子供日和




傷あるものの戦いが大きな局面を迎えてから6年。
4年前、とうとうバンパイアからもバンパニーズからの和平を望む声が上がった。
まだ完全に和平がなされたわけではないけれど、もう後一歩のところまで漕ぎ着けている。

「・・・・・・6年、か・・・・・」

ハンモックの上で器用に寝返りをうって、天井を仰ぎ見る。
6年経っても代わり映えの無い眺めだ。
はぁ・・・、と体の中に溜まった閉塞感を吐き出す。

6年。

パパとおじさんが死んでから、もう6年。
僕がバンパイアになってから、まだ6年。

10歳の時に血を流し込まれたから、本当なら16歳。
でも、半バンパイアは5年に1歳しか年を取らないから僕は未だにちんちくりんなままだ。
「仕方が無い」って皆言うけど、体と精神はちぐはぐで僕はすごく居住まいが悪い。
確かにまだまだ半人前なのは認めるけど、子ども扱いを受ける年齢ではない。
なのにマウンテンの皆ときたら、子供が珍しいせいもあるんだろうけど、とにかく世話を焼きたがる。
そんなのもう必要ないのに。
小さい子にするみたいに頭を撫でるのとかは正直ホントやめて欲しい。
やめろ、って反抗しても半バンパイアの僕が力で相手になるわけもないから結局からかわれて終わり。
ほんと、嫌になる。

「おじさんもこんな気持ちになったのかなぁ・・・・・」

今はもういない人に思いを馳せた。
僕のおじさんであり、バンパイアの血を流し込んでくれたダレンおじさんは12歳かそこらで半バンパイアになったと聞いている。
おじさんもこんな風に悩んだ時期があったのだろうか。
聞いてみたくとも、もうこの世にはいないのだけれど・・・・。

「・・・・・はぁ・・・・・」

何度目になるかもわからないため息が口をついた。
こんな時、パパがいてくれたら・・・・・・とよく思う。
パパは道を踏み外してしまったバンパニーズだけれど、でもやっぱりパパだから。
そばにいて欲しかった。

こんなことを思ってももう遅い。
だって二人はもういない。
二人の魂は、精霊の湖ってところに閉じ込められてるってエバンナが言ってた。

「・・・・・・はぁ・・・・・・」

吐けども吐けども憂鬱な気分は体から抜けてはくれない。
どうにも居住まいの悪い体を何度も入れ替えるが、落ち着くところに落ち着いてくれない。
そんなことをどれくらいしていたときだろう。

―――ゴンゴンっ!

ノックというにはいささか乱暴に部屋のドアが叩かれた。
誰だろ?
今日は訓練も終わったから何も無いはずだけど・・・・・
僕がのろのろと体を起こすよりも早く、勢いつけて扉が開いた。

「「ダリウス兄ちゃんっ!!」」
「・・・っぅわぁああっ!!」

扉を潜り抜けてきた小さな二つの影が一目散にハンモックに飛びつく。
不意の力がかかったハンモックはぐらりと揺れて、そのまま僕はゴテッと床に落ちてしまった。

「ってててて・・・・・」

ハンモックをあまり高い位置に引っ掛けていなくて良かった。
いくら半バンパイアとはいえ、落ちればそれなりに怪我をする。
それともこれは棺おけで寝るべし、ってことなんだろうか。
落ちた衝撃でいらないことまでぐるぐると考えてしまう。

「ダリウス兄ちゃんあそぼーっ!!」
「あそぼーーっ!!」

眼前の小さな影は僕がクッションになったおかげで怪我などはないようだ。
(良かった)
心の中でそっと胸をなでおろしたことなど、小さな二つの影は知る由も無くニッコニッコときらきらした笑顔で俺を見つめる。

