈然としない部分もあるけれど、こう言われてしまえばシーバーの顔を立てるために引かざるを得ない。
ひとまずほっと胸を撫で降ろすクレプスリー。
その後ろでは言いたくてたまらないといった感じでニヤニヤするガブナー、カーダ、エラ。
クレプスリーがにらみを聞かせてもどうやら劣勢のようで三人はニヤニヤしっぱなしだ。
「しかしラーテン。お前がバンパイアになったことは決してダレンにとって無関係ではないはずだ」
「・・・・・確かに・・・・・」
「恥をさらしたくないのはわかるが、必要なことは教えてやるべきではないかね?」
「うむ・・・・」
「すべてを隠そうとすればどうしたって気を引いてしまう。最低限のことは教えて、本当に隠したいことを悟らせないことがうまいやり方というものだ」
「肝に銘じておこう」
そう言って、少しだけためらうように何かを考えてから「ダレン」と僕を手招きした。
すぐ目の前まで行くと、歯切れの悪そうな表情でクレプスリーがぽつりと漏らす。
「あのな、・・・・・こいつらが騒いでおるのはな・・・その、今日が我輩がバンパイアになった日だからなのだ」
「あんたが、バンパイアになった日?」
「あぁ」
「・・・・・・・・・・」
「何だその表情は」
「いや・・・・・・」
何だろう、バンパイアじゃないクレプスリーというものがうまく想像できなかった。
僕にとってクレプスリーはずっとバンパイアだったから。
そりゃぁ生殖機能を持たないバンパイアなのだから生まれながらのバンパイアなど居るわけがないと頭ではわかっていたけど、でもやっぱり想像がつかなかった。
「あんたにも人間だったときがあるんだなぁって思ったら、なんか変な気分になった」
「お前人を何だと思っておるんだ!」
「だって・・・・!!」
仕方ないだろ、想像つかないものはつかないんだから。
「でも、そんなの皆あるでしょ?バンパイアになった日なんて」
僕だってある。
あのスティーブのために取引をした夜。
だからってこんな風に騒がれたことなんてなかった。
「まぁそうなんだがな・・・・」
「何であんただけこんな風に人が集まってくるの?」
「・・・そ・・・・それは・・・・・」
誰もが行き着くだろう疑問を想定できないなんてまったくもってクレプスリーらしくない。
それだけ隠したいことがあるということなのだろうか。
シーバーに言われた手前、深追いするつもりなんてなかったのだが、こうも穴だらけだとつつきたくなるのが人情というものだ。
こればっかりは僕のせいじゃない。
へまをやらかしたクレプスリーが悪い。
クレプスリーがどんな返答をするのか後ろに控えている皆もわくわくしながら聞き耳を立てている。
「もしかして、カレンダーにあったギザギザのハートマークとなんか関係が?」
「ないっ!関係などあるものか!!」
・・・・・・関係あるらしい。
皆も堪え切れずにクツクツ笑い出したのだから間違いない。
ほんと、とことんこの人は隠し事がヘタなようだ。
さて、ギザギザのハートマークといえばなんだろう。
一つの予想が頭をよぎった。
同時に、いやいやまさかそんなわけ・・・・・と否定した。
でもそれ以外どんな理由が考えられるだろう。
・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
思いつかない・・・・・・・。
え?うそ、マジで?
誰か嘘だといって?
ちょっと、いくらなんでもそれはないって。
だって・・・・・・・まさか・・・・・・
「失恋が関係してるの?」
ピシャァァンッ!!
