朝日が差し込もうかという時間になって、ガラス戸がカツンと音を立てる。
毎夜遊び歩くラーテンがようやく戻ってきた音だ。
私は欠伸を噛み殺し、戸を開ける。
赤ら顔のラーテンはアルコール臭い息を私に吹きかける用に「今帰ったぞ」なんて、解りきったことを口にする。
今晩もさぞや沢山のアルコールを煽ったに違いない。
「もう少し早くに帰ってくれたら、私は心配せずに心穏やかにいられのだけれどね」
嫌みったらしく言ってやるが、アルコールが回って上機嫌になったラーテンの脳には通じない。
「我が輩の心配などせんでよい。ガキはささっと寝ておれ」
「そんなことを言うなら、ガキに心配されるようなことをしないでくれないかしら?」
きっとアルコール漬けになったラーテンの脳味噌は、つい先日の悲劇を綺麗さっぱり忘れているに違いない。
「酔いつぶれて身動きもとれず、往来のど真ん中で爽やかな朝を迎えていたのはどこのバンパイア様かしら?」
「ぬ・・・・・・!」
「貴方の言うガキの助けがなかったら、きっと貴方はあの場所でさぞや立派なバンパイアの丸焼きになれたでしょうね」
「・・・・・・そんなことも、あった・・・か?」
「あったわよ!ほんの5日前のことよ!?」
ここ数ヶ月の中では一番大きな街だった。
街の雰囲気も活気があって居心地良かった。
活気のあるところは、夜の繁華街ももちろん活気がある。
ラーテンが夜の街に繰り出してお酒を煽り、時折手品めいたショーを開いて路銀を稼ぐのにも都合が良かった。
お互いに居心地の良い街が気に入ってつい長期滞在してしまった。
寝る場所や食べるものの心配をせずに済む生活にすっかり慣れてしまった。
宿に帰れば暖かな料理と清潔なベッドが待っているそんな生活。
旅をしてる月日が長くなればなるほど、そんな「帰れる場所」がとても愛おしく思えて。
一所に長く留まった結果、気持ちに緩みが出たのだろう。
ラーテンが失態を犯したのは、そんな時だった。
いつものように、私は目を覚ました。
目覚ましなど無くても、習慣で大体日の出の少し前に意識が冴える。
日が昇る前に帰ってくるはずのラーテンを出迎えるためだ。
ところがその日、どう言うわけかラーテンが帰ってこない。
空が白み、ついには眩しい太陽が地平の向こうにすっかり姿を現す頃になってもラーテンは帰ってこなかった。
一昼夜帰らないことは珍しいことでは無かったが、どうにも胸がざわついて私は宿を飛び出した。
何処に飲みに行ったかなんて知らされてないし。
誰と一緒だったかなんてもっと解らない。
手がかりゼロで、それでも私は心配で朝から町中を走り回ったわ。
そうして私が往来のど真ん中でラーテンを見つけたのは1時間以上も後のこと。
全身を真っ赤に腫らしてゼイゼイと苦しそうな息をし、その一方でゲロゲロと胃の中にたらふくため込んだアルコールを吐き出していた。
「私が探しに行かなかったらどうなってたと思うの!?」
「うぐ・・・・・・それは・・・・・・」
痛々しく腫らしたラーテンをどうにか担いで宿に戻ったはいいが、言い逃れなど出来ない状況だ。
普段昼間は外に出ない理由を「日光に大変弱いから」などと嘯いてきたが、それだけではごまかしきれない。
日差しの大して強くない朝一番で全身を腫らすほどの日焼けをするなど、誰が見ても怪しいと思うだろう。
ほんの数人の目撃者なら多少のお金を握らせて口止めする事も出来るだろうが、いかんせん現場で出くわした人の数が多すぎた。
「おかげであの街を離れることになったのよ?私、あの街気に入ってたのに!」
騒がれる前に、私たちはそそくさと街を後にした。
過ごしやすい居心地のいい街に後ろ髪を引かれつつ、夜闇に紛れて2つほど隣の田舎町まで逃げた。
「我が輩だって気にいっとったわ!」
身体を覆っていたマントを剥ぎ、ラーテンが勢い良くベッドに腰掛ける。
安ベッドの堅いスプリングがギシッと鳴った。
「ここには美味い酒もいい女も無い。安酒を浴びるように飲むのがせいぜいの贅沢といったところだな」
「だったら飲みになんていかなければいいのに」
「こんな場所で飲む以外何をしろというのだ」
「健康的に朝早起きをして、しっかり身だしなみを整えて、真人間のように見える努力とか」
「バカか。なぜ我が輩がそのようなことをせねばならんのだ」
「貴方が過去の過ちから学習しようとしない大バカだからよ!」
拳を握ってベッドに叩きつける。
「貴方の夜遊びや女遊びを今更やめろだなんて言わないわよ!私が言っているのは、もうちょっとだけ、
あとほんの30分でいいから早く帰ってきなさいって言っているの!朝日が昇る前に!貴方の体に害が及ばないうちに!
私が言っているのはただそれだけよ!どうしてそれだけのことを守ってくれないの!?」
「お前にいちいち言われんでもそれくらいわかっておる!」
「わかってない!わかってないから私は言っているの!私のために早く帰ってきてって言ってるんじゃないわ。貴方の命に関わるから私はこうして───!」
ドンっ!
言葉を遮って、床下から大きな振動とともに怒鳴り声。
「ホーストンさん!マローラ!今何時だと思っているんだい!?痴話喧嘩なら外でやっておくれ!」
女将さんの声だ。
それほど大きくはない宿ではあるが、建物全体が声の振動で揺れたかと思うくらい大きな声だ。
どう考えても私たちの声よりも女将さんの声の方がうるさいことは明白だったが、そんな反論を許さない威圧感がビリビリと伝わってくる。
思わず閉口し、続きの言葉を飲み込んでしまった。
「・・・・・・ま・・・まぁ、今晩は早く帰るように善処しよう」
「う、うん」
ささやくような小さな声でお互いに告げる。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
頭まですっぽり布団にくるまったラーテンを確認し、私はカーテンを殊更しっかり締め切った。
幾分もしないうちにラーテンの寝息が聞こえてくる。
時計を確認すると、起き出すにはまだ少し早い時間だったが眠りにつけそうにはない。
私は部屋に備え付けの古びた椅子に足を抱えて座った。
窮屈な姿勢で、目を閉じる。
シンと静かな部屋の中に聞こえるのは、ラーテンの寝息だけ。
(───やっぱり、)
私が一番気に入っているのは、この場所だ。
どんな場所よりも、この空間が居心地がいい。
例え、劣悪な環境にあったとしても。
例え、寝食のままならない場所であったとしても。
私は貴方と居られる場所を選ぶわ。
ラーテンと居られる場所に勝るところなど、私にとってはないのだ。
どれだけ悪態を吐かれようと。
憎まれ口を利かれようと。
それでも。
それでも。
「わたしは、貴方が好きなのよ」
私にしか届かない小さな声で、そっと囁く。
私の声は、ラーテンの寝息にかき消された。
ベストプレイス
クレマロでなんかとある日常的な。
こんなどうしょうもないやりとりをやってて欲しい。
妻と甲斐性の無い夫みたいな感じのそんなやりとり。
ついったで「ほのぼのなクレマロ」ってリクを頂いたので書き殴ったが・・・・・・
あれ?これってほのぼの?あれ?
こんな文章ですが、亜姫さん良かったら貰ったってください。
亜姫さんのみお持ち帰り自由とさせていただきます。
2012/06/02
※こちらの背景は
NEO-HIMEISM/雪姫 様
よりお借りしています。