「・・・・・ブレダ・・・・ティーダ・・・・・お前らなぁ・・・・・」

二人を抱きかかえながら上体を起こすと、扉の向こうに再び人影が見えた。

「おう!すまねぇなダリウス」
「・・・バンチャ・・・」
「二人とも、きちんと挨拶はしたんですか?」
「・・・・ガネン・・・・」

二人の父親に当たるバンパイアとバンパニーズだ。
バンチャとガネンはその昔バンパイアとバンパニーズに道を違えた実の兄弟。
今の和平会議はこの二人が中心に執り行われている。
そして、俺にぴったりと抱きついてくる二人の子供、ブレダとティーダ。双子の兄妹だ。
この二人の存在こそが和平の要であったりもする。

ブレダとティーダはバンパイアでもバンパニーズでもない。
母であるエバンナの魔力と、バンパイア・バンパニーズの力を三分の一づつ受け継ぐ不思議な存在だ。
和平の兆しが見え始めた時にエバンナとバンチャとガネンが運命を打破するために、三人の血を混ぜ合わせてこの新しい命を育んだのだという。
その裏にはまた別の意図があるようだったけれど、エバンナが

『それはあの子のための、あの子達の人生のためだからねぇ。それに、お前にとっては少しばかり酷な話だから知らないほうがいい』

そう言って教えてはくれなかった。
詳しいことはバンチャもガネンも知らないらしい。
興味が無いといえば嘘になるけれど、聞いてはいけないような気がして僕は未だその真相を知らない。

「皆してどうしたの?」
「ちょっとお前に頼みたいことがあってな!」
「・・・・うっわ・・・・・いやな予感しかしないんだけど・・・・・」
「私たちはこれから平和協定会議があるので、その間二人の面倒を見ていてください」
「・・・・・・・やっぱり・・・・・・・・」

がっくりと肩を落とした。
何のことやらわかっていない二人の子供は俺の様子にハテナマークをたくさん浮かべた。
二人を抱きかかえたまま俺は唇を尖らせる。

「子守ならハーキャットに頼めばいいだろ。何で俺が・・・・」
「あいつも会議に出るに決まってるだろうが」
「二人も貴方と遊びたがっていたのでちょうど良かった」
「僕の意見はどこにいったのさ?」
「拒否権があるとでも?」
「う゛っ・・・・・」
「―――ダリウス、貴方最近訓練に身が入っていないらしいですね」
「・・・・・・・なんでそれを!・・・・バンチャっ!チクッただろ!?」
「知るかよそんなこと」
「貴方は今はバンパイアといえども、スティーブの子ですからね。私が目をかけなくてどうします」
「・・・・・・・・・・」
「せめて一人で生きていけるようになるまでは口を出させてもらいます」
「・・・・・・・僕はもう大人だっての・・・・・・・」
「それは良かった」

その言葉を聴いて、ガネンがにやりと笑った。
もともと感情表現は大きくないやつだけど、確かに口角が上がるのを見た。

「大人なら子供の面倒くらい見れますよね?」

有無を言わせない、物言い。
う・・・・、と言葉を詰まらせるのが精一杯だ。
ブレダ、ティーダと二人を呼びつける。

「お兄ちゃんにしっかり遊んでもらってくださいね。後で迎えに来ます」
「「はーい!!」」
「じゃ頼んだぞダリウス」
「二人に何かあったらただじゃおきませんからそのつもりで」
「お、おいっ!!」

僕が文句を言うよりも早く、二人はさっさと扉の向こう側に姿を消してしまった。
部屋に残るのは、僕と、双子の三人きり。
しまった・・・・・体よく押し付けられた・・・・・・。

本日何度目になるかもわからないため息が零れた。

やられた・・・・・・。
完全にあの二人、というよりもガネンにやられた・・・・。
最後に要らない釘まで刺していきやがった。
ふざけんな馬鹿野郎!

