「考えてみたら、俺たちって凄いよな」

スルスルと、まさに蛇のような滑らかさで木を登っていくエブラが感心したように呟いた。







トモダチシテル






「え?何が?」

一瞬、エブラの声に気を取られたせいで、サムを支えていた手がおざなりになった。
とたんに、サムのちょっぴり重いお尻がガクンと下がってくる。

「ぎゃっ!ダレン!?」
「ゴメンゴメン・・・・・・っと、サムそこの足場はダメだ。もっと向こうの方まで足を伸ばさないと次の足が出ないよ」
「えーっ!ムリムリっ!あんなところまで届かないよ!」
「無理でも伸ばさなきゃ登れないよ」

泣き言を言うサムを勇気付け、エイヤッ!っと跳び移らせた。
ゼイゼイと息を切らせるサムが落ちないように、側で支えてやる。

「おーいサム!いつまでそんな下で遊んでるんだよ。早く登って来いよ」
「エブラ、あんまり煽るなよ。無茶して落ちたらどうするんだ」

遙か頭上のエブラを叱咤する。
エブラは蛇少年の名前そのままに、少し太い木の枝に体を器用に絡ませ、腹ばいになったこちらの様子を伺っていた。

「だって一人で先登っててもつまんねーんだもん!」
「だったらエブラもサムのこと引っ張ってくれよ!」
「俺はダレンみたいに怪力じゃねーの。木登りは得意だけど、人を持ち上げるのは得意じゃないの」
「僕だってそこまで怪力じゃないよ!」
「少なくとも俺よりかは力あるだろ?」
「そりゃ、まぁ、ね。半分バンパイアだし」
「ほら!何だっけ、こういうの。テキザイテキショ?だっけ。なんかそんな言葉があるんだろ?」
「都合の良い知識ばっかり付けやがって!」
「・・・・・・ね、ダレン・・・・・・」

空を仰ぎながらエブラと言い合っていると、幾分息の整ったサムが小さく漏らす。

「僕やっぱり、無理みたい。ダレンだけ先に行ってよ。僕はここで待ってる」

てっぺんまで登ることくらい、君には簡単だろ?・・・・・・僕とは違って。
サムは言外にそう言った。

「足手まといになってるのはわかってる。わかってて足を引っ張るのは、友達じゃないよ。だから行ってよ」

わずかに悲しそうに笑う。


この木登りをしようと提案したのは、サムだった。
樹齢何年になるのかも解らないほどの巨木があるという。
現在シルク・ド・フリークが居を構えている場所からでもその姿が確認できたので、僕もエブラも前々から気になっていたのだ。
フリークショーの中休み日に3人揃って出掛けた。
遠くからでも随分と大きな印象だったけれど、実際に間近に迫るとその大きさに圧倒される。
僕たちが3人手を繋いでもその幹を一周することができない。
下から天辺を仰ぎ見ると、首が痛くなってしまう。
そんな所まで登って見える風景は一体どんなものだろう!
想像するだけでも大興奮だ。
一目散に飛びついて、3人で天辺を目指す。

出だしは誰もが好調だった。
半バンパイアの僕は、普通の同年代の子供の何倍も力があるから余裕だし、
エブラも、“蛇”少年の名前に恥じることなくスルスル登っていく。
誘った張本人だけあって、サムもなかなか木登りが様になっていた。

が、所詮はただの人間の少年。

僕たち『フリーク』のようには行かれない。

次第に悪くなっていく動きが不安で、僕はサムの所まで引き返した。
保険代わりに下から手を添え、安全な足場を示す。
例えば、僕がサムをおんぶして登ることは不可能ではないだろう。
けれど、それをサムが望むだろうか?

