日が沈む。
赤々とした陽光の一欠片までもが、地平の向こう側に飲まれて消えた。
街に訪れる闇。
太陽を避け、日陰を求めて蠢く生き物が闊歩する時間が訪れた。

とはいえ、真の暗闇などどこにもない。
人間は疑似的な太陽を生み出すことに成功していた。
エレクトロティックな発明は、瞬く間に生活を近代化へと導いた。
立ち並ぶ街灯がぽつりぽつりと灯り出すまでのわずかな時間が、きっとこの街での最も暗い時間になるだろう。
そんなことを思いながら、狭い路地の奥に入り込む。
少しでも暗い場所を求めてしまうのは、もはや習性といってもいい。

暗ければ暗いほど、心落ち着く。
ただただ自分の中に浮かんでは消える感情だけに集中できる。
路地のドン付きまで歩き、適当に放置された資材の片隅に腰を下ろした。
溜息にも似た息を吐き、通りに目をやる。
光度の差違のためか、先ほどよりもクリアな視界。
急ぎ足で家路へつく者。
父親を迎えに走る者。
やおら楽しそうな足取りで街を練り歩く者。
全身から疲れを滲ませている者。
ありとあらゆる人が行き交っている。
そんな光景をただただ眺めた。
両脇を壁に区切られた視界は、どこかテレビ視聴を彷彿とさせた。
自分の存在する場所とは隔絶された世界で起こっている事象を眺めているような、そんな感覚。
どんなに望もうとも関与できない異空間に放り出されたかに錯覚する。

(・・・・・・いや、錯覚ではないか・・・・・・)

無力だった。
自分はどこまでも、無力だった。
どれだけ大きな口を利いたところで、結果を伴わないならそれは戯れ言も同じ。
ガキの虚勢も甚だしい。

ギリッ、っと奥歯が擦れる音にハッとする。
無意識のうちに噛みしめていたらしい。
歯がゆさが体面に洩れ始めている。
よくよく見れば、手のひらにも爪が食い込んでいた。
赤い血液がじんわり皮膚に滲んでいく。
傷自体はそう深くない。
舐めて置けばじきに治るだろう。
傷口に舌を這わせた。

この程度の痛みなど、痛みのうちにも入らない。
もっと痛いことを知っている。
もっと酷いことを知っている。
身を裂くほどの絶望は、イヤというほど味わった。

もう、あんな悲劇は繰り返さない。

だから、そのためにも───

「・・・・・・誰だ」

ジャリ、と靴が砂を噛んだ音を捕らえる。
自分の入ってきた路地の途中から、長身の影が這い出てきた。

「・・・・・・人がいたか・・・・・・」

低い声だ。
背も高い。
髪は長く伸ばされ、後頭部で一つに括られてはいるが、多分男だろう。
そして、路地に差し込む光の加減なのだろうか?
男の肌は紫じみているようだったし、瞳は血を垂らしたように真っ赤に見えた。
気質の人間ではないと、本能が悟る。

「こんなところに何かご用ですか?」

敵か味方か、それすらもわからない状況であれば猫をかぶっておくのは有効だろう。
極力人の良い声で男に問いかける。

「見ての通り、ここはドン突き。何もありません。何かをお探しでしたら、大通りに出た方が探しやすいと思いますよ?」
「・・・・・・いや、結構だ」
「そうですか、でしたら・・・・・・」
「おい、いつまで道塞いでんだ。さっさとどけよ」

狭い空間に、三人目の声が響く。
長身の男を背中を蹴り飛ばし、悪態と共にわき道から這い出してきた。
暗がりでもはっきりと見て取れる、銀髪。
一瞬知り合いの顔がよぎった。

(まさか)

一瞬よぎるも、すぐに否定する。
あの人がこんなところにいるわけがなかった。
第一、目の前の男からは異様な臭いが漂っている。
いくつもの薬草を刷り込ませたような、薬臭さ。
一度体を洗った所で、この臭いは早々取れない類のものだと予想がついた。
よくよく見れば、髪色意外は似ても似つかない。
白く浮かぶ髪色とは対照的に、闇に紛れんばかりの黒を全身に纏っている。
大して寒くもない時期なのに、長いマフラーに手袋まではめていた。

「・・・・・・あぁ?なんだこのガキ」

一瞥される。
そして理解する。

(──絶対悪──!)