双子の方はといえば、出て行く父親を見送るとまるで鏡写しのようにくるっとタイミングを合わせて振り返って高らかな声を上げた。

「「ダリウスお兄ちゃん何して遊ぶ!?」」

やっぱり僕はため息しか出てこなかった。


正直言って僕はこの双子が苦手だ。
小さくて言うことは聞かないしすぐに泣く。
兄のブレダの方は幾分ましだが、妹のティーダの泣きっぷりとくれば元帥のミッカーさえもたじろがせるほどなのだから手に負えない。
また厄介なことにこの双子は多少なりともエバンナの魔力とバンパイア・バンパニーズの血を受け継いでいるものだから力そのものが凄まじい。
生まれてからまだ3年ほどのチビのくせして身体能力は人間で言うところの15歳程度のものを有しているし、癇癪を起こそうものなら魔力が周囲に放電してしまうという体質でもある。
本当に化け物みたいな双子なのだ。
そういえば、こいつらが生まれる前にエバンナは「この子達はあたしの魔力を受け継いでいるから、あんたよりもよっぽど早く成長しちまうかもしれないねぇ」といっていたけれど、見た目はいたって普通の3歳児だ。
身体能力の成長は早いけれど、知能と外見はバンパイア・バンパニーズの血が働いているためかそれほど早く成長できないらしい。
とにかく双子に関しては未知数な部分がものすごく多い。
当たり前だ。
未だかつて魔女とバンパイアとバンパニーズの血を受け継ぐものなんていなかったのだから。

皆があれやこれやと子育てに手を焼く一方で、どうしてなのかは皆目見当もつかないが、双子は僕に良く懐いていた。
僕が適当にあしらってもあしらっても何が楽しいのかまとわりついてくる。
半バンパイアの僕が全力で逃げようとしたときでさえ、双子は食らいついてこようとした。
はっきり言って脅威としか言いようがない。
その双子がこの数ヶ月、バンパイアマウンテンを離れていたので、それはそれは平穏な日々だった。

双子はバンチャとガネンが一人づつ引き取るのではなく、二人で二人を育てている。
たった二人の同属を引き離すのは可哀相だし、特に女の子であるティーダは子を産む能力を有しているためにどちらがどちらの子を引き取るかでも種族間の抗争は悪化しかねないから、というのが表向きの理由になっている。
まぁ実のところガネンが二人の子供を溺愛しすぎてどちらかを手放すことなんて出来ない、というのが真相なのだが。
そんな理由で、双子は大体数ヵ月おきにバンパイアマウンテンとバンパニーズアジトを行き来しながら暮らしているのである。
それがまさかこのタイミングで帰ってくるとは・・・・・・。

「厄介なの押し付けられた・・・・・」
「ダリウスお兄ちゃんどうしたの?」
「おなか痛いの?ティダがいい子いい子してあげようか?」
「おなか痛いならいたいのいたいのとんでけーだよ」
「あ〜〜〜・・・・・、いい、大丈夫。おなか痛くないから」

痛いのはむしろ頭だ。

「じゃぁあそぼー!」
「あそぼー!!」
「わかった、わかったから引っ張るなって」

左右から僕の服を引っ張る二人。

「お前らの好きな遊びに付き合ってやるから、僕の言うこと聞けよ?」
「うん!」
「わかったっ!」
「ブレダね、鬼ごっこしたい!」
「ティダも!」
「はいはい、鬼ごっこね・・・・・・・っって!」
「ダリウスお兄ちゃんがオニー!」
「わきゃ〜〜!!にげなきゃーーっ!!」
「「わぁ〜〜〜〜っっ!!」」
「お前らが本気で逃げたらっ・・・・!」

あたかも台風のように猛烈な勢いで扉を蹴り飛ばして部屋を出て行った。
そして取り残される、僕。

「・・・・・捕まえられないだろうが・・・・・・」

言葉を聴くものはそこには居ない。
しまった・・・・・今見失ったらそれこそ本当に見つからなくなる。
瞬間、先ほどガネンに言われた言葉が脳裏をよぎった。

  『二人に何かあったらただじゃおきませんからそのつもりで』

見失って行方不明に、なんてことになったら・・・・・・

「やっばいな・・・・・ガネンに殺される・・・・・」

それだけはどうにか回避しなくてはならない。
とにかく今は二人を追いかけなくては!
一足遅れて、慌てて部屋を飛び出した。


□■□


運のいいことに何とか出だしで二人を見失わずに済んだ。
つかず離れず、位の距離を保っている。
こういう時「助かった」と思うのは、二人が一緒に逃げてくれることだ。
鬼ごっこがどういうものかを理解していないだけかもしれないが、いつも必ず二人仲良く同じところに逃げる。
なので追いかける手間は半分でいい。
それでも決して『楽』とはいえない状況だ。
油断すれば振り切られれてしまうし、何より僕が追いかけられないような狭い隙間に入られたら手も足も出ない。
そのあたりは

