音が聞こえない。
息遣いさえ聞こえてきそうなほど身を寄せているにもかかわらず、ほんの僅かな物音すらしない。
衣擦れ一つ、鼓動一つ聞こえてはこない。
今になってその異常さに気がつく。
一体いつから正常を失っていたのか、それすらわからない。
おかしい、と思う暇も無いくらい。
熱に浮かされたようにただ互いの身体を貪りあっていた。
無理矢理、と表現しても差支えが無いようなやり方であいつの身体を暴いた。
抵抗しても
拒否しても
泣いても
叫んでも
懇願されても、
俺はその手を止めはしなかった。
思うままに目の前に組み敷いた身体を貪り、精をぶちまけた。
欲を孕んだ目を覗きこんでは淫猥だと蔑み。
赤く熟れる身体を弄っては淫乱だと嘲り。
そそり立つ雄を触っては淫奔だと罵った。
己の手によって開拓されていく身体を見ることは酷く快感だった。
ゾクゾクと何かがこみ上げてくる。
もっと喘がせたいと、
もっと服従させたいと、
よからぬ欲が次々に顔を出す。
いつしか歯止めを失った欲望は、思うがままにあいつの身体を喰らい尽くしていた。
今になって思えば、その間俺は一言だってあいつの言葉を聞いていなかった。
快楽に跳ねる身体を見てはいても
解放を要求する顔を見てはいても
欲に溺れ、だらしなく開かれた口から漏れる音を見てはいても
何一つ、この耳が捉えた音はなかった。
立て続けに受けた行為のためか、気だるそうに身体を起こした。
体中に刻まれた残痕をまるで気にする様子も無く、体温を求める子供のように擦り寄り、首元に手を回してきた。
嘗め回すように俺の瞳を覗き込むと、初めてまともに言葉を紡ぐために口を開く。
< >
だが、相も変わらず音は何一つ聞こえない。
聴覚を失ってしまったかのようだ。
聞こえていないことがわかったのか、あいつはもう一度同じように唇を動かす。
けれど、やはり俺の耳は何の音も拾うことが出来なかった。
すると今度は首元に絡ませていた腕を解き、代わりに両頬に添え、右にも左にも、もちろん上下にも逃げ場を作らせず、俺の目を覗きこんだ。
冷ややかな、俺の存在全てを否定するかのような冷たい目が、俺を見据えた。
そうして、もう一度唇だけで淡々と音を紡ぐ。
<満足か?>
心臓がドキリ跳ね上がった。
声が聞こえたわけじゃない。
だが、はっきりと聞こえた。
<これでお前は満足か?>
行為によって刻まれた全身の鬱血痕をなぞりながら。
そのひとつひとつの行為を思い出させるような艶かしい手つきで自分の体をなぞり上げる。
己で触って快楽を思い起こしたのだろうか?
淫蕩な面持ちで言葉を続ける。
いや、言葉を続けるという表現は正確ではない。
目が、訴えを続ける。
<これが、お前のしたかったことか?>
残渣を掬い上げ、自らの秘部に手を伸ばす。
恥じる様子も無く、むしろ見せ付けるように、つぷり、指を体に埋め込む。
<結局、お前は何がしたかったんだろうな?>
指が1本から2本、そして3本へと増えていく。
既にこれまでにねじ込まれていたもののせいか、特に苦痛な表情を見せることなく指が埋まる。
<抱いて、犯して、穢して、それでいてお前は何一つ得ちゃいない。失うばかりだ>
抜き差しを繰り返すと中を満たしていた精が掻き出され、秘部を、指をしとどに濡らした。
己で己を乱しながら、それを恍惚の表情であいつは見つめる。
<お前が自分の罪に気がつくのはいつになるんだろうな?>
笑う。
嗤う。
何が楽しいのか、俺にはわからない。
そのような痴態を晒してお前は一体どうしたいのか。
どうされたいのか。
いつの間にか、俺はつい先ほどまで感じていた優越感を失っていた。
今この胸に広がるのは
―――恐怖
乾いた笑いが響いた気がした。
まったく笑っていないあいつの目が、俺を真正面から見つめる。
あ
あぁ
俺はこの目を知っている・・・・・・。
<まぁいいさ。いつまでだってこの茶番に付き合ってやるよ>