目の前の男を一言で表すなら、それだった。

反射的に、力を行使しそうになる。
攻撃の為か、防御の為か。
何の為の行使かも解らないくせに、最大出力で力を解放しなければいけないと思った。
そうしなければ絶対悪に全てを飲み込まれてしまう気がした。

「やめなさい」

長身の男の声が静かに制した。
衝動的に構成した力が霧散する。
自分が止められたのかと思ったからだ。
しかし、改めて見やれば男が止めたのは銀髪の男だった。
手にしたボウガンのトリガーに指が掛かっている。
この近距離でボウガンを放たれれば回避は殆ど不可能。
銀髪の男は、何の躊躇いもなく出会い頭の人間に風穴を開けようとした。

(なんだ・・・・・・コイツらは・・・・・・)

おおよそ気質の空気を纏っていない。
それどころか、果たして人間の空気なのかも怪しい。

(・・・・・・それは、僕も人のことは言えないか・・・・・・)

男二人は半ば言い争いに近い会話を続ける。

「騒ぎを起こすな。面倒になる」
「知るかよ。俺はやりたいようにやる。それだけだ」
「下手に騒ぎを起こせば、計画の実行に支障が出る」
「それをどうにかすんのがテメーの役目だろうが」
「どうにかするために、貴方を止めているんだ」
「はっ!口の減らねぇ奴」

大体よぉ、と銀髪の男の視線が今一度こちらに向けられた。

「俺はこの手の顔の奴を見ると、無性にぶち殺してやりたくなんだよ」
「───ッ!?」

体中が総毛立った。
背中を冷たいものが流れていく。
気圧される。
呼吸が詰まる。
ゴクリ。
唾液を嚥下する音が嫌に大きく響いた。

(何なんだ・・・・・・この生き物は・・・・・・)

人間とは、到底思えない。
否。
人間であるはずがない。

だが。
なら。

(・・・・・・コレは・・・・・・何なんだ・・・・・・)

「やめろと言っている」
「・・・・・・わーってるよ」

渋々といった風に、銀髪の男はボウガンをようやく下ろした。

「おい、さっさとどっか行けよ、ガキ。俺の気が変わらねぇうちにな」
「悪いことは言わない。命が惜しければ立ち去れ。これ以上は身の安全を保障出来ない」
「そう言われて、僕が簡単に立ち去るとでも・・・・・・?」

半歩後ずさりしつつ、それでも虚勢を張らずにはいられなかった。
そうでもしなければ自身の体を動かすことすら出来ない。
戦って勝機を得るのは絶望的だと本能が叫ぶ。
ならば、逃げる他に道はない。
だがどうやって逃げる?
通りへの道には彼らが立ちふさがっている。
例え彼らに「逃がす」と言われたところで、背中を晒す気は微塵も起きない。

「・・・・・・やっべ。コイツの生意気な態度、すっげーぶっ殺してやりてぇ気分」
「・・・・・・」
「おい、良いだろ?コイツを今日の餌にしちまえば、わざわざ探す手間も省けるし」
「それはだめだ。我々は殺戮者ではないのだ。我々が定めた規則に則り、数日かけて見定めた上で獲物を確保する。それだけは変えるつもりはない」
「相変わらず古臭せぇ考えに縛られてやがんな」
「何とでも言え」
「へぃへぃ。・・・・・・で?お前、どうすんの?」

男はニタリと笑う。
戦闘を楽しむどころの話ではない。
この男が楽しんでいるのは、殺戮。
無抵抗の人間をなぶり殺しにしては歓喜する異常者。

やり合っては、ダメだ。
両の手を胸の前に掲げて構え、

「やるってのか?」
「っ、風!!!」

自身の足下に向かって、最速の攻撃を最大威力で打ち出す。
狭い路地の中で生まれた風は、逃げ道を求めて急激な上昇気流を生んだ。
流れに逆らわず、気流に体を預ける。
ちっぽけな人間の体は簡単に空中に放り出された。
建物と建物の狭い隙間を、上空まで駆け上がれるかは賭。
粉塵に視界を遮られつつも、全力で空気の膨張と収縮のコントロールに全神経を傾けた。


□■□


「ッ!ちぃっ・・・・・・逃げられちまった」
「構うな。我々の目的は一般人ではない」
「アレを一般人と言うのかねぇ?」
「少なくとも、我々とは無関係だ。そんなことよりもやるべきことがある」

長髪の男は、目の前のどうしようもない分からず屋から視線を移し、通りを眺めた。

日が沈む。
赤々とした陽光の一欠片までもが、地平の向こう側に飲まれて消えた。
街に訪れる闇。
太陽を避け、日陰を求めて蠢く生き物が闊歩する時間が訪れた。







悪・邂逅






「うおっ!?何でお前いきなりそんなとこから現れんだよっ!?びっくりすんじゃねーか!!」
「・・・・・・」
「な・・・・・・なんだよ。人の顔じろじろ見やがって気持ち悪ぃ」
「いえ、貴方はそれくらい間抜けな顔の方が似合うなと思いまして」
「ハァっ!?」
「あ、あと」
「・・・・・・まだあんのかテメェ」
「今はその甘ったるいチョコバーの匂いに感謝します」









そんなわけで、ダレンキャラとアラゴキャラのコラボ話でした。

キャラ名を入れてないのはわざとです。

誰が誰か、解ってもらえるかな・・・・・・・・・?貰える、よね?(ドキドキ)

こちらのお話はリク下さった亜姫さんのみお持ち帰り自由です。

亜姫さん遅くなってごめんなさいお誕生日おめでとう!

2012/07/09




※こちらの背景は NEO-HIMEISM/雪姫 様 よりお借りしています。




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