(どうか狭いところに入っていきませんように・・・・)

願うことしか出来ない。
願いが通じたのかどうか、ひとまず二人は広めの廊下をひたすら走りぬけていく。

「待ちやがれっ!」
「あ、鬼がきたぞぉ!」
「捕まるぞぉ!」
「そういうことはっ、捕まりそうに、なってから、言えってのっ!!」
「「きゃあぁぁっっ!!!」」

楽しそうな悲鳴がマウンテンに響く。
誰かに手伝ってもらおうとしたのに廊下では人っ子一人すれ違わない。
マウンテンに残っているもののほとんどは平和協定の会議に出席しているのだろうか?
ほんとに、体よく厄介なのを押し付けられた。

ほんの少し差がつまり、ここぞとばかりに加速をかけても伸ばした手はひらりかわされる。
逆に差が開いて「もうだめか?」と思ったときなんかは「「おっにさんこっちら〜!」」なんて立ち止まってこれ見よがしにお尻をぺしぺし叩いて挑発してくる。
くそ、お前ら年上を何だと思っていやがるっ!
いい度胸だお前ら、絶対何が何でも捕まえてやる!!と上がり始めた呼吸を叱咤して体に鞭を入れた。

先ほどまで感じていた鬱々としたものが呼気と共に体外に排出されてしまったかのように、今や体は軽くなっていることに僕自身は気づかなかった。


それからどのくらい追いかけっこは続いただろうか?
は!と気がついたときには普段あまり通らない廊下を走っていた。
まったくわからないわけじゃないが、道に少しだけ不安がある。
バンパイアマウンテンは広い。
特に不規則に増える横道は脅威だ。
自分の記憶なんか露ほども役に立たなくなるし、迷ったまま出てこられない、何てこともざらにある。
このまま行くのは危険だ。

「ブレダ、ティーダ止まれっ!」

20mほど前方を走る二人に叫んだ。
追いかけっこの最中とは意味合いが違うことをうまいこと聞き分けたのか、二人はぴたりとその場に足を止めた。
何でこういうときばっかり聞き分けがいいんだお前らは!

「なぁに?」
「ダリウスお兄ちゃんもう疲れちゃった?」
「違うっ!」

二人して真剣な顔で小首を傾げるものだからついつい語調がきつくなってしまった。

「そうじゃなくて、ここから先はダメだ。俺も道が良くわかんないし」
「「えぇ〜〜〜〜っ!!」」
「しょうがないだろ?横道にでも入り込んで戻れなくなったら大事だ」
「ティダもっと遊びたい〜!!」
「ブレダも」
「つってもこれ以上奥はダメ。一回戻るぞ」
「「ぶ〜〜〜〜っっ!!」」
「ぶーたれてもダメなものはダメ!」

何かあって怒られるのは僕なんだから。
二人が逃げないように、右手をブレダと、左手をティーダと繋ぐ。
もっとも二人が本気で逃げようと思えば簡単に振り切ってしまえるのだろうけど。
それでも無いよりはましだ。
まったく、何で僕がこんな子守をしなくちゃならないんだか。
ぶーぶー文句を言う二人を引きずるようにして来た道を戻る。
この際だから道を覚えておこうか。
きょろり視線をめぐらせた。
他のところと大差ない、変哲も無い廊下だ。
やはり最近はあまり使われていない区域なのか、横道の廊下にある燭台は芯が切れているものも多い。
ただその割には道幅は大きいから、昔は良く使われていた場所なのかもしれない。