サムは僕たち『フリーク』を特別扱いしなかった。
尊敬と羨望の眼差しを送りこそすれ、特別な生き物として人間との差別的な区別をしなかった。
ソレはつまり、サム自身がそう扱われたいということ何じゃないか?
今の言葉にしたってそうだ。
サムを対等の生き物だと思うなら、手を差し伸べるよりも置いていって上げた方が彼のプライドを守れる。

解ったよ。

僕がそう返そうとすると、頭上から叱咤の声が飛んできた。

「バーカ!何言ってるんだよっ!」

3メートルは上に居たはずのエブラがスルン、っと僕らの元まで降りてきた。

「登ろうって言ったのはサムだろ。言い出しっぺがいきなり離脱すんなよ」
「でも・・・・・・」
「でももクソもあるかっての!俺たちの方が動けるのは当たり前なんだから、使えるモノは何でも使えよ!登れないならダレンにおぶって貰えばいいだろ」
「ぼ、ボクは君たちを利用したいわけじゃ・・・・・・!?」

そうだ。
そんなことをすれば、対等でいたいと思うサムのプライドが傷ついてしまう。
僕たちは、『フリーク』も『人間』も関係なく、ただの『友達』として存在しているのだから。
彼の意志を尊重しなければ。
ソレが、バンパイアの力を持ってすれば簡単にカバーしてしまえることであったとしても。

これ以上言わせてはならない。
僕がエブラに目配せすると「お前は黙ってろよ」と逆に窘められる。
エブラにしては珍しく、強い物言いだったせいか、僕は口を閉ざした。
くそっ!くそっ!
どうなっても知らないからな!?
言われるがまま、サムの背後で状況を見守る。

「サム」
「な・・・・・・なんだよ・・・・・・」

エブラがサムの顔面に拳を突きつける。

「っ!?」

突然のことに僕もとっさの反応が遅れた。
地上の平面ならともかく、こんなに足場の悪い位置だ。
いまからじゃ、サムを庇って避けるなんて芸当出来ない。
一瞬後に訪れるはずのサム越しの衝撃を覚悟し、ぎゅっと目を瞑る。

・・・・・・が、何時まで経っても、そんな衝撃訪れやしない。

ソロリソロリ目を開く。
にやにやと笑ったエブラの顔が映った。

「一番の年下が何言ってんだよ、ばーか!」

エブラが突き出した拳は、サムの顔面5センチほどの所で制止していた。
代わりに、中指だけが勢い良くはじき出されてサムの額を打った。
いわゆる、でこピンって奴だ。

「イッタァッ!?」
「それ、生意気言った罰な」
「ボク生意気なんて言ってないもん!」

打たれた額を手で押さえ訴える。
若干涙声に聞こえたのは気のせいではないだろう。
エブラの奴、容赦なくでこピンしやがった。

「それが生意気だって言ってんだよ。俺たちとお前じゃ年も、これまでの生き方も違うんだ。 出来ること出来ないことが違って当たり前なの!何でもかんでも人と同じに出来なきゃ対等じゃないなんて思うなバカ! 出来ないことは人に頼ればいい。出来ることはしてやればいい。そうじゃないのか?」
「そ・・・・・・それは・・・・・・」

エブラの言葉には、僕もハッとさせられた。
他者の生き方を尊重するのはバンパイア同士の生き方であって、それを人間のサムにも当てはめるのは間違いだった。
そんなことにも気づかないなんて、僕は相当な間抜けだ。

「なんて、トールの受け売り何だけどね」

ぺろっ、と長い舌を出す。
シルク・ド・フリークのオーナーであるミスター・トールの言葉だと聞いて、妙に得心いった。
様々なフリークが数多く生活を共にするシルク・ド・フリークでは、それこそ得手不得手も千差万別。
一人では欠けているから大勢で暮らす。
そうやって暮らす団員たちは、トールにとって巨大な家族も同じなんだ。
全く、トールほど素晴らしいオーナーなんて、きっとこの世にいないに違いない。

「トールってば『生意気な口は、せめて私の身長を超してから言うんだな?』とか言うんだぜ?そんなん絶対無理だし!」

2メートルを軽く越しているミスター・トールの身長を追い抜けるモノはそう多くはないだろう。
トールなりのジョークなのか?
うーん・・・・・・よくわからない。

「ま、そういうわけだから、お前は素直にダレンに負ぶさっとけばいーの」
「・・・・・・おんぶするのは僕なんだな・・・・・・」
「だから〜、テキザイテキショってさっき言ったじゃん?俺じゃサムを担いで登れないもーん。力仕事はダレンに任せた!」