こんな効果音が聞こえてきそうなほどの衝撃に打たれるクレプスリー。
声を堪えようとせずに笑い出す5人。
どうやら、僕の予想は当たっていたようだ。
でも失恋が原因でバンパイアになるって、そんなことあるんだろうか。
「隠すのも潮時のようだな、ラーテン」
「潮時って言うか、ばれるまで早過ぎ!」
「あなたって昔っから隠し事が下手ね」
「ううううう・・・・・・」
「ねぇ!失恋したからって何でバンパイアになるのさ?」
「そりゃあれだ、ラーテンがついてない男だったからだ」
「いや、むしろついてたんじゃないか?こんなタイミングでバンパイアに出くわせるなんて幸運以外の何者でもないぞ」
「ちょっと、僕にもわかるように話してよ!」
「つまりな・・・・・」
羞恥心で縮こまるクレプスリーをよそに、彼の醜態が日の元にさらされた。
要約してみるとこういうことらしい。
人間だったクレプスリーは、当時付き合っていた女性にこっぴどく振られた。
原因はクレプスリーの浮気が原因だというから驚きだ。
よりを戻そうと頑張ったようだが、もともとの浮気性な性格が災いし彼女の信頼を取り戻すことができずに破局。
そして、自棄酒に走ったクレプスリー。
続けて彼に降りかかる災難。
泥酔した帰り道、シーバーに襲われたのだ。
後ろから音もなく忍び寄ったシーバーが、催眠ガスをハァっと吹きかける。
普通ならそのまま数時間眠りに落ちるはずだった。
だが幸か不幸か定かではないが、何故かうまいこと催眠ガスが効かなかった。
もともと泥酔していたから浅薄呼吸でガスの取り込み量が少なかったのだろうというのがシーバーの推測だ。
そんなわけで血を頂こうと尖った爪をぷつり肌に突きつけ、流れる血をゴクリ飲んだとき
『・・・・・・お前・・・・・・吸血鬼か・・・・・』
うつろな目で、抵抗することもなくそう言った。
そのときのシーバーの驚きは想像に難くない。
『そうか・・・・・吸血鬼か・・・・なら俺は死ぬのか・・・・・?あぁ・・・・それもいいだろう・・・・』
うわ言のようにぶつぶつと繰り返す男に、シーバーは少しだけ同情を覚えたという。
『残念だが、おぬしは死なんよ。我輩に少しばかり血を奪われて、それでおしまいだ』
『・・・・なんだ・・・・・死ねないのか・・・・・・』
『死にたいのか?見たところまだ若いだろう?』
『あぁ・・・・死にたいね・・・・・・生きていたって・・・・・ろくなことない・・・・』
『・・・・・・・・・』
『働いたって金だが貯まるわけでもない・・・・・・・その日暮が精一杯だ・・・・・・』
『・・・・・・・・・』
『こんな人生に・・・・・何の意味がある・・・・・・』
『だが、お前は今不本意だろうが生きている。生きておるということ自体に意味があるのでは?』
『知ったような口を・・・・・・・こんな生活、ただの生き地獄だ・・・・・・』
『ふむ・・・・・・・・』
『おい、おっさん・・・・・・いっそ一思いに殺してくれよ・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・・』
『生きていたくない・・・・・・もう、終わりにしたいんだ・・・・・・・・』
『・・・・・・・殺すのは、少々面倒くさいな。だが、今の生活から開放してやることはできるかもしれん』
『本当かっ!?』
『あぁ。だが、決して改善されるとは限らん』
『構うもんか!この生活からおさらばできるなら何でもいいっ!頼む、おっさん!!』
『・・・・・後悔するなよ・・・・?』
『今を生きる以上の後悔があってたまるか』
『いいだろう・・・・・・なら、お前には我輩の手下になってもらおうか』
なんてやり取りを介して、晴れてクレプスリーはバンパイアになった、ということらしい。
嘘のような、本当の話。
もちろんその後、酔った勢いでバンパイアになってしまったクレプスリーの後悔といったらなかったそうだ。
酔っ払いのたわごとを聞いて手下に迎え入れたシーバーも元帥たちから相当お咎めを受けたとか。
「つまり、これは戒めなのだ」
昔を思い出してか、シーバーは懐かしそうに目を閉じた。
「今後同じ過ちを繰り返さないための教訓として、こうして折を見ては思い出す」
「その割には楽しそうだね」
「あぁ、弟子をからかうのは師の生涯の勤めだからな」
エラが小さく耳打ちして補足を入れた。
「あの人のせいで怒られたことを未だに根に持っているのよ。その腹いせもこめて人に広めているの」
「まさにクレプスリー様一生の不覚って事さ」
「ダレンも気をつけろよ。蛙の子は蛙だから、きっとラーテンも相当根に持つタイプだぞ」
「聞こえとるぞ、カーダ!」
「おっと!こりゃ失敬」
悪びれた風もなく謝る。
謝るどころか笑い出すんだから余計にクレプスリーの神経を逆撫でする。