「・・・・・・・ん?」

その中で一箇所、不自然な場所を見つけた。

「ダリウスお兄ちゃん?」
「どうしたの?」
「・・・いや、なんかあそこ、削り方が新しい・・・・・・」

ちょうど斜め前にある大岩の影が不自然に削られていたのだ。
大人一人が何とかは入れるくらいの隙間を作ったかのような削り方。

「ホントだぁ」
「何だろ?」

外から覗いてみるが暗くてよく見えない。

「ね、何があるの?」
「・・・・暗くてよく見えないな・・・・」
「ダリウスお兄ちゃん、中入ってみようよ!」
「はぁ?」
「だって洞窟探検みたいでどきどきする!」
「つっても・・・・こう暗くちゃな・・・・」
「お兄ちゃん!こっちにまだ使える蝋燭あるよ!」
「僕火着けてくる!」
「あ、ブレダ!」

とめる間も無く広い廊下まで走っていって、通りの燭台から火を拝借していた。

「ったくお前ら・・・・・」

どうやら双子の頭の中は洞窟探検でいっぱいになってしまったようだ。
仕方なく僕はこのまま引っ張ってでもつれて帰るか、横穴探索をするかを天秤にかけた。
拗ねて途中で逃げられるよりかは面倒が少ないかもしれない。
ブレダが持ってきた明かりを受け取って、腹をくくった。

「まず僕が先に入って中を確認するから、僕がいいって言うまで絶対に入ってくるなよ。約束できるな?」
「うん!」
「出来る!」
「じゃぁちょっと待ってろ」

横穴に体を滑り込ませる直前、はた、と思って入り口付近に蝋で印をつけておく。

「何これ?」
「お兄ちゃん、これ落書き?」
「違うよ。知らない横穴に入るときは常にマーキングを欠かさないことが大事って、前にハーキャットが言ってたから」

どれだけ深さがあるかわからないときは余計だ。
予防線を張っておくに越したことは無い。

「じゃ、絶対動くなよ」
「「はーい!!」」

もう一度双子に釘を刺してから人工的に作られた横穴に入った。
狭い入り口を過ぎると、そこから先は意外と道が広かった。
道は一応平坦を保っている。
やはり以前は使用されていた区域のようだった。
蝋燭の心もとない明かりを頼りに壁伝いに歩く。
いくつか燭台があったのでそれらに火を移すと幾分明るくなった。

「ってか蝋燭新しいな。誰かまだ使ってるのか?」

薄暗い廊下で目を凝らすと、扉らしきものが見えた。
どうしようか迷ったが、思い切って開けてみることにした。
ぎぃっと軋んだ音を立てて、それでも難なく扉が開く。
そっと蝋燭で中を照らす。
ちらちらと揺れる炎の先に見えたのは、何の変哲も無い一室だ。
僕の部屋と作り自体は変わりない。
そこで日ごろの感を駆使して燭台に明かりを灯すと、部屋の全貌が明らかになる。

「・・・・・・なんだここ・・・・・?」

ここで暮らして6年になるけれど、こんな部屋があるなんて聞いたこともなかった。
誰の部屋だろうか?
位置的に日常的に使われる部屋でないことは確かなようだが・・・・。
だが、問題はそうじゃなくて・・・・・・・。

「おにぃちゃぁ〜ん?」
「まだ〜?」

言いつけをきちんと守っていた二人の声が洞窟に反響した。
とりあえず危険はなさそうだ。
二人が入っても大丈夫だろう。

「入っていいぞ!ちょっと暗いから気をつけろよ!」
「うん!」
「やったぁ!」

いったん部屋から出ると、恐る恐る洞窟に侵入してくる二人が見えた。

「ブレダ、ティーダこっち来てみろ」
「何かあるの?」
「見てのお楽しみ」
「なになに〜?」

僕の姿を見つけた安心感からか、暗いのに小走りで駆け寄ってくる。
こうやっていつも素直なら可愛いのに・・・・とこっそり思う。

「こっちの部屋がな、なんかすっごいことになってた」
「・・・・・・なに?この部屋・・・・?」
「僕も良くわからない。でも昔誰かが使ってた形跡はある」
「あれ・・・・?これ・・・・・」