<お前が満足するまで。自分の罪を認めるまで>
<どうせ、傷を負うのはお前なんだからな>
この冷ややかな、世界を嘲笑うかのような目。
知っている。
嫌というほど、知り尽くしている。
気づきたくない。
そんなもの、知りたくない。
<目を反らすなよ。こうしたのは誰だ?>
<言われなくたってわかるよな?>
<お前がこうしたんだもんな?>
指を引き抜くと、ソコは物欲しそうにキュゥと収縮する。
足りない質量を求めるように、ひくつく。
<最後まで相手しろよ。『友達』だろ?>
反論の声を上げる間も無く、あいつは俺の体に跨り、躊躇無く俺のモノを体にねじ込んだ。
<こうしたかったんだろ?>
<こうして無意味な支配欲に浸っていたんだろ?>
<俺が従順にお前の下で啼いていれば満足なんだろう?>
<―――ほんとにバカなやつ>
声もなく、嗤う。
嫌だ。
嫌だ。
見たくない。
聞きたくない。
知りたくない。
気づきたくない。
顔を手で覆って視界をさえぎる。
この目が何も映さないように。
あの目が、見えないように。
だが、それは簡単に阻止される。
抵抗とも言えない様な抵抗しかしなかった奴の力とは思えないような力で剥がされた。
無理矢理に両の手を拘束される。
あいつは覆いかぶさるような体勢になって、顔の横に力任せに縫い付けてくる。
まるで俺が犯されている様な、そんな状況。
手が使えなければもう瞳を覆うことが出来るのは瞼だけ。
脆弱な皮膜でどうにか蓋をするものの
<ちゃんとその網膜に焼きつけろよ。お前の罪を――>
たった一言が脅迫のように心を揺さぶる。
抵抗を許さない、命令に似た何か。
ゆっくりと、俺は蓋を開けざるを得ない。
開けた蓋の先にあるのは、気付きたくなどなかったもの。
<――覚えておいて>
それは、俺と同じ色をした目。
俺と同じ温度の、冷めた眼球。
そう、この目の前に在るのは、俺そのもの。
あいつは自分の腹部を愛おしそうに撫でる。
うっとりと、歪んだ笑顔で。
笑う。
嗤う。
片方の手を引いて、無理矢理膨らんだ腹に手を添えさせた。
一つの命を宿した、運命の腹がドクンと大きく脈打つ。
『私が後戻りできないのと同じように、貴方ももう、後戻りなんて出来ないのよ』
無音の世界に、女のその声だけが嫌に響いた。
(―――っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?!!)
声にもならない己の悲鳴に飛び起きた。
息は荒く、全身汗でぐっしょり濡れていた。
僅かな間をおいて、先ほどまでのものが夢であると理解する。
どこまでもリアルで。
真実極まりない夢。
感触さえも蘇ってきそうなほど、鮮明な夢。
現実だといわれた方がよっぽど納得できるくらい、鮮烈な夢。
「・・・・・・・最悪だ・・・・・」
あいつの言葉が脳内を巡る。
<結局、お前は何がしたかったんだろうな?>
「・・・・・わかんねぇよ・・・・・」
むしろ俺が聞きたい。
俺は何がしたかったんだ。
何をするつもりだったんだ。
こんなことがしたかったんじゃない。
お前を、あいつを、傷つけたかったわけじゃない。
俺は。
お前が好きで。
あいつが好きで。
好きで。
好きで。
幸せになりたかっただけのはずだったのに。
なんで。
どうして。
今こんなことになってしまっているんだ。
「・・・・・・・ちくしょう・・・・・・」
崩壊の音
(どうして俺たちは誰も幸せになれない?)
・・・・・救いが無さ過ぎて嫌になる。
スダレとスアニ。まとめてスシャン。
この後『愚か者の足下に』に話が続くという設定です。
アニーを抱いて子供を宿したのは本当に好きだったからだと信じてる。
そのあと運命様が「子供?利用しない手は無い」と介入したんだと・・・・!
そうじゃないとやりきれない。
2010/03/11
※こちらの背景は
ミントblue/あおい 様
よりお借りしています。