Laugh his head off
部屋を埋め尽くすほどの紙束。
一つを拾い上げて破かないよう丁寧に広げる。
そこに描かれているのはミミズの這いつくばった後のようなうねうねの線がいくつも記されている。
僕にはまったく読解できない。
「あぁ、それはフラビオ・カペッロの間からルカ・ディ・ブリアトーレの間に行く途中にある横道からのものだ」
描いた本人にはどれがなんだかわかっているみたいだけど。
「確かにこれじゃぁわからないよな。歩きながら描いたやつだし、線が汚すぎる」
代わりにもう一枚の紙を差し出してきた。
先ほどと同様に、慎重な手つきで広げると、やっぱりミミズがのた打ち回ったような線が引かれていた。
「それならわかりやすいだろ?」
はっきり言って先ほどのものとどう違うのか僕にはよく分からなかった。
だが描いた本人が違うというのだから多分違うのだろう。
「そうだね」と気休め程度に同意しておいたらカーダはとても満足したように頷いて、次々と紙束を手渡してくる。
これはどこそこのだ、こっちはあそこの、おっとこの地図はこの前確認したら通れなくなっていたな。
などと、きっと本人以外役に立たない地図を見せながらあれこれと知識を授けてくれる。
もっとも僕の頭に入ってきたのはその100分の1にも満たない情報量でしかなかったのだが。
「カーダって本当に横穴が好きだね」
「別に横穴が好きってわけじゃないさ。知らないことを知ることが楽しい。それだけだよ」
「ホントかなぁ〜。それだけじゃこんなに地図作りにのめり込んだりしないよ」
手渡されただけでも抱えきれない量の地図がある。
しかしこんなのはまだまだ序の口だ。
奥の扉を開けば部屋からあふれ出てくるほどの地図があるはずなのだ。
これほどのものをただの趣味で片付けるには少しばかり度を越えていやしないだろうか。
そう思ってカーダを見やれば、ちっちっち、と人差し指を小さく振って答えた。
「ダレン。生き物っていうのは思っているよりもずっと単純な生き物なんだ。
万物が今日ココまで進化を辿ってこられたのは未知なる物への好奇心があったからさ。
それは人間であろうとバンパイアだろうと変わらないんだよ」
「ふ〜ん。じゃぁカーダはこの地図を通してどんな進化をしようっての?」
「そうだな。・・・・・文字通り、“道を切り開く”・・・・かな?」
「それは大層な夢でして」
「さては信じていないな?ダレン君?」
「いえいえ。次期元帥閣下のお言葉でございますからして、そのような無礼は・・・・・」
「おいおい。やめてくれよダレン。例え昇格したって俺とお前は友達だろ?」
「私めとカーダ元帥が友達だなんて大それた・・・・・」
わざと僕はうやうやしく頭をたれる。
慌てるカーダ。
次期元帥閣下がただの半バンパイア相手にしどろもどろしているなんて滑稽だ。
いひひ、と笑いながらようやく顔を上げてやった。
「元帥になるってバンパイアがこんな子供相手に手を焼いてどうするんだよ」
「そう言ったってなぁ・・・・・・」
困ったように笑って、してやられたよと言わんばかりに髪をくしゃっとかきあげる。
「こんな元帥でバンパイアの未来は大丈夫なのなかぁ」
「やめてくれダレン。今だって昇格賛成は54%でぎりぎりなんだ。俺の気持ちを折るようなことを言わないでくれよ」
「これからの未来がかかってるからね」
「そのための若い力が必要なんじゃないか」
「ちょっと若すぎるんじゃないかなぁ」
意地悪く笑う。
対抗してカーダも身長差を誇示していやみを返してきた。
「おっと、そんなことを言うダレンは俺の5分の1も生きていないお子ちゃまじゃないか」
「お子様って言うなよ!!僕はもう大人だよ!」
「はっはっは。そんな見た目で言われてもなぁっ!」
「むーっ!!怒った!!ココの地図全部燃やしてやる!!」
「おっ!?おい!冗談でも物騒なこと言うなよ。ココまで描くのに何年かかったと思ってるんだ?」
「バンパイアは長生きだからまた描きなおせばいいよ。
それにこれじゃぁ地図なのかミミズが這った跡なのかわかんないしちょうどいいんじゃない?」
「俺の地図をそんな風に思ってたのか!?」
カーダが手を伸ばすよりも早く、数枚の地図を掴んで僕は部屋を飛び出した。
「おっにさんこっちら〜」
「あ!こら!ダレン!!待てっ!!」
ひらひらっと紙をなびかせながらバンパイアマウンテンを走り抜ける。
未来を切り開く?
そんなのちゃんちゃらおかしいや。
僕たちは今を駆け抜けるだけで精一杯なのに。
両手から溢れる以上のものをどうしようというのだろう。
あ〜おかしい!!笑っちゃうね!
道は創っていくものじゃない。
歩んだ後に、創られていくものだよ。
ねぇ?カーダ。
こんな紙の上に、僕たちの軌跡は描けないよ。
Laugh his head off ⇒ 笑い転げる の意。
ダレンとカーダは思想が似通った部分が多いよね。
もうこいつら兄弟になっちゃえよ。
腹違いの兄弟とかで仲良くやったらいいんじゃねぇ?
2009/10/12
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。