ティーダが近くに落ちていた紙切れの一枚を拾う。

「地図・・・・・?」
「あぁ、どうやら向こうの棚いっぱいに入っているの全部地図みたいだ」
「これ、全部そうなの?」
「多分な。確認はしてないけど保存の紙質が同じだし、似たようなのが描いてあるし」
「すっごーい!!」
「でもお兄ちゃん・・・・・・これ、どこの地図なの?」

拾い上げた地図を指し示してブレダが言う。
確かに地図というにはミミズがのったくったような線が描いているばかりでどこの地図だか検討もつかない。
グネグネと曲がった線が幾本も伸び、その一箇所には大きく×のマークが刻まれていた。

「何の地図だろ?それにこの×マーク・・・・・」
「こっちのにも×が描いてあるよ?」
「こっちのは線ばっかりで何にも描いてないや」

入り組んだ地図に、×マーク。
そして人目をはばかるかのようにひっそりと存在しているこの部屋。
もしかして・・・・・・

「もしかして・・・・・宝の地図・・・・とか・・・・?」
「宝!?」
「本当!?」
「いや、まだわかんないけど・・・・・でもこんな風に隠してあるなんて絶対何かあると思わないか?」
「思う!」
「ティダも思う!お宝見つけたい!!」
「となると、まずはこれがどこの地図かがわからないとどうしようもないな。ひとまずそこの棚にある地図を全部ひっくり返してみるか・・・・・もしかしたら知ってる地名があるかも知れないし」
「ブレダに任せて!」
「あぁん!ティダもやるー!!」

二人は一目散に目の前の棚に突っ込んでいった。
ばっさばっさと文字通り手当たり次第にひっくり返していく。
それにしてもなんという量だろう。目を通すだけでも数日かかってしまいそうだ。

「しかし一体誰がこんなの書いたんだ?バンパイアのほとんどは読み書きできないって言ってたけど地図くらいは使えたのかな?」

二人が引っ掻き回して取り出した地図を見ては新しいものを取っていく。
どれもこれも地図は良く似ていた。
でも少しだけどこかが違っていてまったく同じものというのは無いように思われる。
何のためにこんなに大量の地図を・・・・・・。

「カモフラージュ・・・・かな・・・?」
「・・・かも?なにそれ?」
「カモフラージュ。本当に大切なものを隠すために似通ったものの中に混ぜ込んで傍目にわからなくするんだよ」
「じゃぁ本物は一つだけ?」
「かもしれないな」
「どうやって本物を見つけたらいいの?」
「とにかく地図に目を通して、他とはちょっと違うやつを探すんだ。いいな!」
「わかった!」
「がんばるぞぉ!」
「「「おーっ!!」」」

てな感じで宝の地図捜索は始まったのである。


□■□


「・・・・・・明かりがついてる・・・・誰かいるのか?」

ひたひたと目的の部屋に向かっていると、そこから既に明かりが漏れていた。
そこは私以外の人間はまず用もないからふらり立ち寄るような場所ではない。
私だって足を運ぶ回数がそう多いわけではないのだ。
だとしたら一体誰が・・・・・・

部屋に通じる横穴は、大人一人が通れるくらいの穴を意図的に掘ったもの。
数年前に地震があった際、大岩が崩れて入り口を塞いでしまったので急遽入り口を作ったのだ。
他の部屋であればそのまま放って置いても良かったのだが、どうしてもそうするわけにはいかなかった。
その部屋は、今は無き裏切り者のバンパイアのレッテルを貼られたカーダの部屋である。
部屋の中にはもちろん、彼が当時書き集めた横穴の地図が今も保管されている。
処刑をされて以降部屋は手付かずで放置されていた。
裏切り者のレッテルが剥がれることは無いが、地図の有用性は誰もが認めており失うのを皆が惜しんだのだ。
だが一つだけ問題があった。
それはカーダの描いた地図をきちんと解読できるものがいなかったのだ。
そこで6年前、死ぬ以前の記憶を取り戻したハーキャットがマウンテンに戻った際、これ幸いと一切の管理を元帥から任されたのだ。
入り口が塞がった時、新たな場所に地図を移動させる案もあったのだが、量が膨大だったために据え置かれることとなり、入り口が掘られ、今に至っている。
そうして、時たま必要な時に取りに来るという形をとっている。