言うが早いか、去るが早いか。
エブラは僕が次の言葉を口にする前にさっさと上へと上っていく。

「早くしないと日が暮れるぞー!」
「バーカ!まだ午前中だ!蛇は時計も読めないのか!」
「腹時計があれば十分だろー!」
「・・・・・・ったく」

呆れるを通り越して関心すらしてしまう。
良いことを言ったかと思ったら、次の言動がこれなんだもんな。

「じゃ、僕たちも行こうか?」

狭い足場の中で体を反転させ、サムに背中を晒す。

「う・・・・・・うん」

おずおずと負ぶさった。
あんな風に言われたものの、まだちょっと気後れしているようだ。

「ちゃんと捕まっててよ?登る時僕は両手使うから、支えて上げらんないし。落ちたら自己責任ね」
「えっ!?」

本当はそんなヘマやらかすつもりもないけれど、脅してやる。
遠慮がちだった手にぎゅっと力が入った。
そう言えば、僕もクレプスリーと昔こんなやりとりをしたことがあった気がする。
昔って言っても、2・3ヶ月前のことでしかないんだけど。

「行くよ」
「わ・・・・・・っ!」

先ほどまでのサムのスピードとは比べものにならない速度でぐんぐん登っていく。

「ダレン!すごい!凄いよ!!地面があっと言う間に遠くなってく!」
「まだまだ、こんなもんじゃないよ!」

先を行っていたエブラに追いつき、そして追い抜いていく。

「エブラ!そんな下で何時まで遊んでんだよ?置いてくぞ」
「そんな余裕なら俺も運べーっ!」
「バンパイア特急は現在満員でーす」

わーきゃーわーきゃー喚き立てる声を、サムと二人で無視して笑った。
時間にしたらそこそこかかっているはずだけれど、サムの体感的にはまさにあっと言う間に頂上付近にたどり着く。
ある程度太さのある幹に跨がせ、葉っぱをかき分けて覗くと、歓声が上がった。

「凄い!こんな景色見たことない!」

思わず前のめりになったサムの体を慌てて支える。
けれど、興奮するのは解らないでもなかった。

一面に開けた視界。
この近辺では一番高い場所から見下ろす解放感。
普段であれば決して見えない視点からの景色というのは新鮮そのものだった。

「見て、ダレン。向こうに町が見えるでしょ?」
「うん」
「僕たちの家族はね、時々あそこまで買い出しに行ったりするんだ。 そんなに大きくはないけど活気がある町で、おもしろいお店も沢山あるんだ。 出し物小屋とかもあって、それとかサイコーなんだ!」
「へぇ、フリークショーよりも?」
「ばかな!フリークショーよりもイカしたショーなんてこの世にあるもんか!」
「えー、何々?何の話?」

ようやく追いついたエブラが僕たちの横に腰を下ろす。

「フリークショーが最高って話」
「お!嬉しいこと言ってくれちゃって!よっしゃ、そしたらシルク・ド・フリークの花形、スネークボーイ・エブラ様の芸をこんな場所で見せてやる!」

いそいそと長い舌を鼻先に延ばし始めた。

「何時からお前が花形になったんだよ。お前の鼻ほじり芸なんて前座にもなりゃしない!」
「そんなこと言う奴には、俺の鼻舐めさせてやらね」

舐めたくもないよ、とサムと口を揃えて言ってやる。
バカみたいに3人でゲラゲラ笑った。

「なんかさー、いいよな。こういうのって」
「どういうの?」
「うーん・・・・・・なんていうんだろ?・・・・・・友達、してるって感じが、さ」
「何それ」
「だってさ、俺、友達って初めてなんだもん」

