Whistle in the dark
クレプスリーがばさっと音を立ててコートを羽織る。
「言っておくけど、僕は一人でも大丈夫なんだからね!」
いつもながらの赤いコートだが、あまり悪目立ちしないよう色は少しくすんだ赤。
赤いコートなんて趣味どうかと思うけど、この色は僕もまぁまぁ気に入っている。
この人が本当に好きなのは鮮やかな朱色や燃えるようなスカーレット。
おとなしめの色に初めこそ難色を示していたが今ではなかなかのお気に入りの一着になっているようだ。
「ただ、あんたが一人で行くのは可哀想だからわざわざついていってあげるだけなんだからね」
まったくもう・・・・なんて言いながらしぶしぶ僕もコートを手に取る。
この寒い中嫌になっちゃうね。
それでも血を飲まなけりゃあんたは死んじゃうんだからしょうがない。
僕はまだ半バンパイアであんたに教わらないといけない事がいっぱいあるんだ。
あんたの命は僕の命に関わってくるから、だから仕方なく一緒に行って上げる。
まるで自動言い訳製造機のようにポンポンと言葉が飛び出す僕を一瞥し
「ついさっきまで風邪引いて寝込んでいたやつが何を言う。
またぶりっかえされたらかなわん。お前は先に寝ていろ」
鏡の前で頭頂部の髪をぺたぺた撫で付けながら言う。
なんて人だ!人が親切心で言ってあげているというのにこんな言い方ってあるか!?
第一あんた一人で行って何か危険な目にでもあったらどうするつもりなんだよ!
「ついうっかりホテルまでの道を忘れたらどうするの」
「この距離ならお前の血の臭いを辿れる」
「バンパイアハンターに突然襲われて怪我でもしたらどうするつもり」
「この町にハンターがいないことはお前と散々確認したはずだが?」
「タイニーがあんたのことを別世界に飛ばそうとするかもしれないよ」
「3日前に『最果ての国の一週間戦争を見に行く』と言っていたのを忘れたか」
「途中でお腹が痛くなって動けなくなったら・・・・・・」
「ダレン」
ため息を吐くかのようにクレプスリーが言う。
「そろそろ満足したか?」
「なっ・・・・・!満足って何だよ!僕はあんたのことを心配していってあげてるんだよ!?」
「おーそうかそうか。ならば聞くぞ?ダレン。」
「・・・・なんだよ・・・・」
「フリットで移動する道をお前は覚えていられるのか?」
「・・・それは・・・・」
「仮にバンパイアハンターに襲われたとして、我が輩一人の方が逃げやすいとは思わんか?」
「うっ・・・・」
「タイニーが現れた時、一体お前がどんな抵抗が出来る?」
「・・・・・・・」
「我が輩が動けなくなっても、お前のでは我が輩は背負えん。そうだろう?」
「・・・・・・・・うん」
「病み上がりのお前を連れて行くほうがよっぽどリスクが上がる。我が輩一人の方がどう考えても効率がいい」
それらは総て事実。
ダレンは黙って頷くしかない。
肯定の意を確認したクレプスリー。
「ならお前はおとなしく一人で留守番だ」
コートの裾を翻して窓枠から身を乗り出した。
「やっ・・・・・!ちょっと待って・・・・・!!」
反射的に手が伸び、窓の向こうに消えようとしていた赤いコートの端をぎりぎりのところで掴む。
しまった・・・・と思うのと
「この手は何かね?シャン君?」
ニヤニヤしたクレプスリーが言うのはほとんど同時だった。
「いや・・・・・・これは・・・・その・・・・・・」
一度掴んでしまった手はたとえコートを離したとしても引っ込みはつかない。
「何もないなら我が輩は行くぞ?夜が更け切ってしまえば人間を捕まえられなくなるからな」
それでもいいのか?なんて白々しく言ってくれるもんだ。
よく言うよ!はじめっからあんたは行く気なんてなかったくせに!
僕に言わせたいだけなんだ!
あぁっ!くそ!!
心の中で悪態を吐いたところで何が変わるわけでもなく。
ちゃんと言葉にして言わなければこの人は僕を置いていくだろう。
こんなやつのいいようにあしらわれてしまうなんて本当に腹立たしい!
そうするしかない僕自身がもっと腹立たしい!!
「・・・・・か・・・・で・・・・さい・・・・・」
「ん?なんて言ったんだ?」
むかつく!今絶対聞こえてただろ!!
くっそ・・・・クレプスリーのやつ!後で覚えろよっ!!
あんたのシチューを激辛で作ってやるんだからな!!
「一人は嫌だから置いていかないでって言ってるんだよばかっ!!!」
わかったらさっさと添い寝でも何でもしてよねっ!
Whistle in the dark ⇒ 強がってみせる の意。
風邪っぴきダレンに素直になって欲しいクレプスリーの悪戯。
ほら、ダレンって甘えベタだから・・・・ね?
精神弱ってる時だからこそクレさんに一緒にいて欲しいのさ。
そこを逆手に、普段言ってくれないことを言わせるのが一房クオリティ。
人としてそれはどうなん?と言うつっこみは聞こえないフリ。
2009/11/06
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。