そのような理由でここに人がいることはほとんど考えられないことだった。
少しだけ警戒しながら、ハーキャットは横穴に入る。
足を踏み込む瞬間、入り口の隅っこに蝋で描かれた小さなマークを見つけた。
ハーキャットがまだカーダと呼ばれていた頃に行っていたマーキング法だ。
ハーキャットがこれを自ら教えたことがあるのはダリウスただ一人。

「何であいつが・・・・・」

疑問に思いながらそっと静かに進入。
横穴を入ってみると、やはり部屋の扉が開かれていた。

「ダリウス?いるのか?」

驚かせないよう、少し小さめの声を掛ける。
しかし返事は無い。
既にこの場を離れているならば明かりを消すくらいのことはするだろうし、ならばなぜ返事が無いのか。
あまりよろしくない不安すら頭をよぎった。

「ダリウス?」

少し声量を上げたがやはり返事は無い。
何かあったのかと恐る恐る部屋を覗き込む。
そこには―――

「・・・・・何をやってるんだ、お前たちは・・・・・」

ほっとするのと、あきれるのと、その両方の感情を有した嘆息が漏れる。
ハーキャットが目にしたのはダリウスだけでなく、和平の象徴となる双子、ブレダとティーダの姿。
それも―――大量の地図の上にひっくり返って仲良く寝息を立てていた。
どういった経緯でこの部屋にたどり着いたのか、どうしてこんなところで寝ているのかを想像してクスリと笑いがこみ上げる。
寝ながらに「・・・・お宝・・・・・」「みつける・・・ぞ・・・・」なんてこぼしているところから察するに、私、カーダが描いたこの地図を宝の地図か何かと勘違いしているのだろう。
少しだけ申し訳ない気持ちになる。
横穴の地図だと知ったら三人は落胆するだろうか?それとも探検したがるだろうか?
答えがわからないから、まだしばらくは宝の地図だと夢を見させてやるのもいいかもしれない。
もともとは誰かのためになればと描き始めたものなのだ。
使い方は人それぞれ。
こんな使い方も、たまにはいい。

穏やかな顔で眠る三人を見て、心がほっこり温まる。
特にダリウスの寝顔に安心した。
ここ最近はなにやら悩んでいるようだったから心配していたのだが、今の寝顔からは悩みというものがうかがえない。
きっと、体を動かして悩みも何もかもどこかに吹き飛んでしまったに違いない。
それでいいのだ青少年。
悩みを抱えて、吹き飛ばして。
そうやって幾度も幾度も繰り返し大人になっていけ。
バンパイアの人生は長いぞ。

「さて」

ひとまずバンチャとガネンを呼んでこようか。
私一人では三人を運ぶことは出来ないし、このままでは下敷きになってしまって地図を取り出すことも出来ない。
こんなところで寝こけているのをガネンが知ったらこっぴどくしかられるかもしれないな。
まぁそれも一つの人生。
甘んじて受け入れることだ。
二人を連れてくる今しばらくの間は、夢の中で三人仲良く宝探しをしているといい。

和平を体現する三人の微笑ましい寝顔を愛おしく見つめていたのは、自分じゃなくて。
誰よりも和平を望んでいたカーダだと、なんとなくそんな風にハーキャットは思った。









・・・・・な・・・・長っ!!

こどもの日遅刻組です。

子供の日にちなんでお子様ズのお話でした。

エバンナとバンチャとガネンの子供の名前は、運命を打破したダレンとスティーブの名から捏造。

ブレダ(兄)とティーダ(妹)です。語尾が一緒だと兄弟っぽくねぇ?という貧相な発想です。

ダリウスも合わせて三人兄弟的に育つといいな。

12巻終了後の世界は皆が幸せになれているといい。

2010/05/06





※こちらの背景は M+J/うい 様 よりお借りしています。




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