You’re only young once



深々と降り積もる雪に誘われるようにバンパイアマウンテンを抜け出してから幾許も立たぬ間に熊に襲われた。
焦点の合わない目で、グルォォォォォッと猛々しい唸り声を上げて突っ込んで来る。
だらしなく開かれた口からは涎が垂れており、一目で気が触れていると知れた。
可哀想ではあるがこうなってはもう正常に戻ることは無い。
思わぬ獲物に出会えた、そう思ったのはエラの方だった。
気の触れた熊なんて己の力を示すための格好の標的だ。
好戦的な目で敵を捉えると一足飛びに後退し間合いを取る。
そんなものお構いなしに突進してくる巨大な塊に対して、飛び上がりざまに鼻面に蹴りを食らわせる。
グルァァッア!
手ごたえを感じる悲鳴が上がる。
飛び上がった勢いのまま熊の頭上を飛び越え、今度は首の付け根、延髄に向かって攻撃を仕掛けた。

(入った・・・・・!)

これ以上ないくらい綺麗に決まった。
後は熊が倒れてそれでおしまい。

・・・・・グルゥルァァァっっ!!

(っ・・・・・・!?)

熊の手がエラの足を掴んで自分の頭から引きずり、叩きつけるように地面に落とした。
なんで・・・・あんなに綺麗に入ったのに、なんで倒れないのよ!
フシャァァ、と鼻息荒く襲い掛かってくる巨大熊にダメージなど微塵も感じられなかった。
再びこちらに突進してくる熊を交わそうと身体を反転させようとするが、地面を踏みしめられない。
見ればあたり一面の雪が熊の巨大な体躯によって踏み固められており起き上がることすらままならなかった。

(っ・・・・・ダメっ・・・・!)

無駄だとわかっていても最後の防衛本能で頭の上で手をクロスさせた。
相手にとっては無いに等しい紙切れのような防御。
数秒後にはこの白い雪の上に私の血が舞うんだわ。
それはひどく綺麗かもしれない。
それはひどく醜いかもしれない。
ただ私自身は見ることの無い光景。
諦めに似た何かから、瞼を閉じる。
そして訪れる衝撃と、己の最後をイメージする。

あっけない。
あまりにもあっけない終わりに笑いさえこみ上げてくる。
それでも戦いの中で死んでいけるのなら本望だった。
少なくとも私はそういう死に方を望んでいた。

なのに死は訪れなかった。
予想していた衝撃も。
何も無い。

有るのは、視界を埋め尽くす赤、赤、赤。

(な・・・・・・に・・・・・?)

どさっ
熊の巨体が雪の上に沈んだ。
少しずつ、少しずつ、白は赤に染め上げられていく。
見れば熊の心臓が貫かれていた。

「この時期の熊は脂肪をかなり蓄えておるから生はんかは打撃ではダメージを与えられん。
鼻先は急所の一つだが気が触れておれば痛覚も麻痺する。決定打には欠ける。
死にたくなければ迷いなく心臓を串刺しにすべきだ」

目の前に居るのは、赤を纏った男。
顔に見覚えはあった。
確か、ラーテン・クレプスリー。
現在元帥候補に名を連ねている男だ。
男は特にこれいった感情もなく血に汚れた己の右手を拭き清める。
まるで何事もなかったかのように。
自分が死を覚悟したことがバカに思えるくらいあっさりしたものだった。

「・・・・・あんたみたいなのに・・・・男なんかに助けられたくなかったわ・・・・・」

余計に自分が惨めに思える。
現実を痛感させられる。
涙を流すなんて愚かな事はしなかったけれど、泣きたい位惨めだった。
握り締めた手のひらに爪が食い込む。

男はこちらを見やり

「お前はいつも『男なんかに』と言うが、男だ女だに一番こだわっているのはおまえ自身ではないのか?」

静かに言った。

天地がひっくり返された気分だった。
私が女にこだわっている・・・・・?
そんなまさか・・・・
そんなはずはない。
こんなやつに私が解かるわけがない

「男のあんたに一体何が解るって言うのよっ!」
「ほれ、言ったそばからこれだ」

はっ!となって口を押える。
なんなのよこの男・・・・イライラする・・・・・。
八つ当たりでしかないと解っていても言い知れぬ憤りが湧き上がってくるのを押えられない。
押えた口の下でギリリと唇をかみ締めることで噴き出しそうになるそれをどうにか押さえ込む。

「お前の言うとおり、この世界に男も女も関係ない。強くなければ生きていけない弱肉強食の世界だ」
「解ってるわよ!だから私は・・・・っ!」
「こんな無茶なことをしたと言うのか」

眼下に横たわる気の触れた熊を一瞥する。
誰がどう見立てたところでエラに勝算はない相手だ。

「・・・・・・バカなやつだ」
「っ何よっ!!」
「バカだからバカだと言ったのだ。力を示そうとするあまり、命を落として何になる」
「死ねばそこまで。私が弱かったというだけよ」
「違う。お前は一体誰に力を示すつもりなんだ」
「あいつらよ!いつもいつも我が物顔でのさばっているあの低能なやつらに解らせてやるのよっ!!」
「ならば余計にバカだ。死んで示せるものなど何もない。自分を大切にしろ」

お前の今の行動は、ただ己の精神の弱さを晒け出しているだけだ。
強くなりたければ今はただがむしゃらに生きることだけ考えろ。
生きて生きて、自分の闘い方を探せ。
無謀な戦いに身を置くのではなく、自分との闘いに勝て。
強さのあり方を履き違えるな。
我が輩の言ってる意味がわからないうちはお前はいつまでも弱いままだ。

「・・・・・なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ」

何なのよこいつ。
いきなり現れて。
いきなり説教してきて。
何様のつもりよ・・・!!

「一介の将軍として、無謀な戦いをする者を止めるのは当然の勤めだからな」
「だったら・・・・・・」

余計なことは言わないで。
そう言おうとした。
なのに、それよりも早く男が言葉を続けた。

「・・・・と言うのは建前でな。お前のことを好いているからだ」
「なっ!・・・・・・・なによそれ・・・・・」
「告白だ」
「そんなことを聞いているんじゃない!」
「お前を見ていると放って置けない。一人にしておくと何をしでかすかわからんからな」
「バカにしてるの・・・・・?」
「心配しているんだ」

困ったように
愛しそうに
男が笑う。

「こんな無鉄砲者、男だろうが女だろうが気になるに決まっておる」

そんな風に私を見る人は一人もいなかった。
私に向けられるのは差別と侮蔑の目だけ。
それだけだった。

「・・・・・・あなた、変わってるわ・・・・・」

少なくとも今まで私が見てきたバンパイアの中では一番の変わり者よ。
女である私をからかわない上に告白までする人なんて。
本当に変わってるわ。

だからなのかしら。
差し出された手を取ってもいい、そんな風に思えた。









You’re only young once ⇒ 若い時は一度だけ の意。

在りし日のクレプスリーとエラ。馴れ初め妄想。

初めエラはクレさんのこと(というか男)がとにかく嫌いで、一方的に嫌ってる。

クレさんは無茶をやらかすエラを見守っているうちに好きになっていけばいいと思うよ。

エラはクレさんよか年下だと思うんだが実際はどうなのかね?

2009/11/14





※こちらの背景は ミントblue/あおい 様 よりお借りしています。




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