だがシーバーの手前か、それ以上言い返すこともできずに押し黙り、とうとう耐え切れずにトレーラーを出て行ってしまった。
「クレプスリー!?」
「からかいすぎたかね?」
「戒めなのだから仕方あるまいよ」
「それにしても、ホント何度聞いても笑えるなこの話は」
「今じゃ想像もつかない醜態だもんな」
「昔は結構粗忽者だったわよ?あの人。ねぇ、シーバー?」
「あぁ、そうだな。言うことを聞かない聞かん坊で手を焼いたわ」
次々と暴露される過去の醜態。
それらは『分別の無い若造』で片付けるには荷が重いものもあった。
僕の知らないあの人の姿を聞くのは楽しくもあり、少しだけ胸が痛かった。
何せ数十年後にこうやって話のネタにあげられるのは弟子である僕だということは簡単に想像がついたからだ。
日もとっぷり暮れた頃、団員たちの夕飯に混ざって宴会が催されることになった。
一応名目はバンパイアご一行様歓迎会、ということになっていた。
彼らにもなけなしの優しさはあるようで、バンパイア以外には口外しないで居るらしい。
僕はさっさと自分のトレーラーに引っ込んでしまったクレプスリーを呼ぶため、一端皆と離れた。
トレーラーを覗くと、中は真っ暗だった。
「・・・・・・クレプスリー・・・・?」
「・・・・・・なんだ」
「居るなら電気くらいつけなよ・・・・・・・・って、くさ!お酒臭い!!」
「・・・・酒でも飲まねばやってられんわ」
「そのお酒がそもそもの原因なんでしょ?」
「うぐ・・・・・・・・」
「ほどほどにしておきなよ」
「お前に言われんでもわかっておるわ!」
自棄になってまた一杯グラスを空けた。
これでわかっている、なんてよく言えたもんだ。
ホント、酔っ払いの戯言は信用しちゃいけない。
これ以上飲ませたらきっと明日は二日酔いに悩むゴリラのような醜態を晒させることになりかねない。
弟子の汚名は師の汚名、なんて昔聞かされたけど、師の汚名も弟子の汚名になる。
ほとんど自己保身のために、クレプスリーの手から酒瓶を奪い取った。
「何をする!?」
クレプスリーが叫ぶが早いか、僕は瓶に直接口を当て残っていたお酒をごっきゅごっきゅと一息で飲み干す。
予想以上に量が多くて頭がくらっとした。
「・・・・・・あんたにとっては厄日かもしれないけど・・・・・・」
ぷは、と酒臭い息をつく。
一緒に思っていたことが口をつく。
あぁ、つまり。
これが失態ということなのかな?
「あんたが居なかったら僕は今ここに居ないんだ」
「ダレン?」
「そんなの、寂しいよ・・・・」
「・・・・・・・・」
「あんたがバンパイアになったから、こうして出会えて、こうして一緒に馬鹿やれる」
「・・・・・・・・」
「あんたにとったら、思い出したくも無い日かもしれないけど」
「・・・・・・・・」
「今日という日が、僕は嬉しい」
「・・・・・・・・」
「おめでとう。ご愁傷様」
失態がなければ、こんな手のかかる弟子の面倒なんて見なくて済んだのにね。
やっぱりあんたは不幸な星の元に生まれたのかもしれないね。
ほんと、ご愁傷様。
「・・・・きっかけはどうあれ、悪いことばかりではなかったさ」
「・・・・クレプスリー・・・・」
「シーバーという師を持ち、エラという伴侶を得、カーダやガブナーという弟分的は親友を得られたのはバンパイアになったからだ」
「・・・・・・・・・・・」
「もちろん、お前という弟子にも出会えた」
「・・・・・・・・・」
「悪いことばかりではなかった。むしろ・・・・」
「・・・・・ぅぷ・・・・ぁ、ちょ、やば、吐きそ・・・・・・」
「おまえっ!人がいい台詞を言っているときに!!」
「だって・・・・・・一気飲み・・したから・・・・・う゛っ!!」
「うおぉおっ!?ここで吐くなっ!せめて外で吐けっっ!!」
「いや・・・無理・・・・・も・・・・・・出る・・・・・」
「ぎゃあぁぁぁあっ!?棺桶の中に吐くなぁぁぁぁっっ!!!!!!!」
あぁ、ホント。
心の底からご愁傷様。
酔っ払いにご注意を
・・・・・・これは何ぞ?ww
映画版にて1803年5月3日がクレプスリー様バンパイアになった記念日と書かれていたので。
文字通りやらかしてみた!!内容もオチも酷い!そのくせ長い!
捏造にもほどがあるね、と書ききってからセルフ突っ込み。
外伝が出るまではクレプの過去は捏造し放題だと思ってるさかきです。
バンパイア記念日って、ある意味誕生日みたいなもんですよね?
ダレンの「ご愁傷様」は「おめでとう・ありがとう」と同義。
ひねくれ半バンパイアは言うことが違います。
そんなこんなで、クレプスリー失恋おめでとう!(ひでぇww)
バンパイア誕生日おめでとう!!
2010/05/03
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。