なんかこの辺がそわそわするって言うか、変な感じがする。
そういってエブラは自分の心臓のあたりをさすって見せた。

「団員のみんなは?友達じゃないの?」
「友達っていうより、あいつらは家族って感じだからなぁ。やっぱりダレンやサムとはちょっと違うよ」
「そういうものなの?ボクにはよくわかんないや」
「そりゃぁお前はちび助だからな。大人のことはわかんねーんだろ?」
「何だよ!?対して歳変わんないだろ!?」
「精神年齢は一番のちびだろ?」
「そんなことないもん!エブラの方がガキだよ!?」

手をグーにしてぽかぽか攻撃を始めたサムと、それをあしらうエブラを横目に見、

(どっちもどっちだよなぁ・・・・・・)

なんて思う。

でも、考えてみたら凄いことだ。

僕は半バンパイアで。
エブラは蛇少年で。
サムは普通の男の子で。

そんな3人が、こうして───エブラの言葉を借りるならば───『友達している』わけで。
それって実は、すっごく凄いこと何じゃないだろうか。

「あ、ダレンの奴が薄ら笑いしてる!」
「なんかおかしなこと考えてたんだ!」
「違うよ!そんなこと考えてないって!!」
「怪しいな・・・・・・行けっ!サム隊員!捕虜ダレンの口から秘密を吐き出させるのだ!!」
「了解!エブラ隊長!!」

ビシリと敬礼のまねごとをしてからサムが僕の方に襲いかかった。
さっきまで言い争いしてたくせに、手のひらを返したかのように二人でグルになって仕掛けてくる。

「ちょっ!?こんなところで暴れたら・・・・・・っ!?」

タイミング良く、いや、この場合はタイミング悪くか。
ブオォッ!と突風が吹いた。
地上にいればそれほどでもない強さなのだろうけど、高い木の天辺近くにいるものだから、勢い良く煽られる。
重心が崩れ、体が傾いた。
跨っていた枝から体が離れていく。

(あっ!)

とっさに僕は手を伸ばす。
反射的にサムが手を取った。
グラリ傾きが止まらないことを察したエブラがサムの腰を掴む。

───が。

勢いは止められない。
3人分の質量に見合っただけの重力を受けて、もろとも落下。
バキバキけたたましい音が鳴る。
小枝が体をひっかき、木の葉が全身を打つ。

ドンっ!

腹をしたたかに打ちつけた。
続けて背中にドン!ドン!と二連続の強烈な振動。
どうやら、僕たちの体重にも耐えきれる太い枝に運良く引っかかって助かったようだ。

「・・・・・・・・・友達って素晴らしいな、なぁエブラ?」

地面までの距離を目算し、枝に引っかからなかったら死んでたなこれ間違いなく、とさりげなく付け足す。

「そうだな、親友・・・・・・あ、いや、その・・・・・・ゴメン・・・・・・」
「エブラー、重いよー、早くどいてよー」

じたばたと手足を揺らしてサムが訴える。

「どくったって・・・・・・これどうやって動けばいいと思う?」

3層重ねの最下層担当中の僕には現状がわからなかったが、何となく、想像がついた。
どうにもならない状態だということだけは、想像ついた。

あぁ、本当に。
友人とは素晴らしいなぁ。

皮肉たっぷりにもう一度言ってやれば、エブラは心底申し訳なさそうな声でゴメンと謝った。






トモダチシテル?





2巻時系列ではあり得ない(サムにバンパイアとばれてる)ので、

パラレルワールドって言うか、なんかそんな感じのお話ってことにしておいてください!

2巻時のダレエブサムでは、エブラが一番精神年齢高めなイメージ。

伊達にトールのところで長く暮らしてねぇぜって感じ。

みんなのお兄さん的存在で、いっぱいやんちゃなことして、いっぱい失敗する頼れないお兄さん(笑)だといいなぁ。

遅れちゃったけど、青木雨さんお誕生日おめでとう!ってことでこちらのお話を献上します。

青木さんのみお持ち帰り自由です。

青木さんハピバ!これからもいっぱいダレエブサム描いてね!(←)

2012/06/21




※こちらの背景は clef/ななかまど 様 よりお借りしています。




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