Knuckle under



「ダレンっ!!」
「え?」

呼び止められて思わず振り返る。
聞き覚えのある声だった。
だけど、もう聞けるとは思っていなかった。
だから聞き間違いかとも思った。
振り返って聞き間違いなどではなかったと確信する。

「・・・・・デビー・・・・・?」

声に出して初めて、自分自身まだこの事実を受け入れ切れていないのだと気づく。
当たり前だ。
彼女がこんなところにいるわけがないのだから。
それでも声を聴いて、姿を見てしまえばそれは紛れもない事実なのだと認めるしかなかった。

「こんなに美人な彼女が世の中に2人もいると思う?」

皮肉っぽく彼女が笑う。
彼女はそこにいることが至極当然といった感じで立っているが、僕の方はパニック寸前だった。
だって、ありえない。ありえないんだよ。
デビーがココに居るはずがない。居られるはずがないんだ。

「ふふ。驚いているみたいね。ダレン」
「驚くも何も、何で君がココに・・・・・・!!」
「貴方に逢いに来たのよ」

またしても当然といわんばかりに返答された。
逢いに来ただって?
そんなことでホイホイ来れる所じゃないんだぞココは。

「一体どうやって・・・・」
「ココに来る為の方法なんて一つしかないと思わない?」

そうだ。それしかないんだ。
でも・・・・
だから、信じられない。

「デビー・・・・・・まさか・・・・・・」
「そのまさかよ」

両の手のひらを顔の高さに掲げて見せた。
指先に有るのは見に覚えのある傷。
十指総てに同じようにつけられた小さな小さな、それでも確かに刻まれた傷跡。

「血を流し込んだのか!?」
「だって、そうでもしなければ貴方に逢えなかったんだもの」
「だからってなんてばかな真似を・・・・・・」
「あら?馬鹿なのはどっちかしら?私はあの時、『いってらっしゃい』って言ったのよ?
いい男はどんなことをしてでも帰ってくるものだと思わない?」
「それは・・・・・・・・・・そうだけど・・・・・・・・」

思い出す。
あのスタジアムでの最後の別れ。
スティーブとの決戦を前にしたあの時、僕はお別れのつもりでいた。
決戦に勝とうが負けようが、僕にこんな未来があるなんて思っていなかったから。
でも今はっきりと思い出した。
デビーは確かに『いってらっしゃい』と言った。
また逢えることを信じてくれていた。
そしてとうとう、こんなところまで、楽園まで僕に逢いに来てくれたのだ。

「血は一体誰に?」
「シーバーに頼んだの。不肖の弟子たちのためならって言ってね」
「それは頭が痛いね」
「バンチャも申し出てくれたんだけど、下心がありそうだからやめておいたわ」
「堅実は判断だ」
「・・・・・ハーキャットは最後まで止めたわ。考え直せって」
「でも君は止めなかった」
「当たり前よ。もう待ってるだけなんて嫌なのよ。
 ダレンは好き勝手どこへでも行ってしまうんだもの」
「・・・・・・・・」
「私の知らないところで重大な決定をして、手の届かないところに簡単に行ってしまう。
 貴方相手に受身でいたら逢えるものも逢えないってわかったのよ」

デビーの一言一言に僕は言葉もなかった。
相槌すら打てなくなった僕をちらりと見やりながら彼女は続ける。

「自分が死ぬって解かった時、私全然怖くなかったのよ。
貴方がきっとここにいるって思ったから。むしろ嬉しかった。
何百年も想い続けて、ようやく逢えたんだもの・・・・・・」

あぁ
なんてことだ。
僕はきっと一生彼女に頭が上がらない。
強く気高いこの女性。
それはそうだ。
彼女はあのクレプスリーからお墨付きを貰っているんだ。
完敗だ。
何もせずに諦めていただけの自分が恥ずかしい。

「さぁダレン?こんな私に言うことはないの?」

意地悪く彼女が笑う。
嬉しそうに。
楽しそうに。
笑う。

そうだね。
君になんて言葉をかけようか。
まずは・・・・・・・・









Knuckle under ⇒ 降参する の意。

ダレンとデビーが幸せになるためには

デビーがバンパイアになるしかないと思ったんだ。

でもきっとデビーは戦いの中で勇敢に死んでいく、なんてことはしなかった気がする。

シーバーの仕事を手伝いながら地道に寿命がくるのを待ったんじゃないかな?

あ、しまった。そうしたら流石にシーバーはもう楽園に来てるんじゃないか?

生きてたら何歳だよあの人。

2009/10/04





※こちらの背景は ミントblue/あおい 様 よりお借りしています。




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