Ups and downs
「お前が我が輩を超える日もそう遠くはないのだろうな」
唐突に師は言った。
一体何の戯言だろう、と一瞬耳を疑ったのだがどうやら聞き間違いではないようだ。
「僕があんたを超える?まさか!?」
「そんな日は来ないと、お前は本当にそう思うか」
「思うね。僕があんたを出し抜けたことがないのがその証拠」
「それはお前がまだヒヨッコだからだ」
そんなことはわかってる。
だからあんたを超える日が来るなんて想像もつかない。
どんなに策を弄してもあんたの思考は僕の二手も三手も先をいっている。
体力だってそうだ。
200歳は優に超えているはずなのに衰えない肉体。
むしろますます洗練されてきているといっても過言ではない。
「しかしだ。生き物である以上、いや生き物でなくてもそれぞれ事象には盛りと廃りがある。
どんなにバンパイアが長生きをする生き物でもその摂理からは逃げられん。
我が輩の精神も肉体も程なくピークをすぎ、そして緩やかに減退を見せるだろう。
それに引き換えお前はこれからが伸び盛りだ。
今は半バンパイアでも、後数年もすれば純化が起こり一人前のバンパイアになるだろう。
そのときには今と比べ物にならないくらいの力が満ち溢れているはずだ」
やはり想像もつかなかった。
「お前は想像もつかない、と言う顔をしているが我が輩には容易に想像がつくぞ。
若さゆえのしなやかさを残した身体。
純化によってもたらされる成長した四肢。
幾多の苦難を乗り越え身につけた経験。
我が輩の元で培った精神。
これらがそろうというのに、それでもまだお前はわからないのか?」
問われて首を縦に振った。
いづれ大人になるということはわかっている。
半バンパイアでいる今はいわばモラトリアム。
子供と言う限られた時間を享受する為の免罪符。
そんな言葉がまかり通るような生ぬるい時間を過ごしてきたつもりはないが、どちらにせよ自分が師を凌駕する姿など想像も出来ないし、したこともなかった。
大人になるということと、師を超えるということは決してイコールでは結ばれることではない。
いくら肉体が衰えようとも、それを凌駕するほどの経験で自分をねじ伏せる姿を想像することの方がよっぽど簡単だった。
「まぁいい。その時がくればわかることだからな。
きっとお前自身驚くだろうよ。『この人はこんなにも小さな存在だったのか』とな」
「・・・・・・なんだって急にこんなこと言い出すんだよ」
まさか自分の死期でも悟ったか?なんて冗談で言ってみる。
僕はまだ一人では生きていけないんだ。
そんなこと冗談でもやめて欲しい。
あんたに教わらなきゃいけないことは山ほどあるんだから、こんなところでほっぽり出されたらたまらない。
「お前もいつか弟子を持つ日が来ればわかるだろう」
そういってシーバーは楽しそうに笑った。
自分が弟子を持つ?
それこそ想像もつかない。
クレプスリーは釈然としない顔でシチュー鍋をぐるぐるとかき混ぜた。
Ups and downs ⇒ 栄枯盛衰 の意。
師がいて弟子がいて。それが繰り返される人生。
師を追いかけている間は自分が師になるなんて思わない。
けれど必ずその日はやってくると知っているのは師ばかり。
師としては弟子が自分を超えてくれる日を想像するのが一番楽しい。
そんな感じのお話。
若き日のクレさんは今のダレンと同じような口調だといいな。
2009/11/05
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。